第08話 かなえたい願い
盗賊団を振り切ったハマル一行は、日没までに第一中継地へと到達していた。山路は長いため、こうやって中継地を経由しながら今後の方針を確認し、準備を整えつつ進んで行くことになっている。
「……そうですか、この先も道が塞がれて」
先行して道の様子を調べていた部下たちの報告にハマルが表情を曇らせる。地図に書き込まれた印がまた一つ増えた。
「これでは大回りをしなくてはいけませんな」
「……だが、その道は最も危険な場所を通ることになるな」
地図を見ていたイザールの表情が険しくなる。その道は狭く、切り立った崖の途中に形成された平坦部、馬車は十分通れるだけの幅はあるが、舗装もされておらず到底道と呼べるような場所ではない。
「上から岩でも落とされたらたまらんな」
「嬢ちゃんの怪力――いや、手助けを借りても守れる馬車も一つだけだからな」
当のスピカは大勢の前で自分の怪力を見せたことで少々自己嫌悪に陥りながら焚火に当たっていた。そんな彼女を気遣ってジュバは言葉に配慮した。
「それに、逆側の崖も問題だよ。この道、湖に沿うようにできてるじゃないか。踏み外したら湖に真っ逆さまだ」
エニフが指を予定するルートになぞらせる。大昔にできた陥没湖が進行方向の左側に広がっていた。それも二つ。予定している二番目の中継地点を越えてももう一度似たような地形を越えなくてはならない。
「だが、俺たちは傭兵だ。依頼をこなすことが仕事だ。何としてもこの難局を乗り切らねばならない。いいか、ここから先が正念場だ。人喰い
その言葉に傭兵たちが頷く。各々が自分の武具の手入れをはじめる中、ジュバがイザールに声をかけた。
「よう、イザール」
「……あんたか、昼間はなかなかの働きだったな」
「結局一人も仕留めることはできなかったがな」
自嘲気味に笑う。だがそれはイザールも変わらないため、咎めることはできない。
「ジュバ、お前はあの盗賊団の頭目と顔馴染みらしいな」
「ああ。だが、あんな戦術を使うような奴じゃなかった」
ただ欲のために集まっただけとは思えない統率の取れた一団。連携しながら相手を仕留めようとする戦い方。一度目は撃退できたが傭兵団にも手傷を負うものが出ている。これ以降も襲われれば被害は増えて行くことが予想できた。
「……誰かに入れ知恵でもされたか?」
「同じ考えだ。道を潰した手際と言い、最初からこの商隊を狙うために山に住み着いたと考えるべきだな。となれば……」
何者かが情報を流している可能性がある。その考えに二人の傭兵は視線を交わす。
「俺じゃないかって
「そちらこそ、俺か、傭兵団の誰かじゃないかと言いたげだな」
「そりゃそうだ。自分たちだけで依頼を受けて何をする気だったんだ?」
「自分の部下にできるだけ報酬をやりたいというのは率いる者として当然だろう」
ジュバの問いを鼻で笑って一蹴する。
「そっちこそ、この業界に長くいるがお前の名は聞いたことが無いんだが?」
「別の大陸で稼いでいたんだよ。それこそ戦場、用心棒、何でもありだ」
だが、互にその言葉を否定することも、証明することもこの場ではできない。
「妙な動きをすれば殺す。あの若い二人も同様だ」
「おいおい、人喰い
依頼人のハマルとポーラ父娘を除いて集まった者が皆疑わしい。イザールからすればジュバはもちろん、エニフも、アルトもスピカもその素性が知れない。後者の二人はハマルが娘を助けてくれたお礼として娘の護衛に雇ったと言う事だが、雇い主の信頼を勝ち取った上で自由に動いているとも考えられる。
「落ち着けよ。今から疑り合っていたらあっちの思う壺だ」
「……確かにな。だが、俺はお前たちを完全に信用したわけじゃない。それを覚えておけ」
「……お互い様だ」
