第22話 青年が手をのばすのは前を見るため

 白いカードをかまえるケンジ。

「力を貸してくれ。カズヤ!」

 左腕の装置そうちに、獅倉ししくらカズヤのカードを挿入そうにゅうした。

「アウト・オブ・オーダー」

 本来ほんらいは、現実に存在そんざいしないプログラムの実行じっこう。人間のデータ変更へんこう抑制よくせいするための、クリエイターのプログラム。本来ほんらい順序じゅんじょまもらず、規格外きかくがい拡張現実かくちょうげんじつ使用しようできる。

 胸のポケットから、銀色のメダルを取り出す青年。

 チホにもらった普通のメダル。

「あのときのお礼。持っててくれたんだね」

 嬉しそうな顔の女性に、青年も笑顔で返す。

「クリエイターのサポートがなくても、ぼくたちになら、できる」

 思いを込めて、カズヤの力を使うケンジ。

 左手で強くにぎったメダルが、白いデータフローメダルへと変化へんかした。右手で持つ。レイトに向けた。

「これは、本来ほんらい、誰にでもできるんだ」

『ありえない! それは、かみの力のはず』

 狼狽ろうばいする少年。ムゲンは攻撃こうげきをやめた。

「何を言っているんだい。この世界のすべては、ただのデータだよ」

 凛々りりしい少女が、ネコのプログラムを組んだ。すぐに消す。

『そう。この世界は、かみの世界の問題もんだい解決かいけつするための、実験場じっけんじょうぎない』

 ムゲンの声を無視むしするケンジ。ふたたび、左手で白いメダルをにぎる。左腕の装置そうちから、青いメダルを取り出す。

だまって、思いどおりに動け!』

 ケンジが、青いメダルをトネヒサにわたした。白いメダルを、左腕の装置そうちに入れる。

 白く染まっていくアウト・オブ・オーダー。

 補助演算中ほじょえんざんちゅうのため、アマミズは台詞ぜりふしゃべらない。退屈たいくつそうなエミカ。何も言わない。

 トネヒサが、体の前でプログラムを組み上げた。すぐに完成したカードを入れ、実行じっこう

 エンチャントで力が共有きょうゆうされた。ウタコが腕を振り上げる。

「サポートは任せろ。思う存分ぞんぶん、やれ」

「そうですね。二人に任せます」

 あたたかい言葉を受けた青年が、自分よりすこしだけ背の高い女性を見つめる。

 力強さを宿やどしながら、優しさも感じさせる表情。

ぼくを信じて、あいつのプロテクトをやぶってほしい」

「うん」

 満面の笑みで答える、チホ。セミロングの髪がれた。

 カード使用中で、エンチャントが使えない。二人は手をつないだ。

菊間きくまチホは、力になれず友人をうしなった過去がある。誰かの力になるという選択肢せんたくしえら傾向けいこうがある』

「わたしは、自分でえらぶ」

 微笑む女性に、左手をにぎる男性がげる。

勝負服しょうぶふく着替きがえよう」

 返事を待たずに、服を変化させるケンジ。赤いカーディガンをまとった。フードはかぶっていない。頭のうしろにある。

「なんだか、なつかしいね」

 チホも続く。赤いカーディガン姿になって、赤いフードをかぶる。動物どうぶつの耳がついている。

 当然とうぜん、アマミズの補助演算ほじょえんざん無駄むだなく使うための行動こうどう

「私たちも、着替えましょうか」

「うるさいぞ。ずかしいだろ」

 二人は姿を変えない。

「ちょっと無茶むちゃをするから。みんな、データの偽装ぎそうを頼む」

 ケンジが、チホの左手を引く。敵意てきい眼差まなざしを向ける少年へ、一歩踏いっぽふした。同じように歩みを進める二人。

かみさからうおろ者共ものどもが!』

 レイトの体をあやつるムゲン。攻撃こうげきのためのプログラムを、次々に組んでいく。ノイズのような空中庭園くうちゅうていえん。ほとんどが完成前かんせいまえこわされた。可愛かわいらしい服装の少女が、はなわらう。足元のアマミズは動かない。

