第02話 魂喰いと魔法使い
「おおーい。はぁ、はぁ……やっと追いついた」
息を切らせながら誰かがこちらへ駆けて来る。槍を持った黒髪の女性だ。
「あんたたち、足が速すぎだよ」
「悪いなエニフ。でも頑張って来てくれて悪いが、もう終わっちまったぞ」
「何だい。折角大暴れできると思ったのに」
口を尖らせるエニフ。戦う場所を得られなかったことに心底残念そうだ。
「で、アルトは何をしているのさ?」
「口が滑ってこの子に思い切り足を踏まれたみたいだ」
「何だい、女の子に踏まれたぐらいで大げさだね」
「いや、だってこの子、可愛い顔して凄いちか――」
「もう一回踏まれたいの?」
「ひいっ、遠慮しておきます!?」
にっこりと笑ってスピカが猛烈な殺気を放つ。アルトは慌ててエニフの後ろに隠れた。
「まったく、レディに対する気遣いがなってないねえ。そんなんだから調子に乗って旅の途中で野垂れ死にしかけるんだ」
「うへえ、それは言いっこなしだぜエニフの姐さん」
エニフの指摘にアルトが乾いた笑いを発する。しかし中年の男に大人の女性、自分と年齢の近い男が一人と、少々不思議なメンバー構成にスピカは訪ねてみることにした。
「あの、ところであなた達は?」
「おおっと、こいつは申し遅れた。俺はジュバ、こっちは相棒のエニフだ」
「エニフだよ、よろしくね」
「で、俺はアルト。お嬢さんは?」
「……スピカです」
「良い名前じゃん」
どうもスピカはアルトの言動に調子が狂う。ここまで積極的な人物はあまり会った経験が彼女にはなかったからだ。
「ちなみにこいつは、野垂れ死にしかけてる所をたまたま助けてやったら、行く方向が同じって理由でついて来やがっただけだ。厳密には俺たちの仲間じゃない」
「まあまあ、旅は道連れっていうでしょ?」
「お前に食料を食われたお陰で本当に道連れになりかけているんだが?」
「あら、
「ちゃんと次の町で買って返すまで逃がさねえからな」
「へいへーい」
軽い調子で返事をする。お気楽な様子にジュバとエニフも呆れ気味だった。
「スピカはこれからどこへ向かうんだ?」
「西の山を越えるつもりよ」
「お、行き先が同じじゃん。どうせなら一緒に行かないか。どうせ一人じゃまたさっきみたいなのに襲われるぜ?」
「アルトにしちゃまともな意見だね。確かに女の一人旅なんていい度胸してると思うけど、女として身の安全は確保した方がいい。ジュバもいいだろ?」
「まあ、次の町までなら構わんがな。俺たちは仕事もあるし」
「仕事?」
アルトが首を傾げる。途中で加わった彼はそこまで聞いてはいなかったらしい。
「とある大商人が山越えの護衛を募っているらしくてな。俺たちはその傭兵団に参加するつもりだ」
「何でも最近、山に盗賊団が住み着いて通れなくなっちまったって話だ。商人も取引であの道を通らなくちゃいけないからついでに捕らえようってことさ」
「あれ、それってこの先にある人喰い
硬い鱗と耐久力、そして全身に纏った炎と鋭い爪牙で人を襲い喰らうため、倒すためには鱗を切り裂くことのできる武器の用意や、腕利きの傭兵を雇うことが必要となっている。
「そう言うことだ。野生の魔物だけならまだしも、盗賊まで住みついたとあっては宿場町の今後にも関わるからな。俺たち傭兵は報酬目当てとあわよくば腕の売り込みだ」
「あの……もしかして討伐が終わるまで、山を通れないってことですか?」
「そうなるね。あんたも山越えをしたいだろうけど、討伐が終わるまで待ってるんだね」
これからスピカが行こうとしている方向にある町は一つしかない。そして次の地域へ向かうためにはどうしても山を越える必要があるのだが、その唯一の道が封鎖されてしまっているのだ。
「……む」
「どうしたんだ、オッサン?」
ジュバが突如眉間に皺を寄せる。何年も戦いに身を置き、培った勘と言うべきものに何かが引っ掛かったのだ。
「どうやら長話をし過ぎたようだ。魔物がいる。それも一匹や二匹じゃない……群れだ」
「何だって?」
森のざわめきに紛れてあちこちから複数の足音が聞こえてくる。犬のような顔を持った人型の魔物。コボルトの群れに周りを取り囲まれていた。森のどこで目を付けられていたのか、既に狩りの準備は整い、その手にしている棍棒を振り上げながら距離を詰めつつある。
「どうやらこの森はこいつらの縄張りのようだな」
「なるほど、そこで揉め事起こしてりゃ黙ってられないってのも道理だ」
「ちょうどいい。アルト、お前はその嬢ちゃんを守ってろ」
そう言ってジュバが剣を構え、エニフも槍をコボルトの群れに突き付けながらスピカとアルトの前に出た。
「俺たちの腕を見せてやる。だが後で傭兵団に入る時にしっかりと俺たちの強さを売り込んでくれよ」
「なるほど、そいつはいい案だ。だが、コボルト程度じゃ歯ごたえが無さそうなのが残念だけどね!」
その声を皮切りにコボルトたちが襲い掛かって来る。ジュバがロングソードを構え、まず手前の一匹を一刀のもとに切り捨てる。続いて横から振り下ろされた棍棒を避け、体勢を立て直しながら胴を薙ぐ。
「ケキャキャキャキャ!」
