4 不気味な予言
カウンターに並べられたウイスキーやリキュールのボトルが青白い光に照らし出されているのを漠然と見ているだけで、どうしても、紫倉に会いたくなる。相当重傷だ。
「だからさ、彼女は俺のことを思ってくれてるのかどうか、どうなんだ?」
一井は泣きつくように問う。
夏越は一井を間近で見ながら、恋には魔力があるのだとつくづく感心している。
そもそも、ひとたび一井のまなざしにさらされた女性なら100%惹かれてしまう。まして気に入られた女性なら、間違いなく恋に堕ちるに決まっているのだ。そのことさえ一井は完全に忘れている。
「その女は人妻なのに、晴明ちゃんと契っちゃったわけでしょ? だから、その女も『源氏物語』の登場人物たちと同じように、これからますます恋の深みにはまっていくのよ」
「俺はどうすればいい?」
「それはボクにもわからないよ。晴明ちゃんはダイニチの部長さんなんだから、ボクなんかの意見を参考にするんじゃなくて、自分の人生に関わる決断は自分でするべきでしょうが」
「たのむから、そんな意地の悪いことを言わないでくれよ。俺は本気で追い詰められているんだ」
会社にいる時にはありえないほどの情けない声が出る。自分は何と弱いのだろうと、愕然とするばかりだ。
夏越は何食わぬ顔で米焼酎を飲みはじめる。
「これから、晴明ちゃんの恋の物語がはじまるんだね、楽しみだ~」
夏越は、野次馬のように言い放つ。不気味な予言のようにも聞こえる。
ただ、「恋の物語」とは、決して悪い響きでもないと一井は思う。それが予言でも何でも構わない。紫倉との「恋の物語」なら、どこまでも続いて欲しいとさえ密かに願う自分がいる。
だが、何より苦しいのは、強く求めれば求めるほど、紫倉は遠くへ行ってしまうという事実だ。
これまで愛してきた女性には、こんな息苦しさを抱くことなどなかったのに、と一井は何度も首をかしげる。どうしてこんなに胸を焦がすのか、その理由がつかめない。
夏越が指摘するように身分差の恋の苦しみが存在するのも分からないわけではない。だが、その他にもなにやら別の理由があるのではないかという第6感が騒ぐのだ。
雨音はさっきからずっと、店内を包み込んでいる。
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