第15話 のこされた時間と彼らは向き合う

 ギョウタの家に入り、居間いま水分補給すいぶんほきゅうをした五人。

 だ円形えんけいの木の机が真ん中にある。上部をガラスでおおう机に、空のコップが5個置かれた。和風だがたたみはない。木の床になら座布団ざぶとんから立ち上がった。

 サユリに手を振る。手を振り返された。ルミコも軽く手を振る。ギョウタを先頭に、階段かいだんを上っていく。

「ここが、おれ仕事部屋しごとべや、なんだが」

らかっていますね。やはり、クラッカーの仕業しわざですか」

「いや、元からだ」

 返事を聞いて、トネヒサがだまった。

 四畳半よじょうはんの部屋に、木の机と椅子が置いてある。紙の資料しりょう散乱さんらんしていて、かろうじてあしがある。

攻撃こうげきがあったのは、間違まちがいないだろ。ギョウタ。てことは、データだ」

「ここが狙われて、家族が無事ぶじだったのは、よかったといえばよかった、か」

 ウタコに指摘してきされて、机の上から紙をどかすギョウタ。ノート型のPCがまっていた。起動きどうする。

 中のデータを確認かくにんするあるじ

「消えてる。クラッカーに関する情報じょうほうだけが、きれいに」

 四人が、ディスプレイを遠目とおめながめる。

「ネットワークから侵入しんにゅうされた、ってことですか?」

「いや。これはネットにつないでいない。先の事件じけんで消されたことは、間違まちがいない」

 チホの疑問ぎもんに答えるギョウタ。

 ケンジがディスプレイをのぞむ。

「逆に、何か増えているものは?」

「ウィルスか? いや、チェックはあとでいい。分かりやすい物があったぞ」

 最小限さいしょうげん機能きのうしかそなわっていない、簡素かんそ文書ぶんしょファイルが開かれる。ぬしがディスプレイから顔を離した。

 のぞき込む四人。

一週間後いっしゅうかんご。午前10時。ムサシノタワー頂上ちょうじょう

 書かれていることを読み上げた、アマミズ。

「ついに、大々的に何かをおこなうようですね」

「もし、今日中に、ここの事件じけん解決かいけつできなかったら、どうする気だったんだ」

 長身の男性と小柄こがらな女性が、顔を見合みあわせた。

日付ひづけ時間じかん場所ばしょのどれもがフェイクかもしれない。目的不明もくてきふめい連中れんちゅうだ」

「うん。早めに何かが起こるかもしれないから、対策たいさく必要ひつようだね」

 あまりまとまっていない髪の男性と、きれいにまとまった髪の女性がげた。

「たいして役に立てないが、応援おうえんしてる」

「任せろ。ギョウタ」

「もうすこし、場所と相手を選んだ言葉遣ことばづかいを、ですね」

「お前は、ずーっと同じ調子ちょうしだろ。疲れないのか? 別の口調くちょうを聞かせろ」

価値観かちかんけがよくない、と言っていたのは、誰でしたかねえ」

 ウタコとトネヒサのやり取りに、周りの空気が和らいだ。

事務所じむしょでゆっくりやろう。リーダー」

「そうだよ。家族の邪魔じゃましちゃ、悪いよ」

 振り返らずに部屋を出るケンジ。チホが追いかけていく。

「トネヒサでいいです。敬称けいしょうもいりません」

「とねひささん、って言いにくいからな」

 トネヒサとウタコも部屋を出ていった。

 上着から、手書きのメモを取り出すギョウタ。クラッカーの情報じょうほうが書いてある。すこし悲しそうな顔で、再びしまった。

 玄関げんかん。家族が客人きゃくじんを見送る。

「またねー」

「いつでも、いらしてください」

けろよ。お前ら」

 三人に手を振って、四人が西からの光を浴びる。光のほうへ進んでいった。ときおり笑い声をあげながら。


