第12話 もう一つの光(前)

「あーん」


 アルトが差し出したパンにかぶりつく。鎖で縛られて手が使えないので彼が水も飲ませている。


「本当なら逆のシチュエーションが好みなんだけどなぁ」

「アルト、手が止まってる」

「はいはい」


 女の子の口に食べ物を持っていくこの状況も悪くはないが、これでは給仕役だ。やはり何かが違う。アルトはそんな感じがしていた。


「ふと思ったんだけど、もしかしてこの鎖、どうにかできるんじゃないか?」

「うーん、多分だけど頑張れば鎖か繋げられてる木のどっちかは」

「……やっぱ凄い力だな」

「何か言った?」

「何も」

「やるつもりは無いけどね」


 それは、自分の立場を危うくする行為だからか。それとも、普通の女の子として“らしくない”からだろうか。


「それで、私の処分はどうなりそう?」

「ここから追い出そうって意見が多い。中には殺そうって奴もいたけど、助けてもらったことで気が咎めてそこは強く出られないでいるみたいだ」


 恐らくはハマルやポーラのこともあるのだろう。仮にも依頼人の恩人だ。魔法使いだからと言って実際に何か被害を受けたわけでもないのに殺すと言うのも正当性がない。


「それに、スピカの魔法の力があれば火蜥蜴サラマンダーや盗賊を撃退できるから下手に追い出せないから困ってる感じだよ。勝手な話だけどな」

「仕方ないよ。あれを見たら」


 屈強な男が何人もまとめてかかっても退治できなかった火蜥蜴サラマンダーを魔法使いとはいえ少女が圧倒する光景を見た以上、戦力としては捨てがたいものがあるのだろう。


「やっぱり、これ以上は迷惑だよね」

「……そんなこと言うなよ」

「アルトの気持ちは嬉しいけど、こればかりはしょうがないよ。大丈夫、ずっと一人で旅をしてきたんだから」

「――そうか、それなら話が早い」


 驚いて二人は振り向く。イザールがそこに立っていた。


「食料を運んでいたのか。まあいい、餞別代りに大目に見てやる」

「どういう意味だよ」

「魔法使い、お前の処遇が決まった」


 あからさまに見下した眼。スピカとアルトは神妙な面持ちでイザールの言葉を待つ。


「明朝、お前はこの商隊から出て行ってもらう。依頼人たちを守ったことに対するせめてもの礼だ、お前とはここで会わなかったことにしてやる」

「勝手な言い分だな」

「馬車や依頼人の娘を襲った魔法使いである可能性もある以上、共に行動することはできない」

「あれは魔法の属性が違うだろ。魔法は一人一属性、スピカの魔法は『水』だ。襲ってきた奴は――」

の可能性は捨てきれない」


 ぴしゃりと言い放ったイザールの言葉にアルトが反論を封じられる。魔法使いはなるための方法の面からも、基本的に一人一属性が原則だ。だが時折、例外的に複数の魔法属性を操る者がいる。


「魔法使いは己の属性を明かさない。その女が『地』の魔法を使えないという保証はない」

「く……」

「それと、出て行ってもらう方向だが――」

「ふ、ふざけんじゃねえ!」


 その物言いに、思わずアルトがイザールの胸ぐらを掴んだ。彼らの決めたスピカの道のりはあまりにも身勝手なものだった。


火蜥蜴サラマンダーにスピカを襲わせる気満々じゃねえか!」


 商隊に先行して出発――この先の道のりに待つ危険を先んじてその身に受けろというのだ。


「その女の力なら問題あるまい。何せ一度は奴を撃退した“魔法使い”だ」


 ことさらに強調して言うイザールに、アルトが拳を固める。もう我慢の限界だった。


「殴るのか。魔法使いの味方と認めることになるぞ」

「上等だ。あんたを殴れればそれで――」

「やめて、アルト」

「だけどよ、このままじゃお前は!」

「寛大な処遇、感謝します」


 スピカ本人に言われてしまえば殴れない。忌々しい面持ちでアルトはイザールから手を離した。スピカも頭を下げようとするが、首から木を繋ぐ鎖に動きを封じられて動くことができなかった。


