8 一井晴明とレイプ

 パーティーが終わり、松明が消された後、別荘に泊まるメンバーは1階のダイニングに集まった。

 一井は無理矢理に紫倉をとどめた。


 夜の10時を過ぎた時点で、湖畔は真夜中のように静かだった。十分に広く取られた窓は完全に開け放たれ、そこから立て続けに風が入ってくる。湿り気を含んではいたが、クーラーの必要がないほどに肌触りはよかった。

 大きなテーブルを囲んだのは会長と夫人を含めて7人ばかりだった。一井は紫倉の隣に腰を掛けた。テーブルの中央には大きなキャンドルの炎がゆらゆらと輝き、豪華なオードブルが用意され、バーテンダーが作ったカクテルが運ばれた。

「それにしても、今日は天気に恵まれたな」

 会長は白いひげをキャンドルの炎に濡らして、再度そう言った。

「神通力ですよ」

 先端技術事業部のうらという部長が答えた。

「やっぱり会長は、をもっていらっしゃいますから」

 紫倉は一井の隣でハムスターのように小さくなっている。

 彼女の肩は触れられるほどに近くにある。どうやら汗ばんでいるようだ。さっき石山寺の境内を一緒に歩いた記憶が、湖から吹く風と共に入ってくる。

 会長と夫人と浦の話が盛り上がっているすきを見て、紫倉に話しかける。

「好きなものを頼んだらいい、何でも作ってくれる」

「いえ、もう、飲み物は結構です。それに、そろそろ帰らないと」

 すると会長が紫倉を見て言う。

「せっかく来たんだ。今日は泊まっていきなさい。空いた部屋を使っても構わんから」

「いえ、泊まる準備をしておりませんし」

 すると会長は大きな声で笑った。

「まるで女学生みたいなことを言うんやな。いかにも君らしいよ」

「部屋着とお化粧道具は一通り揃ってますよ。遠慮なく泊まってもらっても構いませんよ。それとも、お子さんがお家でお留守番をしているのかしら?」

 会長夫人はそう言う。

「いや、田中くんは子どもはおらんよ。これからんや。なあ」

「あら、そんなこと言うもんじゃないでしょう、ねえ」

 会長夫人は申し訳なさそうな表情を紫倉に向ける。紫倉は顔をくちゃくちゃにして、何とか苦笑いのような表情をこしらえる。

「今晩は、ここに泊まって帰ると、君の御主人に連絡しなさい。もう遅いし、事故をしてもいかんだろう。たまには会社のみんなで楽しんでも、バチはあたらんよ。一井くん、彼女に何か酒を頼んでやりなさい」

 紫倉はどうしたらいいか分からない顔で一井に助けを求めてきた。それは、初めて紫倉と目が合った瞬間だった。彼女の瞳は、近くで見ると、きわめて優しい。夫とせっせと頑張るシーンだけは想像したくない。


 紫倉に用意された寝室は2階にあり、湖の反対側に面していた。

 窓のすぐ外にはコニファーの木が立ち並び、その隙間から顔を覗かせている空は月明かりでうっすらと金色がかっていた。

「そんなに緊張しなくていいんだ」

 一井はたしなめながら紫倉をベッドに座らせようとする。

 彼女は何度も首を振りながら「やめてください。ほんとうにいけないことですから」と声を上げ、抵抗した。肩のあたりに切りそろえられた彼女の髪が一井の腕に何度も触れた。

「僕はあなたと話をしたいんだ、さっきも言った通り、いつも元気をもらっている」

「話なら、部屋の外でもできます」

「2人きりで話したいんだ、もっとあなたのことを知りたい」

「私なんて、ほんとうに取るに足らない人間なんです」

 まったく聞き分けのない紫倉を、一井はついに抱きしめた。思ったよりもほっそりとした体だったが、それでもやわらかく、素敵な香りが漂っていた。

「ほんとうにだめです」

 紫倉は、少女のように抵抗したが、一井の腕の力はおのずと強まっていった。一瞬、自分はレイプをしているのではないかと思った。

「そんなに嫌がるのなら、僕は今すぐ帰ってもいいんだよ」

「帰ってください、お願いします」

 しかし一井は、決して帰りはしなかった。

「苦しくなるだけです」

「苦しいのは、僕も一緒だ」

 紫倉は一井の腕の中で激しく首を振り、叫ぶように訴えてきた。

「私には主人がいます」

 その瞬間、一井の腕の力がふっと抜けた。紫倉はここぞとばかりに、一井から逃れようとした。

「そんなことは関係ない。僕は、あなたのことをこんなにも想ってるんだから。何が悪い?」

 今吐き出した自分の言葉に、一井は勇気づけられた気がした。それで、再び腕に力を込めた。あと少しで立ち上がるところだった紫倉は、弾みでベッドに尻もちをつくことになった。

「あなたのことが頭から離れない」

 一井はずっと憧れていた彼女の肩に唇を付けた。

「だめです、絶対にだめなんです」

「だめじゃない、もう、止められない」

 一井の腕には、彼女の涙の雫が落ち始めた。

「ここは会長の別荘です」

「大丈夫だ、決して悪いようにはしないから」  

「大丈夫じゃないんです」 

 一井は白いノースリーブのブラウスを下からたくし上げ、すっかり汗ばんだ紫倉の肌に頬をすり寄せた。どこか懐かしい肌触りだ。これこそが自分が求めていたものなのだと一井は確信した。

 そのままの勢いで紫倉の着衣を全て脱がすと、彼女は裸を隠すために、逆に身体を寄せてきた。

「あなたのことが、好きなんだ」

 一井は紫倉の唇に自らの唇を強引に押しつけた。

 そのうち、紫倉の身体からは力が抜けて、人形のようにぐったりとなった。


 すべてが一井の思い通りになった。これでようやく落ち着けると一井は安堵した。

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