そのまま、すれ違うようにしてジュバは去って行く。イザールはこの山に入ってから、得体の知れない不気味な感覚がずっとまとわりついていた。それが盗賊たちに狙われているという危険を察知したものなのか、どこかに人喰い
「……よし、できた」
「わあ、すごーい!」
完成した花冠をポーラの頭に乗せてあげる。お姫様のような冠姿に、くるくると回りながらポーラははしゃぐ。
「お父さん、似合う?」
「ああ、よく似合っているよ」
「わーい」
「へえ、器用なもんだな」
「小さい頃に、お父さんとお母さんに習ったの。私の得意技よ」
焚火に薪をくべていたアルトが感心する。スピカも満足のいく出来だったと胸を張っていた。
「女の子らしい趣味もあったんだな」
「そうよ……って、アルト。どういう意味!」
「やべっ、口が滑った!?」
焚火を中心にスピカがアルトを追い回す。「懲りないねえ」とエニフも呆れ気味だ。
「しかし、スピカさんやアルト君みたいな若者が旅をしているなんて珍しいですね。ご両親は心配されているのでは?」
ハマルの何気ない言葉に、アルトを羽交い絞めにしていたスピカの動きが止まる。エニフも話題に乗って聞いて来る。
「あたしもそれは気になっていたんだ。傭兵でも商人でも無いのに旅なんてこんな危険な世の中でよくできるもんだ。二人とも、どこへ行くつもりなんだい?」
「んー、まあ俺は探しものかな。一族みんなで探しているんだけど、世界のどこにあるかわからないもんで」
「私は……グラム皇国へ」
意外な答えに皆が驚き、スピカに視線が注がれる。グラム皇国は大陸の北端に位置しており、この場所からはかなりの距離がある。少女の一人旅で向かう様な場所ではない。
「“竜帝”ミザールの治めるグラム皇国かい?」
十年ほど前に建国されたばかりの新興国家でありながらグラム皇国はその強大な軍事力で周辺各国を脅かし、支配地域を拡大している。その侵攻速度は驚異的であり、周辺国家は現在手を組んで守りを固めているところだ。
「あんなところに一人で行くなんて自殺行為も良い所だろ。お前そんな所に何しに行く気だ?」
戦乱の中と言う事もあるが、それ以上に人々にはこの国を恐れる理由があった。と言うのも、この国には
かつて建国に際してこの地域で戦いが起きた際、突如現れた
「……両親に、会うためよ」
俯きながらスピカが答える。昨晩のやり取りから考えても、彼女が嘘をついていないことはアルトにも分かった。
「スピカちゃんはグラム皇国の人間なのかい?」
「そう言う訳じゃないんですけど……すいません、ちょっと複雑な事情なので、上手く説明できないです」
「ま、それぞれ事情があるんだ。早く行って両親に元気な姿を見せてやりな」
「……はい」
答えるスピカの眼はどこか寂しそうだった。その一方でアルトもスピカの答えに更なる疑問を抱いていた。
魔法使いになる理由は様々だ。スピカも目的のために魔法の力を得た、あるいは使っていると考えられる。だが、いかに情勢の不安定な場所へ行くとは言え、両親に会うためと言う理由だけで果たして魔法使いになるものだろうか。
「……ごめんなさい、私はこれで休みます」
「明日もまた大変な道のりになります。我々もそろそろ休みましょう……おや、雨ですかな?」
ハマルが夜空を見上げる。月を覆う鈍色の雲からパラパラと雨粒が頬を打っていた。
「あまり降らなければいいのですが……」
ハマルが雨の話を始めると皆の意識はそちらへと向いていた。もうグラム皇国の話題は誰も話そうとしなかった。ハマルの発言はスピカの様子を気遣ってのものだったのかもしれない。
「……」
皆が慌てて荷物を引き上げる中、無言で馬車の中へと入って行くスピカの後姿をアルトは追う。
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