第10話 悪を切りさく光の申し子

 ニコヤマ遊園地ゆうえんち

 観覧車かんらんしゃがおもな乗り物という、あまり大きくない遊園地ゆうえんち。ケンジの住まいからは北西。町の外れに位置していて、緑がゆたか。

 コンクリートで固められている敷地内しきちないより、外の森のほうが自然豊しぜんゆたかなのは言うまでもない。春のめぐみを受け取ったスズメが、木の実をついばんでいた。

 平日なので、家族連れよりはカップルのほうが多い。噴水ふんすいの近くに樹々きぎが植えられて、いこいの場としての役割やくわりをはたす。

 とはいえ、人はあまり多くない。若い男女が長椅子に座っている。昼はまだ先。

 メガネをかけている男性は、落ち着かない様子。

「しまったな」

「どうしたの? 乗り物酔い?」

 ケンジを心配するチホ。男性は女性に顔を近づけて、小声で話す。

「PCがないとは思わなかった。ひまをつぶす手段がない」

「乗り物は?」

「ひとつ15分かかるとしても、2時間しかもたない」

 苦虫にがむしつぶしたような顔を見て、女性が笑い出した。

「座ってるだけでも、怪しまれないよ」

「なるほど。観覧車かんらんしゃに乗って、状況じょうきょう確認かくにんしよう」

 言いおわる前に歩き出す。ならばず、すぐに乗ることができる状態。二人は、情報端末じょうほうたんまつで料金を支払った。

 係員かかりいん愛想あいそうがない。せかされるように箱へと押しやられる。扉が閉まり、ケンジとチホは隣に座った。風景ふうけいを気にしていない男性が、情報端末じょうほうたんまつの画面をのぞき込む。

「データの乱れがあるのは、ここ。ヒーローショーの会場かいじょう舞台ぶたいの上」

「何か起きると思う?」

「やるなら無差別むさべつかな。向こうもこっちと同じように、相手を特定とくていできていないはず」

 あわてた女性が、男性にる。

「そんな。どうやって防ぐの?」

「防がない。限度げんどを超えた破壊はかいは、巻き戻しで修正しゅうせいされるはず。引き起こした本人は消滅しょうめつ

 客観的きゃっかんてき合理的こうりてき判断はんだん。現実はリブートを繰り返している。

 観察かんさつしているときは粒子りゅうし、していないときは波のように振る舞う光子。ネットワーク上で波のように現象げんしょうを広め、接続せつぞくポイントがオーバーロード。リブートした時点で粒子りゅうしのように再起動さいきどう

「なら、何も起きない?」

 質問しつもんに答えないケンジ。窓の外を指差した。南のはるか遠くに、電波塔でんぱとうが確認できる。600メートル以上の高さにより、遠方からでも存在感そんざいかんをはなつ。

「高い建物にさえぎられて電波でんぱが届かないから、さらに高い場所から送信する。滑稽こっけいだよね」

「高いハッキング能力のうりょくを見せるために、強い相手を探してる」

「かもしれないし、別の理由かもしれない」

 ケンジが、悲しい表情で外を見つめる。観覧車かんらんしゃは一番高いところを通り過ぎた。金属製の箱がきしむ。

「人の気持ちなんて、分からないよ」

 南東からの光が差す。メガネに反射して、レンズの向こうを隠した。何も言わずにケンジを見つめるチホ。

 観覧車かんらんしゃの入り口が開いて、二人がりた。

「行ってみよう。ケンジ」

「え? どういうこと?」

 ワンピースの女性が、男性の手を引いて進む。格子柄こうしがらのシャツの男性のほうが、すこしだけ背が低い。さらに、体つきは貧相ひんそうあらがうすべはなかった。

 すりばちじょうになっているヒーローショーの会場。入り口には、ヒーローのえがかれた看板がかかげられている。コンクリート製の広場に合成樹脂ごうせいじゅしの椅子がずらりとならび、人はまばら。

「お客さん、少ないね」

「ここで何か起こしても、意味がうすいと思うんだよな」

 隣に座る二人。ヒーローショー開始時刻かいしじこくになっても、ヒーローが現れない。低い位置にあるカラフルな建物に動きがあった。すこし高く作られた舞台ぶたいに、着ぐるみの怪人かいじんが現れた。