「毛布くらいはくれてやる。この場で夜を明かすんだな」


 手に持っていた毛布をアルトに放ってイザールは踵を返した。強く噛んだアルトの唇からは血の味がしていた。



 ◆     ◆     ◆



 その日は、朝から濃い霧が立っていた。山中で湖が近く、冷えた空気の中で視界は真っ白に染まっていた。


「うう、寒い……まるで冬だぜ」

「ここを越えればもうすぐ下り道だ。そこまでの我慢だよ」


 傭兵達は起床し、火を起こして朝食をとり、出立の準備を始めていた。


「わかっちゃいるけどよ。ふあぁ、寝不足だぜ」

「魔法使いが近くにいるからな。気持ちはわかるぜ」


 昨晩は遅くまで議論を交わし、高ぶった精神がなかなか落ち着かなかった。そのためにすっかり寝不足だ。


「おい、どこ行くんだ。もうすぐ点呼だぞ」

「ションベンだよ。すぐに戻る」


 寝ぼけ眼で傭兵の一人は霧の中を歩いていく。やがて、壁が現れたので立ち止まり、用を足し始めた。


「可愛い子なのになあ、魔法使いだなんてもったいねえぜ。そうじゃなかったらちょっと誘うくらい――んあ?」


 男は気付く。目の前の壁は岩壁かと思っていたが、ずいぶんと規則正しく敷き詰められている。そして、朝の空気でやけに冷えていると思っていたが、いつの間にか暖かさを感じている。


「――は」


 そして壁が動いたと思った瞬間、男の意識は二度と戻れぬ暗闇に落ちて行った。



 ◆     ◆     ◆



 その頃、朝になり鎖を解いてもらって自由になったスピカは朝霧の中で体を伸ばしていた。間もなく一行に先立ち、ここを離れる時間だ。


「……スピカさん」


 そんな彼女の下に、昨日の怪我で足を引きずりながらハマルが姿を現した。彼女に親子ともども命を助けてもらったにもかかわらず、彼女を弁護しきれないことを気にして気まずい表情を浮かべていた。


「私に会いに来るなんて、傭兵の人たちに危険だって止められなかったんですか?」

「目を盗んできました。霧が出ていてちょうどよかったです」


 自嘲気味に笑うスピカにハマルは深々と頭を下げる。


「私の力が足りないばかりに。あなたを危険にさらすことになってしまいました。申し訳ありません」

「やめてください、私が魔法使いであることは事実なんですから」

「それでも、あなたには一方ならぬお世話になりました。いつかまた、この地域に来ることがあったら私の店へいらしてください。ポーラとともに精一杯の歓迎をさせていただきます」

「……はい、その日を楽しみにしています」


 これからの道のりは長い。その日がいつになるのか。この地域に魔法使いが出たという情報はすぐに広まるだろう。ほとぼりが冷めるまでには長い時間がかかりそうだ。


「そうだ、お別れの前に」


 スピカがハマルの足下に屈み込む。その右足には包帯が巻かれていた。その場所にそっと手を添える。そして呟いた。


「――――」

「スピカさん……あなたは」

「内緒ですよ?」


 立ち上がっていたずらっぽく笑みを返す。それは酒場でハマルがポーラを守ってくれと言った時のように――。


「シャアアアアア!」


 突如あたりに響き渡った轟音に二人は驚きのあまり身をすくませた。


「こ、この声は!?」

「まさか!?」


 すぐに剣戟の音と悲鳴と怒号が周囲から聞こえてくる。聞き間違えるはずがない。それは昨日、命を懸けた戦いを繰り広げた相手の鳴き声。二人はその方向へと向かう。


 ――そこにあったのは地獄だった。


 濃霧に紛れて現れた火蜥蜴サラマンダーは瞬く間に一行を蹂躙した。まず一人の傭兵を喰らい、昨日の傷を癒し、そばにいた傭兵も喰らって損耗した魔力を補充した。そして始まる捕食の時間。目の前に並ぶは己を成長させる糧となる御馳走の群れ。戦う術を持たない商隊の者たちもその炎で焼き殺しにかかる。

