第11話 笑顔の魔法

 火蜥蜴サラマンダーを撃退したのもつかの間。一行は新たな問題と相対していた。


「魔法使い、そこを動くな。少しでも魔法を使う素振りを見せたら容赦はしない」

「……はい」


 魔法使いであることが判明したスピカはすぐに傭兵たちによって囲まれ、全員からその刃を突き付けられていた。


「……抵抗する気はありません。取り押さえるなり、拘束するなりお好きにどうぞ」

「いい心がけだ。今すぐ殺すことだけはやめてやる……おい」


 イザールが部下に顎で促す。すぐさまスピカは数人に腕を取られ、地面に引き倒されて拘束される。


「魂を取られないように気をつけろ!」

「怪力にも気をつけろ、腕くらいなら簡単に折れるぞ!」

「両手だけじゃない、両足にも鎖を巻け!」

「万一魔法を使ったとしても逃げられなくしておくんだ」

「……っ」


 人間扱いされないその悔しさに歯を食いしばる。覚悟はしていた。無抵抗の自分に恐れ、怯えて乱暴に泥水を湛える地面に押し付けられることにスピカは泣きそうなほどの辛さを覚えていた。


「おい、やめろ。相手は女の子だろ!」

「よしな、アルト」


 傭兵たちを押しのけてスピカのもとへ行こうとするアルトの肩をエニフが掴んで止める。


「魔法使いは人間扱いされない、化け物扱いだ。知らないわけじゃないだろ」

「だって、こんなのって無いだろ。あいつは!」

「あんたがあの子を気にしていたのはわかる。だけど、ここであんた一人があの子を庇って何になるっていうのさ」

「……くそっ!」


 望まぬ怪力を発揮し、化け物扱いされて恐れられてもスピカはハマルたちを守るために体を張った。襲い来る人喰い火蜥蜴サラマンダーから彼らを守るために自分が魔法使いであると明かすことになっても魔法の力を使った。その結果がこれだ。あまりの理不尽にアルトは憤りを通り越して泣きたくなる。


「アルト、あんたあの子が魔法使いだって知ってたね?」

「……ああ」

「立場が不利すぎる。嬢ちゃんは俺たちのグループだ。下手をすると俺たちまで疑いをかけられちまう。出会って間もないことなんざ信用してもらえるとは思えねえ」

「……わかってる。でも納得できねえよ」


 いったいどちらが正しいのか。人間らしいのか。魔物から人の命を救った心優しい少女がなぜ恐れられなくてはならないのか。見上げた空は雨を返すばかりで何も答えてはくれない。


「……ねえお父さん、どうしてお姉ちゃんが捕まっちゃうの!」


 ポーラがしゃくりあげながら父親に問い詰めていた。自分と遊んでくれ、危ないところを助けてくれた少女がなぜ捕らえられなくてはならないのか、事情を分かっていない彼女にはわかろうはずもない。


「お姉ちゃんは私たちを助けてくれたんだよ! それなのに酷いよ!」

「……わかってくれ、ポーラ。こればかりは私一人だけで決められる問題じゃないんだ」


 娘のなじる声にハマルも苦い顔をする。魔法使いは魔物に立ち向かえるほどの力を得ている。しかし、その魔法の力を高めるためには人間の魂を喰らう必要がある。それ故に何の罪もない人々を殺すものすら存在している。


「こいつの処分は中継地で決める。それで構わないな、ハマル氏?」

「……ええ」


 ここには多くの人間がいる。それこそこの人数の魂を得ることができればどれほどの力を得られるのか。今は大人しくしていてもその気になればいつ魔法の力を用いて虐殺を行うか、そう考えれば恐怖で野放しにしておくことなどできない。

 スピカは善の側の人間だ。それはとうの昔にハマルもわかっている。だが、商隊を率いる者として個人の意見を封じた苦渋の決断をする以外になかった。


「それまで捕らえた盗賊たちと一緒に荷台にでも転がしておけ」


 それから、中継地に到着した一行は今後の方針について激論を交わした。翌日は今日と似たような道だ。もう一つの湖のそばを通る。偵察に出た者から受けた報告もあまり芳しくない。逃げた火蜥蜴サラマンダーが棲み処としている場所がその辺りだというのだ。つまり、翌日もあの怪物に襲われる危険性が非常に高いということだ。


