第25話 二人の旅路

「……そっか、一族でアルトだけが魔法使いなんだ」

「全員、魔法使いだな。子供ができたらそっちに棲獣が引き継がれるからその時点で魔法の力は失われる。だけど長年一体化していたから不死の力だけが残っちまうんだ」


 肩をすくめてアルトが自嘲する。あれから数日が経っていた。スピカたちは町を出る門の前で次の目的地へと向かう乗合馬車を待っていた。


「今じゃ一族を上げて棲獣を取り除くか、不死の力を消す手段を探してるんだよ。世界中で活動しているお陰で不死の秘密を知ってるなんて噂だけが独り歩きしちまった」


 逃げ延びたイザールらの通報により、すぐに討伐隊が組織され、山狩りが行われた。その後、すぐに倒れていたジュバの身柄は確保された。だが一味も壊滅し、ジュバは命を取り留めたものの、“死の追体験”の影響で完全に心を壊しており、取り調べにもまともな受け答えができない有り様だという。


「……しかし不死鳥を殺して取り込むとか、どうやったんだよ。まったくご先祖様のお陰でとんでもないことになっちまった」

「そのご先祖様はどうしたの。その人も不死なんでしょ?」

「……行方不明さ。三十年以上前に責任感じて棲獣除去の方法を探しに行ってそれきりだと」


 しかし山中の商隊や傭兵たちの遺体と運んでいた積荷、そして何より生き残りのスピカたち四人の証言が決め手となり、捜査は進むことになった。様々な姿を借り、周到な計画で国内を荒らし回っていた盗賊団、その正体がジュバの盗賊団であったという話は瞬く間に町に広まることとなった。


「で、俺も十八になってから里を出て旅に出たのさ。一度ご先祖様をぶん殴らなきゃ気が済まなくて」

「……大変な旅なんだね」

「お前さんほどじゃないさ」


 アルトがため息をつく。竜を憎みながら、その竜の力を宿し、その力で村の仇を討とうという壮絶な生き方。果たしてそんな人生を自分なら耐えられるのだろうかと。


「……アルトは、私に何も聞かないんだね」

「この間も言ったろ。魔法使いに過去を聞くのは野暮ってもんさ」

「でも……」

「俺の方は自分から言いたかったからさ。ずっと魔法使いだってことを黙ってたお詫びだよ」


 おどけて言うアルトにスピカは目を合わせることができなかった。自分の中に眠るのは竜と言う規格外の魔物だ。魔法使いになった経緯も人と違う。聞きたいことは山ほどあるに違いない。だが、彼は何も問おうとはしない。


「……アルト」

「ん?」

「ううん、何でもない」


 魔法使いに過去を聞くのは野暮。アルトはそう言った。それならば、自分から話してくれる日を待つという意味だ。

 スピカにはまだ、アルトに教えていないことがある。魔法使いになった彼女が、両親に会うためと、あの竜を殺すため、そして、グラム皇国を目指すことになった理由があることを。

 いつか、全てを話す日が来るのかもしれない。だが、その日はまだ遠い。今はまだ、誰にも語ることのできない自分の過去をその胸に秘めるのだった。


「お姉ちゃん、お兄ちゃん!」


 イザールに伴われ、ポーラが二人の下へ走ってくる。幸い積み荷はほとんどが無事だったため、遺児であるポーラがその財産権を引き継ぐことになった。だが、幼い彼女一人で抱えきれる規模ではないため、しばらくは信頼できる親戚の下に身を寄せることになった。


「やれやれ、取り調べもようやく終わりだ。お前たちもよく頑張ったな」

「すいません……何もお力になれなくて」

「構わんさ。お前たちは。それだけのことだからな」


 イザールの提案で四人は人喰い火蜥蜴サラマンダーに襲われたことにしていた。ジュバたちが全滅する中、何とかポーラだけを連れてイザールと共に逃げ延びることができたのだと。

 実際、現場は火が広範囲で燃えた痕跡や、巨大な魔物が走り回った足跡が残っていたことから、信憑性も高く、最終的にそのように事件は落着することになった。当の人喰い火蜥蜴サラマンダーはその姿が見えなくなり、山から出て行ったのではないかと思われている。しばらくは警戒が続くそうだが、その内、安全が確認されれば人々の往来も活発になるという話だ。


