第03話 孤独な魔法使い

「生憎だが、人数はもう足りている」


 傭兵団の団長イザールはにべもなく断った。


「おいおい、こちとら儲け話を聞きつけてわざわざ旅をして来たんだぞ」

「そうだよ。募集しといて来たら要らないって、そりゃ話が違うってもんだよ」


 不満顔でジュバとエニフが抗議する。だがイザールは気にも留めずにジョッキを傾けてビールを飲む。


「今回の件は俺たちの傭兵団が受けることになったんだ。ハマル氏には話も付いている。ここまでご足労いただいたことに敬意を表して俺たちが火蜥蜴サラマンダーを倒したらその鱗ぐらいは分けてやる。だからそれまで待っていな」

「何だって……」

「よしなジュバ。一度外に出よう」


 イザールの挑発に思わず剣に手をかけそうになるジュバを押し留め、エニフは促す。


「……ちっ」


 よく見れば酒場の客は殆どが傭兵だ。イザールの手勢だろう。ここで揉め事を起こしても雇い主の不興を買うかもしれない。護衛の任務は傭兵たちの連携も重要となる。その点については統制の取れている集団を率いるイザールの方が確かに適任と言える。


「予定が狂った。一度どうするか検討し直そう」

「……仕方ねえか」


 柄から手を離し、二人は踵を返して酒場を後にする。酒場の中から向けられている、嘲るような視線がジュバには何とも不快に感じた。


「オッサン、姐さん。どうでした?」

「だーめだ。取り付くしまもありゃしない」


 酒場の外で待っていたアルトも舌打ちする。彼も山越えをする予定だったため、スピカ同様足止めを食らう立場だ。


「勝手について行くってこともできません?」

「無理ではないが……商隊と離れて活動すればそれだけ危険は高まるぞ」

「あっちは勝手についてきた奴らを助ける義理はない。それに人数が少ない側は恰好の獲物だ。人喰い火蜥蜴サラマンダーにも盗賊団にも狙ってくださいって言っているようなものさ」


「そっか……あわよくばそのハマルさんって人の馬車にでも乗せてもらえればって思ってたんだけど」

「護衛する対象を増やすだけだ。依頼の成功率を下げるような真似はできまい」

「ムカつく奴らだけど人数は大したもんだよ。あれなら交代しつつ護衛を続けられる」

「だがこちらとしても、ここまで来た金が無駄になるのは勘弁願いたい。何としてでも護衛に参加させてもらえるよう頑張ってみるさ」


 腕も見てもらえずに門前払いでは納得がいかないのだろう。ジュバもエニフもまだ諦めている様子は見えない。


「そう言えばあの子、スピカちゃんはどこに?」

「ああ、スピカならあそこに」


 アルトが広場の噴水を指し示す。その前に人だかりができていた。その外側でスピカは竪琴の音色に合わせて聞こえる男の言葉にじっと耳を傾けている。


「吟遊詩人か」


 山道が封鎖されているお陰で町には足止めを食らっている旅人が溢れていた。商人や吟遊詩人などの客商売はここぞとばかりに稼ぎに動いている。


「まああの様子ならしばらくはあそこにいるだろう。それよりアルト、あんたが食べた分の食料の補充に行くよ」

「あら、覚えてた?」

「当たり前だ」

「それに山越えするにも、戻るにも色々と買い込まなくちゃならないからね」

「へーい」



 ◆     ◆     ◆



 ある場所に、小さな村がありました。

 その村には心優しい娘がいて、優しい村人に囲まれて、貧しいけれど幸せに暮らしておりました。


 ある日、娘は村の近くで傷ついた竜が倒れているのを見つけました。

 娘は竜を洞窟に匿い、お世話をしてあげました。

 誇り高い竜は、はじめは娘の世話を拒んでいましたが、娘の優しさに触れ、次第に娘と竜は心を通わせて行くのでした。


 ですが、それを知った村人たちは、娘に詰め寄りました。

 あんなに優しかった村人たちは、目をぎらつかせて言うのです。

 「竜はどこだ」「傷ついている今なら殺せる」

 最強の魔物である竜の力を手に入れれば世界を手にすることも夢ではありません。

 ですが、決して竜のいる場所を教えない娘に怒った村人は、とうとう娘を殺してしまいました。娘の死を知った竜は怒り狂い、そして――。


「そして……三日三晩暴れ続け、その村は跡形もなく滅びてしまいましたとさ」


 吟遊詩人が語り終わると、ぱらぱらと拍手が起こる。スピカのそばで一緒に物語を聞いていた子供が彼女に声をかけた。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「え?」

