第07話 山路を越えて
「あっおぞーら小鳥がとんでいたー」
「みっどりーがざわざわこんにちはー」
翌日、山路を行く幌馬車の後部に並んで腰掛けながらスピカとポーラは一緒に歌っていた。天気も良く暖かな陽気に二人の少女の明るい歌声が響き、山越えは和やかな雰囲気で進んでいた。そんな平和な様子にすぐ後ろの馬車の横で護衛をしながらその様子を見ていたアルトがぼやく。
「のん気だねえ……
「そうですかな。私も旅は楽しい方がいいです」
愛娘の楽しそうな声にハマルも嬉しそうだった。歳が近い同性ということも手伝ってポーラはスピカにべったりだ。
「まあ、いいんじゃないかい。常に気を張っていたら気疲れしちまうよ」
エニフは槍を手元で弄びながらそんな二人を微笑ましく見ていた。傭兵団は交代で馬車の警護に当たり、何人かは待機用の馬車の中で休憩や武器の手入れをしている。
「早くに家内を亡くしましてね。あの子には随分と寂しい思いをさせてきたんです。仕事ばかりで遊び相手も満足に努められないとは、駄目な父親ですなあ」
「そんなに自分を責めなくてもいいと思いますよ。だって、ポーラちゃん、ハマルさんのこと大好きですし」
複雑な表情を浮かべるハマルにアルトが指摘する。
「おや、そう見えますか?」
「あの子は賢い子だよ。ハマルさんが精一杯愛情をかけているってわかってますよ」
「はは、嬉しいことを言ってくれます。しかし、今回はスピカさんのお蔭で道中退屈はさせずに済みそうですな」
時折、スピカは馬車から降りては道脇の花を摘んでは戻っていく。どうやら花冠を作っているらしい。ポーラも早く完成して欲しいのか、目を皿にして使えそうな花を探していた。
「……ところでアルト、あの後どうなったんだい?」
「……聞かないでくれよ、姐さん」
興味津々で顔を近づけてくるエニフにげんなりした顔でアルトは答える。スピカのお蔭ですっかり彼女に夜這いを仕掛けた変質者扱いだ。
「マジで腕が折れるかと思った……ほんと、とんでもない腕力――あたっ!?」
「聞こえたわよ!」と前の馬車から傷薬が飛んでくる。小気味いい音を立てて見事にアルトの額に命中した。
「痛えな、傷薬で怪我させんじゃねえ馬鹿!」
「馬鹿って何よ馬鹿!」
二人の言い争いに、ハマルの馬車の横にいるジュバも呆れ顔でやれやれと溜息をついていた。
「やれやれ、仲がいいことで」
「どこがだよ姐さん!?」
「……遊び半分なら帰ってもらうぞ」
傭兵団の長イザールが苛立ち気味に言い、二人の争いを落ち着かせる。依頼主の強い意向で同行させることになってしまったことは今でも納得していないようだ。
「……そういや、オッサン。森で会ったバーダンって盗賊、知り合いなの?」
「何だいきなり」
「ああ、そう言えばジュバは前から因縁があるとか言ってたね」
「古い付き合いだ。俺は護る側、あいつは襲う側で何度も戦ったことがある」
「へー、オッサンの腕でも仕留められてないってことはそれなりに強い奴なの?」
「単に悪運が強いだけだと思うぞ、お前と同じ――ん?」
不意に、先頭を行く馬車が止まる。後続の馬車も次々と止まり、予定にない動きに皆が戸惑いを見せた。
「どうしました?」
先頭の馬車にハマルが声をかける。彼の部下が慌てて報告に走る。
「木が倒れて道が塞がれています。これはどけるまで時間がかかると思います」
この辺りは道が狭く、しかも道を挟むように岩が置いてあった。その間に木が倒れており、馬車では通行できなくなっていた。
「弱りましたね、ここは迂回路がありません。ひとまずここでしばらく休憩を――」
そう言いかけ、ハマルの表情が凍りついた。
「……ちっ、囲まれてるね」
エニフが舌打ちして槍を構える。イザールも、ジュバもその眼は鋭さを増し、目の前に現れた男たちの集団を睨みつける。
「……山に住み着いた盗賊と言うのはお前だったのか、バーダン」
「ちっ……ジュバ。つくづく縁があるな」
道を囲む木の陰、岩の上、さまざまな場所から下卑た笑いを浮かべた男たちが現れる。気づけば馬車を追うように物々しい武装をした集団がこちらへ迫りつつあった。