「本当にお世話になりました、イザールさん」

「……その台詞は俺の方が言うべきだ。あいつらの仇を取ってくれて感謝の言葉もない」


 部下の遺品を入れた袋を二人に掲げる。彼はポーラを親戚の下へ送り届ける役を買ってくれていた。


「これからどうするんだ、団長さん?」

「……この子を送り届けたら部下の弔いだ。その後は故郷に帰るよ。依頼人を死なせた護衛など廃業するしかないさ」

「……故郷があるっていいことです。絶対に守ってあげてください」

「言われるまでもないさ」

「お姉ちゃん、お兄ちゃん……また、会える?」

「……うん。また会えるよ。一緒に遊ぶ約束、したままだもん」


 スピカの瞳が揺れていた。その日がいつ来るのか、全てを終えた時、自分がどうなっているのかも分からない。それでも、無理に笑顔を作る。


「……楽しみに、してるね」


 その嘘を、ポーラは指摘しない。ただ強く、スピカと抱き合う。


「……うん。約束」


 そんな少女の頭をスピカが撫でる。父親を失ったという事実は彼女にとって大きな傷となったはずだ。だが、彼女には故郷がある。身寄りもある。周りの人々が支えることによって、その悲しみを乗り越えていくことができる。そうスピカは思う。


「バルム王国の王都へ行くそうだな」

「はい、ポーラちゃんが聞いた話によると、子供を買って研究をしている所があるって。私、放っておけませんから」

「ま、俺も研究の内容が気になるしね」

「お前たちが背負う必要もない話だぞ……まあ、それでこそお前たちらしいのだが」


 イザールが呆れ交じりに笑う。魔法使いに対する嫌悪はもうどこにも彼からは感じない。やはり彼の部下が語っていたように、本当は優しい性格なのだろう。


「……正直、お前たちみたいな魔法使いもいるとは思わなかった。その旅が無事に終わることを願っている」

「……はい」

「ああ」


 乗合馬車が近づいてきた。イザールとポーラはこれに乗って次の町へ向かう。スピカたちとはお別れだ。


「では、時間だな」

「はい、それじゃ」

「元気でな」

「うん……お姉ちゃんも、お兄ちゃんも元気でね」


 イザールに続いて、ポーラが馬車に乗り込もうとして足を止める。


「そうだ、二人ともフルネーム教えて。お店に来た時のために準備しておきたいから」


 二人は顔を見合わせる。そして、その名前をポーラに告げた。


「スピカ=ラスターよ」

「アルト=アンカーだ」

「絶対に、忘れないから……」


 泣きそうな顔を見せないようにしてポーラは馬車に乗り込む。馬車が動き出しポーラが手を振る。もう涙を隠すこともしていない。スピカたちも手を振り返す。馬車が見えなくなるまでそれを見送っていた。


「……さて、それじゃ俺たちも行きますか!」

「え、アルトもついてくるの?」

「ちょっと待て。さっきまでの流れでわかるだろ!?」

「冗談よ」


 スピカがクスッと笑った。まさか彼女が冗談を言うとは思わず、アルトは呆気にとられる。


「何よ、私だって冗談くらい言うわよ」

「あ、ああ……」


 出会って以来、どこか壁を作って踏み込ませなかったスピカ。そんな彼女がアルトに初めて見せたお茶目な仕草。アルトはそこに彼女の本当の顔を垣間見ることができた。そんな気がしてならない。


「次の馬車来たわよ。私たちが乗るの、あれでしょ」


 スピカが背を向けて歩き出す。竜の力を宿した魔法使いの少女は誰よりも強く、そして弱くはかない。


「……やれやれ、惚れた弱みだ」


 不死鳥の力を宿した少年は、それを追いかけて歩き出す。スピカを守ると誓った彼の力はまだそれを成すには足りない。その背中はまだ遥か先だ。


追いかけるとしますかね」


 目指すはバルム王国王都。

 そこで二人の魔法使いを待つものは、果たして何なのか――。



 ◆     ◆     ◆



 薄暗い施設の中で、一人の男が研究に没頭していた。


「まだだ……まだ足りない。理想にはまだ遠い」


 彼の周りにあるのは積み上げられた文献。泡立つ薬品。そして、物言わなくなった子供たちの亡骸と、バラバラになった魔物たちの死骸。


「この研究が完成すれば、魔法使いは全ての魔法を使うことができるようになる。そして私は人類史に偉大な魔法学者として名を残すのだ!」


 高らかに笑う男。その思想と行為が狂気であることを知る者は誰もいない。


「さあ、今日の実験だ。リーフェ、シリウス」

「――はい、ご主人様」

「――何なりと」


 そばに控えていた少女と少年が動き出す。主人と仰ぐ男にかしずき、その大願成就のために今日もその身を捧げる。


「お前たちは唯一、ここまでの実験に耐えた個体だ。ならばこの試みで結果を残せるはずだ」


 男は二人を人間として見ていない。当然だ。この二人はなのだから。


「さあ、魔法の歴史が変わる日だ。この棲獣合成せいじゅうごうせいによってなあ!」


 人造生命体ホムンクルスの二人は、狂気に満ちた男が笑い続ける姿を無表情のままでその瞳に写し続けていた。




 続く。

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封印のドラゴンハート~眠れる魔物と魔法使いの少女~ 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki

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