「だって、泣いてる」


 赤いワンピースの少女に指摘されてスピカは気づいた。目尻から一筋、涙が零れていた。慌てて涙をぬぐって少女に答える。


「悲しいお話だったから」

「……竜って怖いよね」


 そう言って少女はスピカの服を掴む。そんな彼女たちの会話が聞こえたのか、吟遊詩人が締めの話を始めた。


「このお話を聞いて怖くなった方は大丈夫。竜は頭が良いから滅多なことじゃ人里は襲いません。襲うとしたら人間が悪いことをして竜の誇りを傷つけた時です」

「人間が……悪いことを」


 俯き、組んでいた両手を強く握る。そんなスピカの心中を知らない吟遊詩人は続ける。


「そう。つまり、このお話で一番怖いのは竜を利用して悪いことをしようとした村人たちなのです。そして、竜がそんな人たちに罰を与えたというお話でした」


 少女同様に怖い思いをしていた子供たちも途端に笑顔になって行く。ちゃんとフォローも入れることで明日の営業にも差支えが無いようにするあたり、プロとしての意識がうかがえる。


「ねえ、竜はその後どうなったの?」

「この世界のどこかにいるんじゃないかという話です。もしかしたら竜に焼かれたと言われる村もこの竜の仕業かもしれませんね」

「やだなあ、この町に来たらどうしよう?」

「大丈夫。竜は心の優しい子は見逃してくれます。でも悪い子は……」


 吟遊詩人は一拍溜めて子供の注意を自分に向ける。


「食べられてしまうかもしれないぞー!」


 そして手を竜の鉤爪の形にまね、子供たちに襲い掛かるような仕草をすると子供たちは悲鳴をあげて散っていく。そんな光景を周りで見ていた大人たちは笑いながら泣いている我が子をなだめる。

 逃げなかった大きな子供たちは「私大丈夫だ」「僕、優しくなる」とそれぞれ声があがる。そんな子供たちのたくさんの反応に満足しながら吟遊詩人は竪琴をしまって立ち上がった。


「それでは、お昼のあとは“黒い魔法使い”のお話をさせていただきます。では、一時の休息を」


 吟遊詩人は軽く一礼をして広場を後にする。集まりも解散して元通りの町の喧騒が戻って来る。


「びっくりしたー」

「あはは、今のは私も驚いちゃった」


 思わず身を竦ませてスピカに抱き着いてきた少女は苦笑いを浮かべていた。


「あれ、お嬢ちゃんは一人なの?」


 話が終わって父親や母親と一緒に帰って行く子供たちを見てスピカが思った。その子は誰かについて行く様子も、迎えに来る様子もない。


「お父さん、今はお仕事のお話しているの。だから私は遊んで待ってるんだ」

「そっか、偉いね」

「本当はもっと一緒に遊びたいんだけどね……」


 そう言って寂しげな表情を浮かべる少女。だがすぐに笑顔に戻り、スピカから離れる。


「お昼のお話が始まるまでちょっと町の冒険に行って来る。お姉ちゃん、またね」

「うん。またね」


 手を振る少女を見送る。スピカも山止めが解除されるまで足止めを食らう以上、町に滞在することも考えなくてはならない。噴水の淵に座って空を見上げながらスピカは思案する。


「どうしようかな……これから」


 森で出会ったジュバとエニフ、アルトと共に行動するのも一つの選択肢だ。だが――。


「……駄目だよね、私なんかが」


 自分が魔法使いと言う存在である事実。それを隠していかなくてはならない。世の中では魔法使いは魔物同様に人の魂を喰らう「悪」の烙印を押されている。もし自分がそうだと知られたら誰もが嫌悪するに違いない。先程のように気軽に少女が触れてくれることなどあり得ないのだ。


「そうだよ、私はもう化け物なんだから……」


 自嘲するように呟く。先程の吟遊詩人が告知していたお話も別の町で聞いたことがあるが、魔法使いが暴れ回って人々の恐怖を煽る内容だ。良い魔法使いもいるという題材はあまり喜ばれないのが実状だ。だが、後悔はしていない。人々に忌み嫌われようとも、この力がなくては彼女の目的は成し遂げることはできないのだ。

 膝を抱えてスピカは膝に額をつける。人通りの多い町は賑やかで、たくさんの人が笑顔で一緒に歩いていた。


「大丈夫、ずっとそうしてきたんだから……」


 自分に言い聞かせるように呟く。だがそれでも目的の場所まで道はまだ遠い。心に感じる寂しさだけは耐え難いものがあった。



 ◆     ◆     ◆



「あれ、どこだろうここ」


 町の中を冒険していた少女は倉庫街に迷い込んでいた。この町は山越え前に旅人が一時的に滞在する場所として重宝され、規模が大きい。この倉庫街は取引や品物の保管の場所としても使われ、東の地方の品が数多く収められていた。山積みされた品物の規模は少女の目を引き思わず倉庫街の奥へと入ってしまう。


「――Terra地よ


 だが、そんな彼女を魔法使いが見ていた。周囲に人がいないことを確認すると魔力を解き放つ言葉を紡ぐ。

 その右手の甲に黄色い光を放つ紋章が浮かび上がる。その紋章こそが魔法使いたる証。


「“土に宿りて傀儡くぐつへ変われ”」


 魔力が走る。地水火風の内、「地」の力を得た魔力は術者の意思に従い土中を通って少女に迫る。少女はまだ己の足元のそれに気が付いていない。

 地面が不自然に盛り上がる。危機に気付いた瞬間、少女の目に入ったのは土の中から飛び出て来た茶色い手だった。


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