第19話 彼女の名前をまた

彼女がなぜ泣きそうな顔をしていたのか、理由を聞くことはしなかった。

それを聞いてしまえば、きっとまた自分の涙を抑えられないと感じていたから。




彼女と別れた後、家に帰ってずっと考えていた。

あの子と話していると、他の人と違って不思議な気持ちになる。


ただあの子が好きだからだと思っていたけど、

懐かしいと感じたり、彼女を見てて辛く感じたり、

楽しい、嬉しい以外に感じることが多い。


それに、本当は聞こえていた。

あの時、保健室で彼女が小さく呟いた

「やっと逢えたね」という言葉。


最初は理解出来なかった彼女がなぜそんなことを言ったのか。


もしかしたら俺は彼女に会ったことがあるのかもしれない。夢の中ではなく現実で


ただ、あんな子は記憶に無い。

あんなにも魅力的に思う彼女の事を、自分が覚えていないなんてありえない。忘れるわけない。


自分に記憶障害という過去さえなければ。



きっと俺は記憶のない時期、高校1年の頃に彼女と会っている。

そうだとしたら、彼女のことを思い出したい。思い出さなければならない。


ただ、すごくそれが怖い。

この前だって、過去に何があったのか怖くて聞けなかった。

今はそれ以上に、彼女の事を知ってしまうのが怖く感じていた。

それを知ってしまえば俺は…



でも、それでも彼女の今にも泣き出してしまいそうな顔を思い出すと、

俺に思い出して欲しいと思っているんじゃないかって


彼女が夢に出てくるようになったのは意味がある。

思い過ごしかもしれないけど、そうであって欲しいと思う自分もいた。



自分が人の記憶から消える怖さ。

そんな思いを彼女にさせたくなかった。


もう彼女のあんな顔を見たくなかった。



もし思い出せたら、彼女の名前を呼びたい。


現実で彼女に会いたい。

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