第17話 仮面の下の獣
盗賊たちは、万事が上手くいったことに浮かれ、祝杯を挙げていた。強奪した馬車の中には取引のために用意された金貨、そして宝石や貴金属などがあった。調度品などについては詳しい価値はわからないが、しかるべき場所で換金すればひと財産を築けることは確かだ。
「まあ、色々と予定外のことが起きたがお前たち、よくやってくれた」
そして、盗賊たちの中心にいたのがジュバだった。酒を飲みながら手元で光る金貨の音を楽しんでいる。
「さすがだぜ、お頭」
ジュバの持つ杯に酒を注ぎながらバーダンが話しかける。
「まさか傭兵ジュバの正体が俺たちのお頭だとは夢にも思わなかっただろうな。攻めるのも俺たち、守るのも俺たちだ。まったく、いい手を考えてくれたもんだぜ」
バーダンの称賛に気を良くするものかと思いきや、ジュバは不機嫌さを露わにしてバーダンをにらみつけた。
「その仕込みの大事な時期に、妙な女にちょっかいをかけていたのはどこのどいつだ」
「……そのことは勘弁してくれよ」
「お陰で妙な女に何度も邪魔される羽目になったんだ。何度お前を本気で斬り殺そうと思ったことか」
そういってジュバは酒を一気に
これ以上は彼の神経を逆なでしないよう、バーダンは大人しく引き下がった。
「ははっ、その辺にしといてやりなよ」
「……ふん。まあ、あの嬢ちゃんのお陰で助かったところもあるからな。大目に見てやるか。エニフ、あんたにも世話になったな」
「礼には及ばないさ、こっちも稼ぐためにあんたらを大いに利用させてもらったんだからね……それより、いつまでその口調でいるつもりなだい?」
「クハハ、違和感があるか? このキャラは少しばかり気に入っていたんだけどな」
頼れる傭兵の仮面を脱ぎ捨て、本性を露わにする。雰囲気すら変わるその演技力にエニフも感心する。
「柄にもないことを色々と言うもんだから、何度吹き出しそうになったかわからないよ。盗賊団の頭なんかやってないで役者でもやってた方が良いんじゃないかい?」
「わはは、そいつはいい。次は旅の劇団でも装うか!」
「げえっ、騎士団の戦術の次は役者の特訓ですかい!?」
手下の何人かが渋い顔をする。この盗賊団では狙った相手を仕留めるために周到な準備を行う。張り巡らせた情報網、幾重にも張った罠。成功させるために首領が危険を冒すことも少なくない。だからこそ支持を集め、彼は慕われるのだが。
「悪くないね。芝居なら人も集まる。あたしとしても効率がいいってものさ」
エニフの右手の甲には紋章が浮かび上がり点滅していた。商隊を全滅させ、その魂は彼女の下に集まっていた。咀嚼するようにゆっくりと明滅する光は魔力が取り込まれていることを示していた。
「まだ足りねえってのか? 化け物さんよ」
「魔法の探求に終わりはないさ。何ならドラゴンを倒せるくらいまで力を高めたいものだよ」
化け物と言われてもエニフは顔色一つ変えない。彼女は既にその在り方を受け入れているのだ。
「こっちとしても、お互いの利害が一致してりゃ魔法使いと組むのも悪くねえさ」
「ふふ、悪党同士これからも仲良くやろうじゃないか」
「けどよ、今回みたいな気まぐれはもうなしにしてくれよ。命がいくつあっても足りやしねえ」
ジュバが不満を漏らす。本来なら人喰い
「あの嬢ちゃんが気になったのはわかるけどよ……こっちも手下を何人も死なすところだったんだぜ」
「悪かったよ。だからお詫びに“アレ”をくれてやったんじゃないか」
エニフの冷笑にジュバも不敵な笑みを返す。
「さあ、この荷物を売っぱらったら次の仕事だ……と、もう一つやらなくちゃいけないことがあったな」
ジュバは一味の輪の外で転がっている少女に目を向けた。手を後ろに縛られているポーラはそんな彼と眼が合う。
「この子だけ殺さなかったのは売るためかい?」
「おう、ちょっとした伝手があって高く買ってくれるんだ。何でもバルム王都で研究がどうのって……」
「研究?」
「まあ、俺には関係のない話だ」
「ふぅん……」