「さあ、逃げ場はねえぜ。それじゃあ次に俺たちが要求するのはわかっているよな?」
「それじゃあこっちも支払いは
「ぬかせ! お前らやっちまえ!」
バーダンが剣を抜き、ジュバ目がけて跳びかかる。ジュバも剣を抜いて迎え撃つ。
「来るぞ! 依頼主たちと積み荷を守れ」
「おおっ!」
「スピカさん、ポーラをお願いします!」
イザールの号令で傭兵達も身構える。スピカもポーラを馬車の中に入れ、自分のショートソードを抜いてその前で立ちはだかる。とは言え彼女は別段、剣に自信があるわけではない。近くに来ないことを願うばかりだった。
「全員殺せ! 積み荷を奪え!」
攻める側と守る側、馬車を取り囲むようにして乱戦が始まった。刃がぶつかり合い、火花が散る。ジュバも、エニフも、アルトも集団に囲まれないように素早く動いて立ち回る。
「くっ……この数は何だ」
だが、盗賊たちの人数にイザールも驚きを隠せない。護衛の人数を遥かに上回る集団が次々と襲い掛かって来る。一人を退けても次がすぐに現れる。仕留めようにも別の盗賊が邪魔に入って仕留めきれない。囲みを破られることはないものの、数に押されて包囲はどんどん狭まって行く。
「がっはっは、さあどうする!」
「おい、まだ撤去できないのか!?」
「駄目です、まだ時間がかかります……ひいっ!?」
障害物をどかそうとしている男たちの所へ盗賊たちが襲い掛かり、慌てて作業の手を止めてしまう。イザールたちが盗賊らを追い払い、作業を再開させるがここの護衛にまた人員を割かねばならないことにイザールは苛立つ。ここは囲まれている現状では唯一の突破口。一刻も早く取り掛からねばならないのに。
「オッサン、このままじゃジリ貧だぞ!」
「わかっている。だが障害を取り除くか、盗賊たちを倒す以外道が無い」
「そんな事言ったって、この人数は多すぎだって……たわっ!?」
盗賊と鍔迫り合いをしていたアルトの服を後ろから別の男が掴む。力任せに振り回されて地面に叩きつけられ、立ち会っていた相手が斧を振りかぶる。
「死ねえ!」
「やべっ!?」
「ちいっ!」
斧が振り下ろされる直前でイザールが割り込み、刃を止める。アルトを仕留められなかった男だが、深追いはせずに距離を取る。
「すんません!」
「礼をする暇があったら、早く立て!」
「は、はい!」
イザールが立ちはだかり、盗賊たちを牽制しながらアルトの体を引っ張り起こす。
「気づいたんですけど、こいつら必ず二人以上で襲って来ます」
「防御に回る時も同様だな。確実に守り、敵を仕留めるための動きができている……ただの烏合の衆ではないな」
訓練され、統制の取れた動きをしていると見たイザールはこの戦いは経験の豊富な者以外は危険だと判断を下した。
「ここは俺が引き受ける。お前は倒木の撤去を手伝え」
「わ、わかりました」
「待ってアルト!」
走り出そうとしたアルトをスピカが呼び止めた。
「悪いけど、ポーラちゃんをお願い!」
「へ、それは構わないけど……って、おいスピカ!?」
アルトにポーラを預け、スピカは飛び出す。盗賊たちの間を縫いながら岩と岩の間で道を塞いでいる倒木に辿り着く。
「どいて下さい!」
「女、何をする気だ!」
イザールの怒声も無視し、スピカは渾身の力を込める。
「やあああっ!」
「なっ!?」
大の男数人がかりでやっと持ち上げられた木が、軽々と持ち上がる。その細腕からは想像もつかない怪力に、アルトを除いた全ての人々が驚く。
「こ、こいつ。昨日のトロル女!?」
「誰がトロルよ!」
バーダンの言葉に怒ったスピカが木を投げつける。動揺して盗賊たちが引いた所に次の木を持ち上げ、思い切り振り回す。
「乙女に向かって失礼ね!」
「危ねえっ!?」
「ひえええっ!?」
人が持つ程度の武器では大木にかなうはずもない。圧倒的なリーチと威力の差に、盗賊たちが逃げ惑う。
「何だありゃあ……」
「あっはっは、凄いじゃないかあの子」
唖然とするジュバ、エニフも思わず笑っていた。
「い、今の内に馬車を走らせろ!」
