第24話 魔法使いの最期

 アルトはすぐに駆け寄って倒れているスピカを抱き起こした。傷ついた様子もなく、静かに眠っている。


「スピカ……」


 その身はとても華奢きゃしゃで、その腕があの怪力を、そしてこの内にあの竜が棲んでいるなど誰が想像できようか。


「お前は、いったい何者なんだ?」


 その問いに答える者はいない。だがあの竜は言った。スピカと共にある道を選べば、いつか知る日が来ると。だが、それと共にその宿命に巻き込まれるとも。


「……アルト?」

「目が覚めたか」


 スピカが目を覚ます。アルトがそこにいることに、安堵した表情を見せる。


「やっぱり、逃げなかったんだね」

「約束したからな。嫌ったりしないって……まあ、あの竜には酷い目にあわされたけどな」

「……ごめんね」


 暗い顔をさせたことにアルトは頭をかく。おどけたつもりが言葉を間違えてしまった。


「悪い、そんなつもりじゃなかった……駄目だな。ついふざけちまう」

「でも、元気づけようとしてくれてることはわかった。ありがとう」

「女の子を泣かせるのは趣味じゃないからな……スピカならなおさらだ」

「私なら?」

「あ……いや、気にするな」


 どこか気恥ずかしい。竜に対して放った一言で彼女に対して妙に意識してしまう。


「……お前も、色々と抱えているんだな。下手をすれば俺以上に」

「……まあね」


 魔法使いになることを選んだ者は、それぞれ力を求める理由がある。それは、仇を討つためであったり、過酷な旅を乗り越えるための身の守りであったりと様々だ。そして中には、己の欲を満たすために魔法使いになる者もいる――そう、彼のように。


「……やめておけ、オッサン。もう終わりだよ」


 ジュバが剣を持ち、二人の後ろに立っていた。全身は焼け焦げ、片腕を失っている。棲獣を潰され、彼は既に魔法使いではなくなっている。魂を喰らった所で強化も回復も見込めない。


「はぁ……はぁ……知るかよ。ここまでコケにされて気が――がっ!?」

「言っただろ、終わりだって」


 突如襲った激痛にジュバは剣を取り落とし、胸を押さえて苦しみ出す。スピカはそれが何を意味しているかを理解し、思わず目を逸らした


「何だ……苦しい。熱くて……息が」


 全身と肺が焼けるような感覚だった。だが、彼の周囲のどこにも火は存在しない。ありもしない火に彼は焼かれていた。そんな姿をアルトは横目で睨みつける。


「魔法使いになる代償。あんたはそれを知らないまま魔法使いになった。中途半端な覚悟でこっちの世界に踏み込んだのが間違いだったな」

「嬢ちゃんと……エニフが……言っていた奴か。いったい……ぐほぁ!?」


 続いて襲ったのは腰から体が千切れる痛み。その痛みにジュバはのたうち回る。そして、背中から鋭利な物で胸まで貫かれる感覚が更にやって来る。それは、彼が殺した部下たちの死因と共通していた。


「ま……まさか」

「自業自得だ。たっぷり味わえ、を」


 棲獣が潰され、魔法使いとしての力が失われたことにより魂喰いによって抱えていた魂が全て解放され、次々と体内から外へ出ていく。


「うがああああああ!」


 その際、その魂が受けた死を魔法使いは追体験する。己で殺した魂への報いを受けるのだ。ジュバは力を高めるために自分の部下を喰らった。その数の死を一度に味わうことになる。


「た、助けて……あぎゃぁっ!」


 腕が引きちぎられる感覚。存在しない左腕が噛み潰される感覚を堪えようとも、ジュバはそれを押さえることすらできない。


「あの……小娘に負け……なきゃ、こんな…ことには……」

「人の心を捨てた奴にはわからないさ」


 白目を剥き、全身を痙攣させてジュバが倒れる。アルトはそんな彼を冷たく見放して言った。


「――あんたは、スピカの逆鱗に触れたんだから」


 ジュバから言葉が返って来ることはなかった。

 倒れ伏す彼の身から全ての魂が解放されて天に昇っていく。雪が空へ向かうようにして淡い光がゆっくりと消えていく。


「……これがみんな、取り込まれた魂なのね」


 スピカが物悲しい表情を浮かべる。アルトもハマルたちの亡骸を見てここへ来た。だから彼らの死をよく知っている。二人には、ただ悼むことしかできなかった。


「でも、これでみんな解放された。いつまでも魔法使いの中で悪行に加担することもなくなる」

「……そうだね」


 それは、ある意味魂の救済と言えるのかもしれない。望まぬ死を与えられ、その魂は暴力に使われ、死者の尊厳を冒されることを考えれば。


 ――ありがとうございました。スピカさん、アルトさん。


 そんな夢の中のようなぼんやりとした光景の中、スピカたちを呼ぶ声が聞こえた気がした。


「え……?」

「スピカ?」


 それは、何かの聞き間違いだったのかもしれない。風や、動物の鳴き声や木々のざわめきだったのかもしれない。それでも、彼女は確かに聞こえたと信じたかった。


「きっと、今の魂の中に……ハマルさんがいたんだと思う」

「そうなのか?」


 アルトが空を見る。光が吸い込まれるように青空へと昇って消えていく。


「……あの時オッサンに渡した魂がそれだったのかもな」


 棲獣化して戦った際にエニフがジュバに譲渡した魂。それが誰のものだったのかはわからない。だが、エニフもジュバも倒れた今、ハマルの魂が解放されたのだとしても不思議はない。


「……ポーラちゃんを、見守っていてください」


 だが、あの優しい声をスピカは覚えている。彼女が魔法使いだと知っても差別することなく接してくれたその気持ちは、彼女にとっても嬉しいものだったから。

 空に向けたそのメッセージは、果たして、父親に届いたのだろうか――。



 ◆     ◆     ◆



「……やれやれ。とんでもない物を見せてもらったよ」


 その一部始終をエニフは岩陰から見ていた。竜に襲われた際、土人形を身代わりにしてなんとか生き延びていたのだ。


「この場で始末をつけたいが、こっちもやられ過ぎた……出直しだね」


 持てる魂の全てを用いて竜の攻撃を防ぎ切ったお陰で、エニフの魔力は通常の魔法使い並みにまで落ちていた。この状態でアルトと、あまつさえ竜の力を持つスピカを相手取るのは得策ではない。


「……でもまあ、ボロボロになった甲斐はあったってものさ」


 エニフは自分の口元が緩むのを抑えられなかった。幻と言われた魔物である不死鳥を宿した魔法使い、そして魔物の王者たる存在である竜を取り込んだ魔法使いの存在。その情報を欲しがる者はどこにでもいる。上手く使えば、彼女がもっと大きな力を得られるほどにこの情報は貴重だ。


「特にスピカちゃん……あんたは興味深いよ。竜に認められた人間が“竜帝”以外にいるなんてね。しかもあんな小娘が」


 槍を支えにエニフが立ち上がる。竜の息吹ブレスを凌いだとはいえ、その威力から完全に逃れることができたわけではない。回復魔法で動けるほどにまでは回復はできたが、まだ支えがなくては歩くことができない。


「さて、これからどうするか……そう言えば」


 ジュバの言葉を思い出す。彼がポーラを売ろうとしていた相手がいたはずだ。彼の口から出た「研究」という言葉。奴隷ではなく、研究目的で子供を集めている存在がいる。もし子供を使った人体実験が行われているとすれば、裏に大きな権力が無ければできることではない。


「……バルム王国の王都か、試しに行ってみるのも面白いかもねえ」


 二人に気付かれないようにこっそりとエニフは歩き出す。最後に、解放された魂たちとのお別れをしている二人の魔法使いを見る。


「竜の魔法使いスピカと、不死鳥の魔法使いアルト。その名前、覚えておくよ」


 そして、エニフの姿は山の中へと消えて行った。


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