肩をすくめてジュバは切れた酒を取りに向かった。エニフは上機嫌ついでにポーラに声をかけてみることにした。
「ふふ、ご機嫌いかがかな?」
「お父さん……」
泣き腫らした顔には今も涙の痕が残っている。父親をはじめ多くの人が目の前で殺され、絶望の淵にいた。
「……絶対に許さない」
憎しみに満ちた視線を向けられる。だがエニフはそんなものは慣れ切っている。
「ふぅん……許せないならどうするって言うのさ?」
「お父さんの仇を取ってあげるの! 誰にも負けない……お姉ちゃんみたいな凄い魔法使いになって!」
「くくく……あっはっはっはっは!」
ポーラの言葉を受け、エニフが腹の奥から笑いを発する。殺意を向けたにもかかわらず愉悦に染まるその態度にポーラも気味の悪さを感じた。
「知らないってことは怖いねえ。魔法使いになるってことがどれだけヤバいことなのか全然わかっちゃいない!」
「……え?」
「何も知らない奴らにとって魔法使いは“凄い力を使える奴”、少し知ってる奴なら“魂を喰らう化け物”って認識だ。だが、本当の意味で化け物と言われる理由は魔法使いになる方法にこそあるのさ!」
「魔法使いになる……方法?」
「その業を受け入れ、自ら化け物になることを選択した者が魔法使いなのさ。あたしも、あの
“化け物”とスピカは自分を称した。それは彼女が魂を喰らう存在だからだとポーラは思っていた。だが、エニフによればそれは違うと言うのだ。
「それを知っても仇を討ちたいって言うなら、ポーラちゃんもめでたく化け物の仲間入りだ。教えてやるよ、魔法使いはみんな――」
「やめなさい!!」
エニフの言葉は唐突に遮られた。何者かがその先にある言葉をポーラに聞かせまいとするために。朝日がその人物を照らす。その鮮やかな金色の髪をなびかせて、彼女はその姿を現した。
「その先は……ポーラちゃんが知らなくてもいい世界よ」
「お姉ちゃん!」
「よう、生きていたのか嬢ちゃん」
ジュバが杯を投げ捨て、気楽な調子で声をかけると、スピカが足を止めた。昨日までと同じ、頼れる張りのある声。だが今はそんな声が彼女にとってはあまりに耳障りなものだった。
「水に沈められても生きていたとは恐れ入るぜ……ああ、隣の
「否定はしない……だが、やられっぱなしは癪でな。落とし前をつけに来た」
「そうかい、仲間に入れてくれって言うなら歓迎するんだけどねえ、魔法使いさん?」
「……ふざけないで」
氷のような冷たい声だった。彼女を近くで見ていたエニフですら、別人かと思うほどの声に驚く。
「……どうしてあんなことをしたの」
「おいおい、悪党にそれを聞くのか。金だよ。他に何があるんだ」
「あたしはそれに手を貸しただけさ。力を高めるためにたくさんの魂が欲しくてね」
エニフが槍を取る。その手の甲に見えた紋章が光を放っているのをスピカは見逃さない。
「……魔法使い」
「そ、あんたのお仲間だ。化け物さん」
スピカは悔しさで唇を噛み締める。彼女はずっとそばで見ていたのだ。頼れる年上の女性を演じながら、魔法使いという正体を隠しながら。
「どうしてそんなに簡単に人を殺せるのよ……命を何だと思っているの」
「ふふっ、魔法使いがそれを言うのかい?」
エニフが、まるで異様なものを見るようにスピカを睨みつけた。その表情には呆れが混じっている。
「力を得るためには何かを殺し、その魂を喰らう必要がある。そんなこと魔法使いの常識じゃないか。あんただってそうして来たんだろ?」
「……私は一度だって魂喰いをしたことなんてないわ」
「はっ、よくもまあ綺麗ごとを言えたものだね。湖を丸ごと凍らせるほどの力を持っていながら『喰ったことがない』だって? そんな話が通るとでも思ってるのかい! 力の強さは魂を喰らった証だ。それとも何だ、最初から強かったとでも言うつもりかい?」
「沈黙かい……まあ、そう簡単に手の内をさらすとは思っていなかったさ」
「来るぞ、魔法使い」