 データの植物をデータの風できざんで、七三分しちさんわけの男性がげる。

「クリエイターの端末たんまつを調べましたが、ムゲンと同じ自我じがを持つものは、存在そんざいしません」

余裕出よゆうでてきたじゃん。トネヒサ」

 ウタコは、防御ぼうぎょプログラムを用意よういしていた。それを別の場所で展開てんかい。シオミに向かう植物をふせいだ。すこしやわらいだ表情の女性が、データのほのおく。

 植物をこおらせてデリートしたのは、チホ。ケンジたちの歩みは止まらない。

本来ほんらい存在そんざいしないはずの存在そんざい。お前はバグだ」

 瞬時しゅんじに組んだプログラムで、空中の水をはらう。巨大なデータのかたまり武器ぶきにしていた。

 トネヒサとウタコはデータの偽装ぎそう。ハッキングによる影響えいきょうをクリエイターにさとられないよう、ログを消す。

 エミカは攻撃こうげき相殺そうさい。ムゲンが作り出すプログラムのほとんどを、瞬時しゅんじ破壊はかいつづける。

 モモエは、あやつられたレイトへの攻撃こうげきを続ける。足止あしど目的もくてき

 防御ぼうぎょに回るシオミ。植物のプログラムによる攻撃こうげきを、ほのおで食い止める。

 男女二人が、少年の目の前に到達とうたつした。

「ハッキングに専念せんねんして。ケンジ」

「うん。チホ、頼む」

 ケンジと手をつなぎ、力を共有きょうゆうしているチホ。赤いカーディガン姿。右手をかざす。ムゲンのプロテクトに干渉かんしょうを始めた。

『バグは、お前たちのほうだ! デリートする!』

「始めるようだね。この私も、やることがあるんだ。君たち、頼んだよ」

 相殺そうさいをやめるエミカ。攻撃目標こうげきもくひょう変更へんこうされた。ムゲンの狙いが、ケンジとチホだけになっている。

 プログラムの発動前はつどうまえに、トネヒサたち四人が次々と削除さくじょしていく。

 しかし、徐々じょじょに押され始める。

 二人は周りを見ていない。ハッキングに全身全霊ぜんしんぜんれいをもってのぞむ。目にうつるのは目標もくひょうのみ。

『書き換えの時間が、あると思っているのか』

「できる!」

 プロテクトを破って、チホが叫んだ。

「戻ってこい。レイト!」

 ケンジの左手が、少年の左腕をつかんだ。

 プログラムの書き換えが始まる。

 同時どうじに、エミカがリンク元のデータを書き換える。

『まがい物の、世界、で……』

「ここは、ぼくらの現実げんじつだ」

 ムゲンの攻撃こうげきが止まり、四人はデータの偽装ぎそう専念せんねんした。

 現実で動くデータと、そのバックアップ。それぞれ、変更へんこうされていく場所は同じ。二つのデータを参照さんしょうしているケンジとエミカ。お互いのくせを読んで、リプログラミングを続ける。