「だからあの魔法使いを餌にして逃げればいいじゃないか」

「そんなことをしたらまた魂喰いで手が付けられなくなるだろう!」

「じゃああの化け物に勝てるって言うのか!」


 掴みかからん勢いで傭兵たちが声を張り上げているが、有用な手立ては月が出てもまだ講じることができていない。


「……聞いちゃいられないね」


 見張りをしながら聞こえてくる怒声にエニフもうんざりした様子を見せていた。話し合いが始まってからずっとあの調子だ。


火蜥蜴サラマンダーがあそこまでの力を持っていたのは誤算だったんだろう。まあ……それはこちらとしても同じか」


 二人はスピカ側の人間ということもあり、話し合いには参加させられないとイザールから言われ、見張りをしている。


「このまま帰れとか言われかねない感じだったぜ」

「さすがにできないさ。護衛の駒が足りなくなるのはあっちとしても本意じゃない。盗賊と火蜥蜴サラマンダーを相手にしてよくわかっているはずだ」


 スピカを下手に始末できないのもそのためだ。事実、ここに来るまでに彼女の果たした役割は大きい。山を越えるためにもあの怪力や魔法は手放すには惜しいのだ。


「あんたの考えはどうだい。あの火蜥蜴サラマンダー、どう倒す?」

「愚問だな。倒せるのなら何でも使うさ」

「あんたらしいよ」

「そういや、あの坊主アルトはどこ行った。持ち場を離れてるとまた妙な疑いをかけられるぞ」


 エニフは苦笑いを浮かべる。


「まったく、ご執心なことで」




 話し合いの怒号はスピカの下にも届いていた。

 先日まではあの場所に自分もいた。護衛の方針に意見を出すことはできないまでも、まだ依頼人を守る立場として一定の信用はされていた。だが、今は離れた場所で鎖に繋がれて地面に寝かされている。逃げないように腕だけでなく、足も、そして首まで木に繋いで鎖で縛る念の入れようだ。


「……“化け物”か」


 ここへ運ばれる間もまさにそのままか、大罪人を護送するかのような物々しさだった。荷台に乗せられていた盗賊たちも目が合うだけで怯えた様子を見せた。ただ、そんな中でも何人かは彼女を心配そうに見ていた。


「よう、スピカ」


 その一人――アルトが彼女の前に姿を現す。そして、スピカの状態を見て表情を曇らせた。


「……アルト」

「……酷えな。盗賊たちの方がまだマシな扱いだぞ」

「何しに来たの」


 アルトが懐からパンと水筒を取り出す。


「腹、減ってるんじゃないかって思ってな」

「……いらない」

「そう言うな。あっちの目を盗んでちょろまかしてきたんだ。証拠隠滅を手伝ってくれよ」

「……ねえ、どうしてそんなに優しくしてくれるの?」


 不意に尋ねられた質問に、アルトはおどけて答える。


「俺は元からこんな性格さ。可愛い女の子には優しいんだよ」

「だとしても異常よ。私が魔法使いだって知ってからここまでよくしてくれる人なんていなかった」

「そりゃ光栄だ。あまり差別をしない主義でよかった」

「はぐらかさないで!」


 スピカの声にアルトが驚く。


「私は化け物なのよ。簡単に人も魔物も殺せる力を持って、魂を喰らう化け物……普通の女の子の幸せなんてもう求められない。そんな人間に親切にして何の得になるのよ!」

「……魔法使いになったってことは、過去に色々とあったんだろ」

「そうよ。何も知らないくせに、これ以上優しくしないで! 優しくされた分だけ……後が辛くなるから」


 昨日まで笑顔を向けてくれた人が突然嫌悪を向けてくる。そんな光景に何度直面したことだろう。理解者もおらず、味方もおらず、ずっと孤独な旅を続けてきた。魔法使いとなった以上、人の温もりを求めることは許されない。心のどこかでそう思っていた。


「……ドラゴンを殺す。そう言っていたよな」


 だが、それでもアルトはそばにいた。普通の同年代の友人のように、軽口を叩き、スピカに怒られ、危険の中で必死に手を差し伸べてくれた。全員に自分の正体がバレても、こうして人目を忍んで食べ物を届けに来てくれた。


「過去に何があったのかは聞く気はねえよ……でもな、俺はスピカが放っておけないんだ」

「え……?」

「魔法使いかどうかなんて関係ないさ。女の子が一人で必死になって頑張っているから、手を貸してあげたいって思うし、守ってやりたいって思うんだ。おかしいか?」


 「守る」――そんな言葉を向けられたのはいつ以来だろうか。降りかかる危機は自分の力で打ち払ってきた。それだけの力があり、全ての人々から忌み嫌われた孤独な世界でそうするのが当たり前だと思っていた。


「……っ」

「お、おいおい泣くなよ!?」

「ごめん……無理」


 でも、心の底でずっと求めていた。そんな人が現れることを。全てを知った上で受け入れてくれる人を。

 涙も拭うことができない縛られたままで、スピカは感情を押さえることはできなかった。


「……やれやれ。しゃーない、俺の魔法を見せてやるから泣き止めよ」

「……え?」


“魔法”と確かにアルトはそう言った。もう一人魔法使いが目の前にいるというのか。


「ほら、これ」

「……これは?」


 懐から、アルトが紙を取り出す。そこには拙い字で一言。


「お姉ちゃん……ありがとう」


 そう、書かれていた。それが誰によって書かれたものなのかはすぐに分かった。


「ポーラちゃんが伝えてくれって。お前を嫌っていない人間はまだいるってことだ」

「……この魔法、ずるいよ」

「へへっ、魔法使いアルト特製、笑顔の魔法だ。凄い力だろ」

「……ごめん、やっぱり泣く」

「ありゃ」


 どうやら強力すぎたらしい。アルトは苦笑いしながら頭をかくのだった。

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