仲間を失いながらも、楽しんでいるような耳障りな声を上げながら次々とコボルトたちが飛び掛かってくる。同時に二匹が正面から飛び掛かるが、ジュバは剣で受け止めてから押し返すと片方の腹を突き刺し、もう片方を蹴り飛ばす。囲まれないように立ち回りつつ、確実に一匹ずつ仕留めていく。
「ジュバ、仕事前に怪我なんかするんじゃないよ!」
「お前の方もな!」
エニフもその獲物のリーチを利用してコボルトたちを懐に飛び込ませない。穂先で牽制をしつつ、射程に入った魔物を柄で薙ぎ払う。そして隙あらば一瞬で刃を突き立てる。
「おお、オッサンも姐さんもマジで強い!」
「……うん」
数を減らしていくコボルト。その圧倒的な強さにスピカもアルトも思わず握る手に力がこもる。
「むっ!」
群れの中に数匹強力な攻撃を繰り出して来る個体がいるのにジュバは気が付いた。よく見れば体も他のものと比べて大きめだ。
「“魂喰い”だね」
吐き捨てるようにエニフが言う。魔物は人間を殺したのち、その魂を喰らうことがある。それによって魔物は更なる力を得て体も大きくなる。喰らえば喰らうほど強く、強大になって行く。そして、それらの個体は一度魂喰いの味を覚えると次々と人を襲い始める。見つけ次第討伐するか、大きな町の傭兵団や騎士団に報告して討伐隊を編成することになっている。
「だが、この程度ならば」
「まだ敵じゃない」
まだ喰らった数も少ないのだろう。それほど危険なものに成長をしていない。今ならば自分の手で始末できる。そうジュバたちは思った。
「まず一匹!」
棍棒をはじき返し、その顔面に刃を突き立てる。剣を引き抜いた勢いで体を反転させ、後ろから襲って来たコボルトをそのまま真っ二つに斬り捨てる。
「おおっと、危ない!」
エニフの方も槍を傾け、受け止めた棍棒を受け流す。そして体勢を崩した所に頭上から槍を叩きつける。一撃でコボルトは沈黙させられていた。
「まだやるか?」
剣を振って血のりを払い落とす。斬り殺された死骸の中で睨みつける二人を前に、コボルトたちも実力差をようやく感じ取ったのか迂闊には踏み込まない。
「むっ?」
突如、群れの奥から一匹のコボルトが大きく鳴き声を上げた。コボルトたちは徐々に後退して男から距離を空け、森の中へと消えて行く。
「撤退したみたいだね」
「懸命だな」
魔物たちの気配が消え、周囲から危機が去ったのを確かめてから二人は刃を収めた。
「とまあ、こんな感じだ。どうだい、二人とも?」
「す、凄かったです。剣の腕も、槍の腕も、戦い慣れているなって」
「ああ、大概の魔物なら相手にならないんじゃないか?」
「はは、そいつは嬉しい評価だ」
二人の称賛の声にジュバは満足そうだ。エニフも槍を肩に乗せ、得意げに笑っていた。
「ジュバ、とりあえず追い払ったけど、あのコボルトたちは一時的に撤退しただけの可能性もある。できるだけ早くこの場から離れることが得策だと思うけどね」
「ああそうだな。だが、例の光景を見ずに行くのも勿体無いというものだろう?」
と、その時四人を囲むように周囲から光が放たれる。
「うわあ……」
スピカが思わず声を上げた。倒されたコボルトの死骸から小さく、淡い光の塊が浮かび上がって行く。
「まったく、醜い魔物でもこれだけは綺麗だな」
魔力を体内に秘める魔物たちは生命活動が停止するとその魂と魔力が肉体から出て行く。出て行った魂はその際に光を放ち、ゆらゆらと天に向かって昇って行き徐々にその光が空中に溶け込むようにして消えて行く。その光景は倒した数が多ければ多いほどにとても幻想的なものを生み出す。
「……魂を喰われた人もこれで解放されるな」
アルトがポツリと呟いた言葉に皆も頷く。喰われた魂は魔物の中で糧となり力の根源となる。魔物が滅びぬ限り安らぎを与えられることはないのだ。
「俺たちが魔物を倒すことでようやく彼らも救われたんだ」
「ほんと、綺麗だけど……魂を喰らうなんて、恐ろしい話だよね」
このコボルトに魂を喰われたのはいったいどんな人なのだろうか。せめて、安らかに魂が天へと昇っていくことをスピカたちは願うだけだった。
「魂を喰らう……ね。ほんと、どんな感じなのやら」
やがて、光がすべて消えジュバが歩き出す。その後を追うようにエニフとアルト、スピカも歩き出した。
「自分の力が高まることを喜ばない奴はいないが、人を殺してまで魂を喰うって感じはよくわからん……魔法使いにでもなればわかるのかもしれんが」
ジュバの一言をエニフが渋い顔をして咎める。
「滅多なことを言うもんじゃないよ。あんただって、魔法使いが世間でどう言われているか知らない訳じゃないだろ」
「“四元使い”に“
「魔法の力を得る代わりに化け者扱いじゃ割に合わねえよな。もっとも、それでもなろうとする奴だっているんだけど」
「そういう奴はよほどの物好きか、そうまでして成し遂げたい何かがあるんだろうね。そう思わないかい、スピカちゃんも?」
「あはは……はい」
スピカは愛想笑いを浮かべながら話を合わせる。この話題は世間ではよく言われることではあるのだが、やはりいい気分はしない。
それは、
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