 関塚探偵事務所せきづかたんていじむしょ。一階北側の部屋。

 大きな窓があるのは東。まだ、外は暗くない。自宅じたくへ戻る子供の声が聞こえてきた。

 天井てんじょうの照明がてらす室内。

 北の席で語る、めずらしく真面目まじめな顔の男性。金属製の机と同じようなするどさを見せる。

「クラッキングに対して、ハッキングでやぶっても、らえることは困難こんなんです」

『クラッキングで、逃走とうそうされる可能性かのうせいが高いね』

 南西の机のうえに鎮座ちんざするぬいぐるみが、補足ほそくした。かわいらしい声。

 五つの席に着く、四人。と、白いリスのようなもの。

「クラッカーだって人間だから、説得せっとくすれば分かってもらえるかも」

「いや。無理むりでしょ」

 北東の女性の言葉は、向かいの小柄こがらな女性に否定ひていされた。せつなそうな顔で、となりに助けを求める。

「クラッキングはぼくがやる。サポートをお願い」

 男性は真剣しんけんな顔。普段着のうえから、こげ茶色のスーツの上着を着ている。ふざけた姿だというのに、冗談じょうだんを言っている様子ようすはない。

 となりのケンジから視線しせんを外したチホが、向かいのウタコを見た。ななめ右手のトネヒサに向かう。

「アマミズの本来ほんらい設計図せっけいずって、どうなっているんですか?」

 グレーのスーツ姿の男性は、驚いたような表情を見せた。それを見逃さない、藍色あいいろのスーツのウタコ。左を見ながら話しかける。

「メダルと同じような、すごい力、あるんじゃないのか?」

じつは、メダルを使用しようしている時に、世界の外らしき場所への通信つうしん感知かんちしたことがあります」

「アマミズの機能きのうは、クリエイターの端末たんまつ?」

 ケンジの言葉で、全員の視線しせんが注がれる。机のうえの白いものへと。

『アマミズは、アマミズだよ』

「これではなく、別の場所で、です。おそらく、ほかのメダルを持っている誰か」

干渉かんしょうされるってこと? そんな機能きのうは、いらないな」

 アマミズをながめるウタコ。表情をゆるめた。それを横から見つめるトネヒサ。普段ふだんどおりの表情に戻る。

「クラッキング同士がぶつかれば、クリエイターに察知さっちされる可能性かのうせいは高くなります。そこで」

偽装ぎそう気付きづかれないように、やれ」

 小柄こがらな女性が、即座そくざ反応はんのうした。

「そのとおりです。バグあつかいされ、消滅しょうめつさせられては、意味がありません」

「強い相手で練習れんしゅうする必要ひつようがあるから、頼むよ」

 ケンジが立ち上がり、トネヒサの席へと近づいてく。チホのうしろを通り過ぎた。

「わたし、先に帰ります」

 立ち上がり、お辞儀じぎする女性。荷物を手に南を向いた。口は、横に強くむすばれている。

 クリーム色のスーツが遠ざかるのを尻目しりめに、三人が練習を始めた。


 シイナギ病院びょういんへいに囲まれた白い建物。花壇かだんに赤い花が咲いている。

 呼吸の音すら聞こえなかった四階に、革靴かわぐつの足音が響く。病室びょうしつの前で静かになる。とびらが開いた。

「お見舞みまいにきたよ」

 チホの笑顔はぎこちない。部屋は、やわらかな色の内装ないそう。壁には手すりがついている。

 閉められるとびら。部屋の外には、管理責任者かんりせきにんしゃと書かれている。

「一人なんて。別の用事がある、と言っているようなものじゃないか」

 やれやれ、といったポーズを取る、ベッドの上にいる少女。病院支給びょういんしきゅうのパジャマ姿。かけ布団ぶとんたたまれている。腰から頭にかけてななめに持ち上がり、座っている状態じょうたいに近い。

