鬼頭 彩萌(きとう あやめ)の場合

◇ホラー◇アクション

鬼頭 彩萌(きとう あやめ)の場合(1/3)

 一緒に冒険してた友達の反応が無くなった。

 それも、次々に。


「ゆーちゃん! ひろっち! 寝落ち? ここで?」


 金曜の朝、あたしの部屋、カーテン越しの朝日。


 ボス部屋を目の前にして、あたしたちパーティは解散を余儀なくされた。


「今日の夜、リベンジだかんね!」


 残った本島の友達にボイスチャットすると、あたしはゲームからログアウトしてヘッドセットを外す。

 ぐうっと伸びをして、背もたれに逆さにぶら下がると、鼻の奥からじわぁっと何かが広がるような感覚を味わった。

 瞑った眼の奥、真っ暗な世界にちかちかと星が瞬く。


 しばらくそうして、ゆっくりと起き上がったあたしは、「ふぅ」とため息をついて部屋を見回した。


 あたしの部屋。

 およそ現役JKの部屋とは思えないその部屋の装飾を一つ一つ確認する。

 今はもう発売禁止になってるスチール缶も打ち抜くガスガン、M-16。

 刃渡り19.5センチのコンバットナイフ、M9。これはM-16の銃剣としても使用できる。

 隣には合金製の軽い模造刀が3本。

 そして、実際に使ったことは無いけど、サバゲー用のヘルメットやゴーグルが並ぶ。


 戦争映画のポスターが貼られた壁まですべてを確認したあたしは、満足してベッドに転がった。


 今日も学校がある。大学のスポーツ推薦が内々には決まったようなものだったけど、だからこそ真面目に学校に通って部活も続けなくちゃいけなかった。

 もう同級生はみんな部活引退してるのになぁ。

 でもまぁ、受験勉強するよりいいか。

 まだ5時半。ちょっと早いけど朝練に行こう。あたしは軽くシャワーを浴びて制服に着替えた。


 夏服も今日まで。

 と言う事はこの由緒正しいセーラー服を着るのも人生で今日が最後だ。

 お腹の所で3巻きスカートを短くして、あたしは鏡の前でくるりと一回転した。


「よっし」


 ちょっと気合を入れて部屋のドアを開ける。

 それと同時に、両親の部屋から「ぴぴぴっぴぴぴっ」と言う目覚ましの音と、「がちゃん」とガラスの割れる音がした。


「きゃぁぁぁぁ!」


「なんだお前は!」


「ヴぁアァァあぁァァ……」


 お母さんの悲鳴、お父さんの怒鳴り声、そして気持ち悪いうなり声。

 私はとりあえず一番手近にあったM-16を掴むと、階段を3歩で駆け下りた。


「お父さん! お母さん!」


 寝室のドアを開けると、ベッドの上でお母さんをかばうようにして、お父さんが泥棒ともみ合っている。私は大きく銃床を振り上げると、お父さんに覆いかぶさろうとしている泥棒の後頭部にたたき下ろした。

 どさりと泥棒がベッドから転がり落ちる。

 しかし、その泥棒は何事も無かったようにもぞもぞと動き出し、またあたしたちの方へと手を伸ばした。


 その顔。


 頬から唇にかけての肉が全部なくなり、歯と歯茎が剥き出しになっている。

 血まみれで、白く濁った眼をカッと見開いたそいつは、どう見てもあたしがさっきまでゲームの中で撃ち殺していたゾンビそのもの。


 もう一度「きゃぁぁぁぁ!」と悲鳴を上げるお母さんと、その肩を抱くようにして後ずさりするお父さんを見て、あたしは妙に冷めた気持ちになった。


 なにこれ? 夢オチ? ゲームしすぎで夢にまで見るようになった?

 お父さんたちが若いカップルのように抱き合ってる夢なんか見たくないよ。


 あたしは落ち着いて銃をゾンビに向けると、ヘッドショットを狙って引き金を引いた。


――ぱぱぱぱぱぱぱぱっ


 規制前の高威力のガスガンが火を噴く。サバゲーで使っても回収不要の土にかえる樹脂製BB弾は、近距離で打てば中身の入ったアルミ缶も貫通する威力を持っている。

 それがまともに命中したゾンビの眉間は、血を噴き出してぐちゃぐちゃになった。

 それでもゾンビの頭は吹き飛ばない。


「BB弾じゃダメかぁ」


 もっと集中して打ち続ければ倒せるかもしれないけど、弾がもったいない。

 あたしは、床に倒れたゾンビに近づいて、鳴りつづけている目覚まし時計を止めると、銃床で頭をしっかりと潰した。


「……お父さん、お母さん、大丈夫?」


「あ……ああ、彩萌あやめ、助かったよ。と……とにかく警察を呼ぼう」


 警察だって。お父さんは夢の中でも真面目だ。

 お母さんの肩を抱きながらスマホで警察に電話を掛けるお父さんの横で、あたしのスマホが「ピロン♪」と鳴った。


 起動したSNSの画面を見ると『SNS無料通話-ゆーちゃん』の表示が出ている。

 あたしは何の気なしに『通話』ボタンにタッチした。


「おはよー。ひどいじゃんゆーちゃん、寝落ちなんてさー」


 予想していた「ごめんごめん」みたいな声は帰ってこず、スマホからはゆーちゃんのすすり泣きの声だけが聞こえていた。

 さっき止めたばかりの目覚ましがスヌーズでまた鳴り出す。

 すると、窓から別のゾンビが顔を出した。


――ぱぱぱぱぱっ


 とりあえずヘッドショットを決めて、目覚ましを止める。今度はスヌーズしないように、後ろのつまみをパチッと回した。


「もしもし、ゆーちゃん?」


『ゾンビがね! ゾンビが!』


 ゆーちゃんの声を聴きながら窓枠を飛び越えて、倒れているゾンビの頭を潰す。これ効率悪いなぁ。合金製の日本刀の方が良いかもしれない。

 なんとなく庭の向こう、通りの方へ目を向けると、ゾンビに追いかけられてる近所の人たちが見えた。


『あやめちゃん! 聞いてる? ゆーのおうちにね! ゾンビがね! 居るの!』


「ゆーちゃん落ち着いて。どうやらこのゾンビは音に反応するタイプみたい。とにかく静かに待ってて。迎えに行くから」


『え? うん。……え? あやめちゃんちにもゾンビ居るの?』


「説明めんどいから切るよ。スマホもサイレントマナーモードにしてて」


 通話を切る。

 ゾンビFPSの女王であるこの鬼頭きとう彩萌あやめ様を敵に回すとはバカなゾンビどもだ。

 世界ランキング100位以内に入っている実力を見せてあげる。


 あたしは「警察が電話に出ない」と呆然としているお父さんに2階に隠れている様に言って、ゾンビは音に反応するから静かにしているようにとお母さんに告げた。

 部屋に戻り、ゴーグルをつける。

 背中にM-16、銃身にはM9も装着した。

 5千発のBB弾が入るBOXマガジンを装着し、セーラー服の腰には合金製の日本刀を帯びる。

 鏡で確認した自分の姿にあたしは思わず声を出して笑った。


 スニーカーを履いて家を出る。

 そっと門を閉めて周りを見回すと、近所の人を追いかけているゾンビを数匹銃撃し、日本刀でとどめを刺した。


 もちろん刃がついていない模造刀だけど、これはいい。

 銃床で頭を潰す作業と比べたら雲泥の差で楽だ。


 あたしは助けた近所の人にもゾンビが音を追いかけるのだと教えて、大通りへ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る