 速度そくどゆるめない。二重にじゅうらせんが、同時どうじに書き換わった。

 ムゲンはデリートされた。

 微笑むレイト。姿が人ではなく、データのかたまりになる。メダルなしでは見ることのできない、プログラムの羅列られつ

 遅れて消滅しょうめつした、黒いアウト・オブ・オーダー。

 足元に落ちる黒いメダル。悲しそうな表情のシオミが近づいて、ひろった。

「ムゲンの影響えいきょうが、残っていたようですね」

「おい。うそだろ」

 きそうなウタコの肩に、トネヒサが手を置いた。

「悪はほろびたじゃない。よかったわね」

 すこし震えたモモエの言葉に、チホが反論はんろんする。

「よくないよ。なんとかしないと」

「データはある。戻せるはずだ。たのむ。カズヤ」

 オレにたよりすぎだぜ。という声を、ケンジは聞いたような気がした。冷静れいせいにデータをながめる。ゲノム内の、ダミープログラムの配列はいれつ変化へんかしていた。

 意味いみのある部分ぶぶんの書き換えで起こった、ムゲンとの融合ゆうごう

 しかし、最後に手が加えられたのは、意味いみのない部分ぶぶん

 無意味むいみなデータが意味いみのあるものに書き換えられ、全体ぜんたいとして意味いみ消失しょうしつ。人の形を失った状態じょうたい意図いとされたものかは分からない。

 白いカードの力を使う青年。

 レイトのデータが復元ふくげんされていく。黒いシャツの少年が、華奢きゃしゃ姿すがたあらわした。寝息ねいきを立てている。複雑な表情になるシオミ。

 にせかみ影響えいきょうは、完全かんぜん消滅しょうめつした。


偽装ぎそうはできてるはず。バレてないよね?」

 ウタコが念入ねんいりに調べていた。藍色あいいろのスーツ姿。青い空のデータに乱れはない。タワーの下に広がる灰色と緑が混ざったようなまちも、プログラムどおりに動いている。

「その場合、巻き戻しが起こり、私たちが認知にんちすることはできません。つまり、成功せいこうです」

 普段より明るい表情のトネヒサ。グレーのスーツ姿。アマミズに、肩にのるよう命令する。白いリスのようなものが動いた。空中を跳ねるように歩く。エミカが、笑顔で手を振る。

 赤いカーディガン姿の男性は、悩んでいる。

「誰か、カズヤを元に戻すのを手伝ってくれると、嬉しいんだけど」

 補助演算用ほじょえんざんようの服を解除かいじょ。もとの服装に戻った。普段着の上にスーツの上着を羽織はおっているという、だらしない格好に。

「ちょっと、わたしには難しいかも」

 赤いカーディガン姿。フードをかぶっていたチホも、服をもとに戻した。クリーム色のスーツになる。

 まだ、服を戻していない少女。

 白いシャツはフリル付き。深碧しんぺき模様もようほどこされた、黒い上着。スカートも黒で、白や萌葱色もえぎいろの部分がある。黒いソックス。緑を基調きちょうとした靴。

「データの変換へんかんを急いだようだね。くせつよくて手伝えないよ。それじゃ、病院びょういんに戻るから」

 フリルをなびかせて、エミカが去る。一瞬いっしゅんで消えた。

「お腹が空いたわ。さっさと帰りましょう」

 我関われかんせずといった様子ようすのモモエ。ピンクのドレス姿。すでに、左腕に装置そうちはない。赤いメダルをシオミに渡す。代わりに、黒いメダルを受け取った。

「わたくしは、念のため、レイトを病院びょういんに連れていきます」

 眠る少年を横抱よこだきする女性。スーツ姿。南からの光を浴びて、業務用ぎょうむようエレベーターのドアへと歩いていく。スタイルのいい女性が追い抜いて、先にスイッチを押した。

 トネヒサが、青いメダルを装置そうちから外した。胸のポケットにしまう。

「私たちも、食事にしましょうか」

「え? お、おう」

 ウタコと並んで、エレベーターに向かう。600メートルを約2分で下りるという情報じょうほうを、二人は知らない。

「そうでした。まずは、ギョウタさんに報告ほうこくしなければ」

「ムゲンの仕業しわざって説明せつめいするの、むずかしくないか?」

 立ち止まる気配けはいはない。

「まだ、次の作業さぎょうもあるのになあ」

 しぶかおをするケンジ。開いたドアが再び閉まる様子ようすを、うらめしそうに見つめていた。

「すごい力だけど、簡単かんたん手放てばなすんだね」

 四角しかく広場ひろばに残るのは、ケンジのほかには、チホだけ。

「人の命を代償だいしょうにしてかみになれるとしても、それは選ばない」

「うん。言うと思った。理由りゆうは」

「ただの人間でしかないから。あれ? 同時どうじに言うのかと思った」

 照れ笑いを浮かべたケンジに、チホが屈託くったくのない笑みを浮かべる。

「勉強させてもらうね」

 やさしい風が二人をでた。

「食事を優先ゆうせんするべきだと思うけどな」

「人のこと、言えないでしょ?」

 チホの言葉に笑いながら、左腕の装置そうちを構える。白いエクセキューションカードを抜くケンジ。

復元作業専用ふくげんさぎょうせんようのカードが必要だ」

 すぐに、新たなカードを生成せいせいする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る