目の前の展開に理解が追い付いていなかったイザールだが、ようやく我に返ってすぐさま指示を飛ばす。スピカのお蔭で障害物が排除されたため、次々と馬車が走り出して戦場を離脱していく。
「スピカ!」
馬車に乗り込んだアルトがスピカを呼ぶ。頃合いと見たスピカも木を盗賊たちに投げつけ、踵を返して駆け出す。
「行かせるな!」
走り出す馬車を追って盗賊たちも走る。だが、スピカによって馬車から随分と距離を離されてしまい、速度を上げていく馬車に追いつくことができない。
「早く乗れ!」
馬車はもう速度を落とせない。走るスピカに向けてアルトが手を伸ばす。自分が魔法使いであることを知っていながら手を差し伸べる彼に心の中で感謝をして、スピカもそれを強く握った。
「それっ!」
「きゃっ!」
手が繋がれると同時にアルトがスピカを馬車に引っ張り上げた。勢いのまま馬車の中へと倒れ込む。最大速度に達した馬車はそのまま盗賊たちをぐんぐん引き離していく。やがて、追いつくことが無理だと悟った盗賊たちは足を止めた。
「はぁ……はぁ……間に…合った」
「まったく、無茶するお嬢さんだこと。もうちょっとで置いて行かれる所だったぜ」
「でも、ああしなかったら……」
「わかってるよ。みんなが助かったのはお前のお陰だ……ありがとな」
ポンポンと軽く髪を撫でて来る。魔法使いになってから長らくこういった人との触れ合いは絶たれていたからスピカは懐かしさを覚えた。
「あー、オホン。いい雰囲気の所悪いんだけど、二人とも、いつまでそのままでいる気だい?」
「……え?」
言い辛そうに指摘したエニフの言葉でスピカが我に返った。今の彼女はアルトの胸に顔を埋めて髪を撫でられているような体勢だ。慌てて手を振り払って起き上がり、荷台から落ちそうなくらい端の所まで距離を取った。
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、仲良いの?」
「そうだねポーラちゃん、何だかんだでスピカちゃんだって満更でもないみたいだし」
「そんなことありません、何でこんなのと!」
否定するスピカだが耳まで真っ赤だ。
「ちょっと待て、こんなのってのは何だ!?」
「私の理想は白馬に乗った容姿端麗、金髪碧眼の王子様よ!」
「ぶわっはっは、確かにそりゃアルトと真逆だ!」
「オッサンは黙っててくれよ!?」
辛くも難を逃れた商隊だが、これから山はさらに険しさを増して行く。植物も減り、切り立った断崖の中の道を馬車は突き進む。そこは、人喰い火蜥蜴が棲むとされている岩山のエリアだ。盗賊たちもまだ諦めたとは思えない。
これから先の道行きは過酷なものとなることはわかっているが、それでもスピカたちはひと時の賑やかな時間を過ごすのだった。
◆ ◆ ◆
「ちっ……逃がしたか」
吐き捨てるように言うバーダン。だが、その表情に悔しさの色は濃くない。
「どうするんですかアニキ、このまま引き下がるわけじゃあないですよね」
「当然だ、作戦は何重にも練ってある。あんな絶好の獲物をみすみす逃してたまるか」
一味の中に怪我をした者はそれほどいないらしい。この日のために戦い方を学んだ甲斐があるというものだ。
「お前ら、半分は奴らを追いかけろ。残りは付いて来い、近道を通って次の場所へ行くぞ」
一行を率いて踵を返す、彼の向かう先には馬車の向かった先に出る近道が存在している。馬車では通れない道だが、人間なら通り抜けるだけのスペースがあるのだ。
「あれ、でもアニキ、よくそんな道知ってますね?」
「バーカ、下調べもしねえで待ち伏せなんざする訳ねえだろ」
最短のルートも、危険の少ない平坦なルートも既に崖を崩したりして潰してある。瓦礫の撤去をする間に追いつかれることを警戒するなら迂回路へと向かうはずだ。
「……何せ、どの道を行くかはわかっているんだからな」
ククッと、くぐもった笑いを浮かべながらバーダンが歩き出す。狩りは相手が強敵であるほど楽しさと達成感は増す。それにも似た期待と高揚感を彼は覚えていたのだった。
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