イザールの声に緊張が増す。ジュバが剣を抜き、エニフが槍を構えた。ハマル達を守り、共に戦ってきた刃は今や彼らの血に染まり、そして今度はスピカに向けられる。
「俺たちは金が欲しい、美味いものを食いたい、女を抱きたい。ただそれを満たすために動いただけだ。その生き残りにあいつらは負けて食われた。それだけのことだ!」
「それは獣の理屈じゃないの!」
「獣か、そうかもしれないなぁ。人間は所詮欲にまみれた獣だよ」
「そんなこと……ない」
少なくとも、ハマルは違った。商人を辞めてまでポーラと一緒にいることを優先しようとした。その気持ちも欲によるものかもしれない。だが、物欲にまみれたジュバのものとは明らかに質が違った。
「お姉ちゃん逃げて。ダメだよ……お姉ちゃんたちも死んじゃう」
「大丈夫、すぐに助けるから」
縛られて転がされているポーラを視界にとらえる。どれだけの恐怖を味わったのか、だが、その中でもスピカの身を案じていた。こんな少女に魔法使いの闇の部分を見せたくない。その一心でスピカは笑顔を彼女に向けた。
「ポーラちゃんを返してもらうわ」
スピカが手をかざし、魔力を励起させる。その右手の甲に紋章が浮かび上がった。
「お前ら、行くぞ!」
ジュバが手を振り下ろすのを合図に、雄たけびを上げて盗賊たちがスピカとイザールに襲い掛かった。
「――
だが、容赦はしない。もはや彼らは人の皮を被った獣も同然だ。スピカがその力を発現させる。紋章が青き光を放ち、放出された魔力が水へと変化する。
「“水は矢となり弾け飛ぶ”」
水が圧縮され、複数の矢に形成される。襲い来る男へ向けてその一本を放つ。
「ぐわっ!」
腹部に矢が命中すると同時に炸裂する。圧縮された水が解き放たれ、その衝撃で男は吹き飛んだ。
「はあああっ!」
自らに接近する者へ次々と矢を撃ち込む。囲まれぬよう走りながら一人一人を確実に倒していく。
「魔法使い、何故殺さない!」
「殺しちゃ駄目です、イザールさん!」
その剣で盗賊を仕留めようとするイザールにスピカは叫ぶ。
「エニフさんがいます。殺したら魂を奪うつもりです!」
「ちっ、面倒な!」
「あはは、気付いたみたいだね! だけど、そもそもあんたは人を殺せるのかい?」
「……っ!」
エニフの口元が緩む。スピカの反応は彼女の問いに答えを返していた。
「あんたのことはたっぷり観察させてもらったからね。確かにあんたの力は見事だよ。だけど、人が殺せない時点で魔法使いとしては二流さ!」
エニフの言葉にスピカがぎゅっと唇を噛む。だが決して人の命を奪う事だけはしない。魔法使いとなった今でもその一線だけは越えるわけにはいかないのだ。
「思った通りだ、こいつらは俺たちを殺せない。怯むんじゃねえ!」
「おおっ!」
部下たちの前に立ち、絶対的な戦力として、率いる者としてジュバが彼らを鼓舞する。この心強さが彼の強みであり、カリスマたる所以なのだろう。だがそれは今、彼女たちの前に立ちはだかっていた。
「ちいっ、理不尽すぎる!」
こちらは相手を殺さず無力化しなくてはならないのに、相手はこちらを容赦なく殺すことができる。そして間違って殺しても、片方が殺されてもその魂はエニフの糧となる。あまりに不利な戦いを二人は強いられていた。
「はあっ!」
「ぐえっ!?」
「まだだ。こっちにもいるぜ!」
矢を食らった男がすぐに立ち上がり、再びスピカを追う。倒しても倒しても次の盗賊が襲い掛かってくる。ダメージは確かに与えてはいるがあまりに数が多い。その気になればまとめて倒すことはできるのだが、相手を殺めることができない彼女は魔法の威力を加減しなくてはならない。
「……さあて、あたしも狩りに手を貸すとしようかね」
エニフがその右手を掲げる。魔力を励起させ、紋章が輝きを強める。
「――
そして、魔法を発動するための言葉を紡ぐ。光は黄色を放つ。その色が司るは「地」の属性。
「“土に宿りて
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます