第20話 四元の担い手

「馬鹿な……なんで生きていやがる」

「へへっ、死ぬかと思ったぜ。いや、一度死んだんだけどな!」


 ジュバを羽交い絞めにしてアルトは不敵に笑う。目の前で繰り広げられる展開に誰もが混乱していた。


「てめえ、不死身か!?」

「外れだ。俺は死なないんじゃない、死んでも蘇るんだよ!」

「この化け物が!」


 ジュバの紋章が輝く。魔力が炎に代わり、二人を包んで燃え上がる。


「おお、凄い炎だこと。だけどな――」


 アルトの紋章が輝く。その色は


「元々俺はこっちの方が得意でね!」

「なんだと!?」

「“炎は逆巻き集いて爆ぜる”」


 ジュバの展開した炎がアルトの力に従って動き始める。同一の魔法属性を使用した際に支配権を奪われること、それは魔法使いの力量の差を意味していた。


「馬鹿な、俺の炎が!」

「あんたは魔法使いになったばかりだろ。まだまだ使い方が甘いんだよ!」


 二人分の炎が渦を巻き、どんどん圧縮されて行く。高密度の力の塊となったそれはジュバの眼前で炸裂する。


「ぐわあああーっ!」


 爆発にジュバが呑み込まれる。アルトは間一髪で手を離し、距離を取って回避していた。


「へへっ、リベンジ完了っと」

「アルト……あなた、いったい」

「魔法使いならわかるだろ。こいつが俺の棲獣せいじゅうの特性さ」


 笑って健在を示す。変わらぬお調子者の様子にスピカは少しだけ安心した。


「……まさかあんたまで二重属性持ちだったとはね」

「魔法使いは手の内を明かさないからな。どうだ、びっくりしただろ?」

「ああ、それに加えて『不死』いや、『蘇生』か……とんでもない特性持ちだ。でも、ジュバだってまだ終わっちゃいないよ」

「うがああああ!」


 ジュバが咆哮し、渾身の力を込めて腕を振るう。彼を包む炎が割け、その中からジュバが現れた。服は焼け焦げ、裂傷とわずかの火傷を負ってはいたが、いまだ戦える様子だった。


「……げ、全然効いてねえ」

「ジュバが取り込んだのは火蜥蜴サラマンダーだ。その皮は燃えない素材に使われる。故にこいつも火属性には強力な耐性を持っているのさ」

「……ふざけやがって。ふざけやがって、このガキどもがああああ!」


 プライドを強烈に傷つけられ、怒り狂ったジュバの紋章が強く輝く。周囲の被害など構わない、全力で魔力を放出する。


「――Aqua水よ!」


 スピカの紋章が輝く。青き光で呼び出した水をジュバへ向けて放つ。


「‶水は滾りて螺旋に貫く″」


 水が渦を巻いて彼女の前へ集い、螺旋を描きながら一直線にジュバへと延びる。


「うがああああ!」


 だが、その水はジュバの炎に触れるとすぐさま蒸発してしまう。全身に炎を纏い、さながら炎の魔人と化して更に燃え上がって行く。


「そんな!?」

「ははっ、こいつは驚いた。属性の相性を覆すほどに怒りで力が上がっているじゃないか。ここまで火属性に適性があったとはね」

「死にやがれガキども!」


 全身に纏った炎を一つに集める。そしてスピカとアルト目掛けて巨大な火球を放った。


「“炎は集いて燃え上がる”」


 人ひとりを軽く呑み込むほどの規模で火球が迫って来る。もはや生半可な水の魔法では止めることはできない。


「……アルト、風魔法をお願い!」


 スピカが叫ぶ。強い決意を秘めた眼で彼の隣に並び立つ。


「おいおい、あの炎を風で止めろって言うのか!?」

「大丈夫……一人じゃ無理でもアルトと私、

「……は?」

「――Ventus風よ


 スピカの紋章が緑に輝いた。その身から放たれた魔力が大気に干渉し、気流を生じて風となる。


「な――!?」

「『風』だと!?」

「三つ目……だって」


 アルトもジュバも、そしてエニフも目を見開く。三つの属性を使える魔法使いなど彼らは聞いたことが無い。


「話は後、今は手を貸して」

「ははっ、こいつはすげえ。合体魔法なんて初めてだ!」


 アルトも紋章を緑に輝かせる。二人の力が共鳴し共に大気を震わせる。突風は豪風になり、暴れ狂う嵐になる。


「アルト、風向きを上に!」

「了解!」

「‶風は逆巻き天へと昇る″」


 気流が集束し、暴風吹き荒れる颶風ぐふうとなる。迫り来る火球が風の壁に激突し、互いの魔法が魔力を削り合う。


「馬鹿な……!?」


 己の魔法の力が押されていることをジュバは感じていた。属性の相性すら覆し、スピカとアルトの二人の力で徐々に炎が解け、風に巻き上げられて上空へと飛ばされて行く。そして、スピカは更なる驚愕の一言を放つ。


