第7話 目に映るのは情報

 事件現場じけんげんばは、貨客船かきゃくせんの内部。

 航海速力こうかいそくりょく、16ノット。旅客定員りょきゃくてんいん、60名。

 隣町への入港予定時刻にゅうこうよていじこくは、午前9時58分。

「あまり時間がないので、到着前とうちゃくまえ解決かいけつしましょう」

 トネヒサに焦りの色はない。

意図的いとてき資料しりょうを少なくしているな。ハチジョウ丸。全長、68メートル」

「どこに書いてあるの?」

 ケンジの読み上げたデータを、チホは持っていない。

「調べれば分かることを、なぜ隠すのか」

「その代わり、クラッキングのデータは詳細しょうさいなので、大目おおめに見ましょう」

 PCのディスプレイには、複数ふくすうの画像が表示ひょうじされている。人々の肩にのる、見覚えのあるもの。アマミズに似た灰色のぬいぐるみ。

 おそるおそるれた船員せんいんの姿。実体のある存在だということが、動画ファイルから分かる。

「あんまり、大変そうに見えないね」

『いまは、無害むがいだね』

 チホに反応したアマミズ。南西の机の上で、意見をのべた。

「ウタコさんなら、役に立たないと言うでしょうね。では、二人に任せます」

 政府せいふからの正式な依頼いらい監視かんしカメラのハッキング許可きょかは出ている。とはいえ、船のすべてを見る規模きぼのカメラは設置せっちされていない。

 船に乗っているのは、58名。

「わたしは、まだ自信がない、です」

 上目遣うわめづかいでトネヒサに告げた女性。隣の席の男性に、メダルを差し出す。柔らかな手がふれ合った。

 左手が動く。青いデータフローメダルを握るケンジ。

「急ぐかどうかは、アマミズもどきのデータを見てからにしよう」

『アウト・オブ・オーダー』

 左腕に現れた装置そうちに、すぐさまメダルをはめ込む。

『エクセキューションカード、構築こうちく

 ケンジが、空中にプログラムを組み上げる。カード化した。右手でつかんで、装置そうちに入れる。

実行じっこう

 拡張現実かくちょうげんじつ認識範囲にんしきはんいが広がる。トネヒサとチホにも、データの流れが感じ取れるようになった。ウタコの作ったカードと同じ効果。いまは。

表示切ひょうじきえ」

 絵のかれた紙が垂直に立った。裏側にデータの羅列られつが表示されている。ペラペラの情報がひたすらならぶ、味気ない景色けしき

「体が動かなくなっちゃったよ。どうしよう。ケンジ」

「見た目を変えただけだから、手はあるし動くよ。ウィンドウを出してみて」

 チホが描かれた紙のまわりで、ウィンドウが次々と現れては消えた。顔の部分が笑顔にかわる。

 トネヒサを示す紙は、背が高い。微笑した顔が描いてある。

「高さの情報じょうほう重視じゅうしした表示ひょうじですね。今回の事件じけん相性あいしょうがいい」

「まず、船の情報じょうほうを見よう。東を向いて」

 ウィンドウを開き、操作そうさするケンジ。東にならぶ紙が、細くなっていく。はみ出していたデータは裏側に吸い込まれ、厚みがなくなった。

 見かけ上、東側が何もない空間になる。いや、遠くに何かが見える。

「船? でも、よく見えないね」

邪魔じゃまなデータを排除はいじょすることで、目標もくひょうに集中することができる」

 ウィンドウの操作そうさにより、船が拡大かくだいされていく。

「どうやら、58名で間違いないようですね」

 船員と乗客の絵がある。動いていて、顔の前に丸い風船ふうせんの絵がついている。灰色。

「アマミズじゃなくて、風船ふうせんになってるけど、いいの?」

『アマミズは、アマミズだよ』

 紙に書かれたリスのようなものがしゃべった。かわいらしい声。

表示ひょうじプログラムを書いたのが今じゃないから、あれは機能きのうそくした表示ひょうじ

「つまり、人工知能じんこうちのうすらない。風船ふうせんと変わらないということですね」

「だといいけど。一応警戒いちおうけいかいして、一つ消してみる」

 ウィンドウの情報じょうほうが変わっていく。ケンジが操作そうさしているのだが、この表示方法ひょうじほうほうでは指がうごく様子を見ることができない。

 真ん中で止まっている船員の顔から、風船ふうせんが消えた。笑顔の描かれた顔が現れた。

「やった。これで、すぐ解決かいけつだよね」

「いえ。問題もんだいはこれからですよ」

「どういうことですか?」

 チホの疑問ぎもんに、トネヒサは答えようとしない。代わりにケンジが口を開く。

「動いているものをリアルタイムで書き換えるのは、リスクが高い」

「さっき消したのは?」

航路こうろと速度の情報じょうほうは船にある。一つは消しておかないと、次の手が打てない」

「もっとも動きが少ない物を狙うことは、クラッカーも承知しょうちのはず。そこで」

わな警戒けいかいした、ってわけですね?」

 嬉しそうなチホの声。

「まずは、手分けして風船ふうせんのプログラムを調べましょう。どれかにわながあるかもしれません」

「はい」

「この表示ひょうじ操作方法そうさほうほうを教えるよ。あと、風船ふうせんのデータを共有きょうゆうしよう」

 風船ふうせんの絵がひっくり返されて、裏側のプログラムが調べられていく。地道じみちな作業がつづき、すべての調査ちょうさが終わった。

「わたしが調べたものは、普通ふつうでした」

「同じく。まあ、持っているデータは、全員同じですけどね」

ねんのため全部調べてみたけど、仕掛しかけけはないみたいだ。これから消す」

 ウィンドウを開くケンジ。船の手前に、船より一回り大きな板が現れた。半透明はんとうめい

「ちょっと。ぶつかっちゃうよ?」

「いえ。あれは……説明せつめいを任せます。ケンジさん」

「あれは、風船ふうせん削除さくじょプログラム。直接狙えないなら、わなを張ればいい」

「通る場所が決まってるから、向こうから来てくれる、ってことね」

 チホの明るい声。

「そういうこと。ほかの船とすれ違う可能性を考慮こうりょして、範囲は大きめにしてある」

 話しているあいだにも、船は進んでいく。半透明はんとうめいいたを通り抜けた。

「やった。消えてるよね?」

風船ふうせんは、消えたよ』

 アマミズの絵には表情がない。

「ウタコさんなら、もう少し可愛かわいいてくれるかもしれませんね」

「ちょっと、時間かかっちゃったな。わたし」

「PCの処理能力しょりのうりょくを借りられれば、もうすこし早くできるかも」

 表示ひょうじが切り換えられる。三次元のホログラム状に表示された、三人が現れた。アマミズや周りの景色けしきとともに。

 東の隣町。

 船着き場を見下ろす、建物の上。潮の香りがかすかに漂う。

 コンクリート製の屋上から、ハチジョウ丸の様子が確認かくにんできる。次々と乗客が降りてきた。肩には何ものっていない。

簡単かんたん解決かいけつしたわね」

 色っぽい服を着た、長い髪の女性が息をはいた。

 渡理わたりモモエはつまらなそうにしている。

「こうでないと、面白くないってもんだぜ。だろ? ムゲン」

 たくましい体つきの男性が、笑い声をもらす。茶系の上着に黒いパンツ姿。短髪。

 獅倉ししくらカズヤは楽しんでいる。

 物陰ものかげから、黒いぬいぐるみが出てきた。空中を歩くように移動して、しっぽが長い。

『この程度ていどでは、評価ひょうかあたいしないよ』

 少年のような声がひびいた。


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