 それでも死人が少ないのはイザールやジュバ、エニフの三人が前に出て火蜥蜴サラマンダーの注意を引きつけていたお陰でもあった。


「ハマルさん、ポーラちゃんをお願いします!」


 スピカがすぐさま飛び込んでいく。その右手には紋章が青く輝く。


「――Aqua水よ!」


 周囲は霧。昨日の雨もまだ地面にその跡を残している。新たに生み出すまでもなく水分は十分だった。


「“水は凍てつき槍と降る”」


 魔力を周囲に放つ。スピカの意を受けて水が集結して氷結、氷の槍となって火蜥蜴サラマンダーへと向かう。


「ゴァアアアアア!」


 火蜥蜴サラマンダーの全身の炎が燃え上がる。それは昨日の比にならないほどの勢い。スピカの放った氷の槍は熱を受けてその大きさを減じていく。火蜥蜴サラマンダーの下へ届いた時には通常の氷柱並みの大きさとなっており、砕けて落ちた。


「魂喰いのお陰で力が増してやがる!」

「もう昨日と同じ手は食わないってことかい!」


 魔物は復讐を誓っていた。己に深手を負わせた存在に。そして、その魂を喰らうことで己の糧にするために。


「……っ!」


 眼が合う。火蜥蜴サラマンダーは明らかにスピカをまっすぐその視界にとらえていた。


「シャアアアア!」


 そして、周囲の三人に目もくれずにスピカ目掛けて猛進をかける。いかにその身が頑丈な彼女と言えど、その腹の中に放り込まれれば窒息か消化による死は免れない。


「……くっ!」


 その力を止めるためには更に力を高めた魔法を放つ必要がある。だが、彼女はすぐに気が付く。それを放てば巻き込まれる者がこの場には多数いる。ハマルやポーラも巻き込んでしまう。


「――スピカ、手を出せ!」


 攻めあぐねていた彼女に突如声がかかる。馬に乗って霧の中から飛び出したアルトがスピカの手を取り、馬上へ引き上げる。


「アルト!?」

「へへっ、白馬でも王子様でもないけど助けに来たぜ!」


 スピカを連れてアルトは馬を走らせる。そしてそれを火蜥蜴サラマンダーは地を揺らしながら追いかけていく。


「うげえっ、やっぱり追ってきた!?」

「アルト、このまま走らせて! 火蜥蜴サラマンダーをみんなから引き離すの!」


 馬に乗り、アルトに後ろからしがみつきながらスピカが叫ぶ。


「そりゃ構わねえけど、どうすんだそれから。あいつが狙ってるのはお前だぞ!」

「構わない。誰もいないところまで連れて行けば私も


 その言葉は自信に満ちていた。昨日魔物を圧倒したスピカの力。それを上回って来た魔物。そして、彼女はそれを更に上回ると言うのだ。


「そりゃ頼もしいことで。じゃあエスコート役は任せろ。どこまで連れて行けばいい、お嬢さん!」


 これから決死の戦いに行くとは思えないほどあっさりとアルトは了解してくれる。それがスピカの気持ちを軽くしてくれた。そして先日見たこの周辺の地図を思い返す。そして、ある場所を選択する。


「この先の湖まで……あの火蜥蜴サラマンダーをそこに突き落とす!」

「そりゃ面白い! 飛ばすぞ、しっかりつかまってろよ!」

「うん!」


 その背に身を預けながらスピカは思った。誰かを信じ、共に戦うことの心強さを。そして湧き上がってくる勇気を胸に、二人は火蜥蜴サラマンダーを倒すべく馬を走らせるのだった。

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