「――Ignis火よ!」


 高々と掲げたスピカの手の紋章が新たな輝きを放った。その色は赤。


「嘘だろ!?」

「馬鹿な!?」

「四属性全てだって……っ!」


 誰もがその目を、耳を疑った。一人一属性が原則。稀に棲獣せいじゅうが複合的な特徴を持つために二重属性を持つことがある魔法使い。だが、スピカは違う。この世に存在する魔法属性全てを一人で行使しているのだ。


「アルト、炎を!」

「りょ、了解!」


 アルトが魔力を炎に変える。それと同時にスピカの紋章がさらに輝きを増す。完全に炎の支配権を得て彼女の意のままに炎が動く。それは他の魔法使いよりも魔法の力が完全に上回っていることを示していた。


「‶炎は星へと変わりて落ちる″」


 スピカの炎も加わり、ジュバの炎が天空で一気に収束していく。そしてジュバが生み出したものを遥かに上回る熱と破壊力を持った火球が顕現し、ジュバに向かって真っ逆さまに落ちていく。


「馬鹿な!?」

「ジュバ!」

「お、お頭-っ!」


 三人分の魔力を込めた力がジュバに直撃する。その身を包み込み、激しく燃え上がる。火蜥蜴サラマンダーの特性による火属性の耐性があるとはいえ、その破壊力全てを打ち消すことができるわけではない。


「が……がはっ……」

「……ちっ、ここまでか」


 エニフが崩れ落ちるジュバの姿を冷ややかな目で見送る。そして、踵を返して歩き出した。


「なかなかいい素材だったんだけどね……まったく、台無しだ」

「あ、姐さん。どこへ!?」

「ビジネスパートナーの話は解消だよ。後はあんた等が好きにやりな」

「そ、そんな。俺たちだけであいつらをなんて……」

「――くく、クハハハ……!」


 倒れ伏しているジュバがわらっていた。その場違いな声はむしろ不気味さを際立たせている。


「すげえ……これが魔法使いかよ。こんなガキがここまでの力を使いこなすなんてな!」


 ボロボロになった身体を起こし、ふらつきながらジュバが立ち上がる。その眼は焦点が合っていないが、それでも彼は喜悦の表情をスピカとアルトに向けていた。


「……こいつは驚いた。まだやれるって言うのかい」

「おいエニフ。魔法使いの魂を喰らえば力はもっと増すんだったよな?」

「……ああ、その通りだが」

「――そいつは楽しみだ」


 ジュバの紋章が一際強く赤い輝きを放った。だが魔法を放つのとは違う、顕現した炎が彼の周囲を巡り、巨大な魔法陣が彼の足元に展開される。


「ジュバ、それは!?」

「魔法使いにはあと一つだけ、切り札があったよなあ……」


 その言葉にスピカたちにも悪寒が走る。魔法使いである三人にはわかった。ジュバが何をしようとしているのか。


「クハハハハハ! 認めるぜ坊主と嬢ちゃん。あんたらは俺より強い。だからこそ、その力、俺が喰らってやる!」

「やばい……お前ら、今すぐここから逃げろ!」

「離れて、巻き込まれるわ!」


 血相を変え、ジュバの手下たちに向けてアルトが叫ぶ。スピカも必死の表情で避難を呼びかける。だが、彼らにはその意味が分かっていない。


「頑丈さ、腕力、そして四属性の魔法行使。坊主の方は死なねえと来た……それだけの力、どんな魔物を内に秘めてやがることか!」


 魔法使いが魔法を使うために必要な条件。それは魔物をその内に取り込むことだ。魔法使いは取り込んだ魔物に応じた属性の魔法を使う事ができる。


「お前らの魂を喰らって、俺はもっと強くなる!」


 そして、取り込んだ魔物の力を引き出すのみならず、ことこそが魔法使いの最大の切り札。全ての魔法使いに共通する唯一の魔法。その名は――。


棲獣解放せいじゅうかいほう――‶蜥蜴は火より這い出でる″」


 足下の魔法陣から赤い光の柱が立ち上り、ジュバの体が光に包まれる。

 己が身に取り込んだ魔性を顕現させる。全身に鱗が備わり、爪と尾が伸びる。口は裂け、その背中には炎が燃え上がる。人と取り込んだ魔物の姿が入れ替わり、その身は巨大な獣になり果てる。


 そして、光が収まる。

 現れた巨大な火蜥蜴サラマンダーは、己を誇示するように天高く咆哮するのだった。

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