「クラッキングを教えてください」

「どういう返事をするか、分かっていない、とは言わせないよ」

 頭を下げるチホに、エミカは冷たい眼差まなざしを送る。声のトーンがすこし下がった。

 ベッドの横に立つ女性は、ひるまない。

一週間後いっしゅうかんご。午前10時。ムサシノタワー頂上ちょうじょう

「予告か。まさかとは思うけど、信じてないよね?」

「はい。だから、すぐに来ました」

 部屋は静かさに包まれた。女性が口を開く。

「このままだと、足手まといになっちゃう」

 真剣しんけん眼差まなざしを向けられた少女が、目をらす。

「ずいぶんと、頑張がんばっているらしいじゃないか。まだ、足りないのかい?」

「お願いします。エミカさん」

 チホが再び頭を下げた。目を細めた少女が、表情をゆるめる。

「普段どおり話すなら、考えなくもないよ」

「うん。ありがとう。エミカ。ほかには何をすればいい?」

 明るい声を出した女性に対し、答えない少女。左腕を持ち上げた。右腕を動かして、そでにうまく手が入れられない。

「メダルをにぎらせてくれるかな?」

「うん」

 優しい顔で、左手に緑のメダルをにぎらせるチホ。

「アウト・オブ・オーダー」

 少女が宣言せんげん。左腕に装置そうちが現れた。データの流れを見て、変更へんこうすることが可能かのうになる。

 難病なんびょうわずらっているエミカ。小さな右手は、メダルをにぎれないほど悪化していた。ただし、限定的げんていてき条件下じょうけんか。服に隠していなければ、そのかぎりではない。

 右手をにぎるチホ。力が共有きょうゆうされた。特訓とっくんが始まる。


 歩道を歩く、女性と男性。

 右からの夕日に照らされ、かげが長くびる。喧騒けんそうはない。人影ひとかげもまばらな、まちの中心部から離れた場所。

「わざわざ、日付ひづけ時刻じこくを教えて、優しすぎじゃない?」

場所ばしょも、だろ。しかも猶予ゆうよがある。まあ、きっちり準備した相手を叩きのめす、ってことだ」

 たくましい胸筋きょうきんのまえで、両手を合わせるカズヤ。服は茶系の上着に黒いパンツ。

 しなやかな体つきのモモエ。豊かな胸を隠すキャミソールドレスの上に、シースルーの上着をまとっている。

「こっちはこっちで、準備しましょうよ」

「オレは、もう準備できてるぜ。リーダーたちは、どうかな?」

 レンガのへいにそって、二人は進む。クリーム色が右手に続いている。広い空間の先に見えるのは、黒っぽい建物。

 西をむき、門の前で立ち止まる。鉄格子てつごうしのようなとびらが開いた。入ると、すぐにとびらが閉じられる。緑であふれる庭に興味きょうみがない様子の二人。大きな建物の前まで来た。

 横幅が広い、洋風二階建て。壁は、黒に近い色のレンガ。対照的たいしょうてきに窓は白い。屋根は黒色。くすんでいて年季ねんきを感じさせる。

 木のドアが開く。

「すこし遅れていますよ」

 姿を現すまえに、冷たい事実が述べられた。家から出たスーツの女性は、ヘアバンドをしていて、ショートヘア。

「そんな言いかたしないでよ。シオミさん。お見舞おみまいにきてくれたんだから」

 つづいて現れた少年が、やさしく微笑んだ。左腕を三角巾さんかくきんで固定している。黒いシャツにグレーのパンツ姿。

 レイトに向かって、モモエが手を振った。すぐに笑顔が返される。

「ありがとう。おねえさん」

 豊満ほうまんな体つきの女性は、すこし困ったような顔をした。おだやかに笑う。

 宇津木邸うつぎていのドアが閉められた。

 建物内は、不気味ぶきみなほど静まり返っている。靴をぬいだ四人。少年を先頭にして、木がめられた廊下ろうかを進む。

 広い部屋に着いた。カズヤとモモエが、無言むごんでソファに腰をかける。窓のカーテンは閉まっていて薄暗うすぐらい。

 壁のスイッチを押したレイトにより、天井てんじょうの照明がともされた。装飾的そうしょくてき照明器具しょうめいきぐは光を放ちつづける。装飾そうしょくがほどこされた室内が、はっきり見えるようになる。

 シオミが、レイトの左腕から三角巾さんかくきんを外した。悲しそうな表情で見つめる。何かを言おうとして、何も言わなかった。

「動かさないと、余計よけいに動かなくなっていくからね」

努力どりょくおこたらない姿勢しせいは、正しいよ』

 少年のような声が言った。かげから現れるムゲン。黒いリスのような見た目。空中を歩いて、テーブルに座った。実体じったい影響えいきょうしないホログラムのなせるわざ

 苦痛くつうに顔をゆがませながら、レイトが左腕を動かす。


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