『どこだ! アクセス! われはここにいるぞ!』

 加工された声がひびく。客の反応はんのう上々じょうじょう

 体に力を入れて見守るチホ。ケンジがあくびをしたとき、怪人が手から光るたま発射はっしゃした。ゆっくりと飛んでいき、客席に命中。大げさに光った。

「すごいよ。本物みたい」

「みたいじゃない。えーっと。ここではまずい。トイレ」

 客の数がすくないのが幸いした。たま空席くうせきに当たっている。われさきにと逃げ出す者もいないので、事故じこもない。

「ヒーローは何をしているの?」

 艶めかしい体つきの女性が言った。長い髪。

「アクセス! 助けてー!」

 子供が叫んだ。家族連れがいる。ケンジはのんびりとその場を離れていく。チホが追いかける。ぶつぶつとつぶやく男性。

「おかしい。これは、まるで……」

「どうしよう」

 二人はトイレに入らない。ヒーローショーの裏手の、時計塔へ向かう。建物のかげひそめた。男性がメガネを外し、ケースにしまう。

「ハッキングの痕跡こんせきを残さないようにして、身元みもとかくす」

 胸のポケットから、青いデータフローメダルを取り出すケンジ。

 左手でメダルをにぎる。

 アウト・オブ・オーダーが左腕に現れた。現実へのハッキングにより、データの流れが鮮明せんめいになる。

 握っていたメダルを右手で持つ。左腕の装置そうちにはめ込んだ。

「まずは、ヒーローショーのデータを取って、細工さいくする」

 空中で構築こうちくされていく、エクセキューションカード。

「ソフトウェアテストせずに使うと、バグがあるかもって、縫野ぬいのさんが」

 心配するチホに、ケンジはそっけなく返す。

「時間がないから仕方ない」

 装置そうちにエクセキューションカードが挿入そうにゅうされた。アウト・オブ・オーダー実行じっこうにより、拡張現実かくちょうげんじつ姿すがたあらわす。

「アクセス!」

 おどろいた声を出すチホ。

 ケンジが、ヒーローの姿に変わった。看板にえがかれている、着ぐるみの姿へと。


『どうした! おくしたか! アクセス!』

 メタリックな橙色の怪人かいじん。名は、リード。執拗しつようにアクセスをつけ狙う。

 身長195センチメートル。体重90キログラム。パンチ力、1トン。キック力、2トン。

 ジャンプ力、13メートル(ひとび)。走力、4秒(100メートル)。悪の力を身にまとっている。

 建物内にいる、ヒーローショーのスタッフは眠らされている。このままでは、舞台上ぶたいじょうやつ破壊はかいを許してしまう。

 いまこそ、ヒーローの出番でばんである。

台本だいほんと違うし、どう見ても拡張現実かくちょうげんじつだ。正体しょうたいあばいて、メダルを回収かいしゅうする』

 メタリックな青緑色のヒーロー。アクセスの口から、加工かこうされた音声が流れた。舞台ぶたいより高い、真裏にある時計塔のかげで、リードの声を聞いている。

駄目だめだよ」

『何? まさか――』

「子供の夢を壊さないように、ヒーローとして解決かいけつして!」

 着ぐるみヒーローを見上げるチホ。真剣しんけんな表情。

 本物そっくりのホログラムとして現れたアクセス。身長は、190センチメートル。中の人は女性よりも背が低い。厚底あつぞこの靴は不使用ふしよう。身長差を逆転ぎゃくてんさせた方法は、ハッキング。

 いや。空中に足場を形成けいせいして歩いている。れられる拡張現実かくちょうげんじつ。クラッキングだということを、ケンジは伝えていない。

『分かった。やってみる』

「違うでしょ?」

『夢を壊す悪は、このおれ成敗せいばいする!』

 けるアクセス。すり鉢状ばちじょうの広場、その最深部さいしんぶへと。カラフルな建物に入り、寝ているスタッフの横を過ぎて、いったん止まる。客席から見て、左側。

『そこまでだ! リード!』

 ヒーローショーの舞台ぶたいに現れた。客席の最前列さいぜんれつからは、すこし見上げる格好かっこうになる。

「アクセス! かいじん、やっつけて」

『おう。任せろ! 少年!』

『待ちくたびれたぞ。お前の正義せいぎを、見せてみろ』

 ちかくの席に座る子供に向けて、リードが左手をかまえた。手がゆっくりと光っていく。力をめている演出えんしゅつ台本だいほんどおりである。

外道げどうが! 正義せいぎおれだ。かかってこい!』

 アクセスの言葉に反応して、左手を動かすリード。狙いを変える。

 データの流れが変わった。ものすごい早さでプログラムが組まれていくことが、メダルを持つ者には分かる。衝撃しょうげきを与えるだけの、殺傷能力さっしょうのうりょくがない派手はでな光のたま

 解析かいせきし、危険きけんがないことを判断はんだんしたケンジ。台本だいほんどおり右腕に受ける。光がはじけ、体がよろけた。

「アクセス! がんばれー!」

「しっかりして!」

 客席で見守るチホが心配していた。眉を八の字に下げ、気持ちを高揚こうようさせている。柔らかなほおが色づく。

『子供ごときのために、攻撃こうげきを受ける? それが、正義せいぎだと?』

『夢を壊す悪は許さない! おれの心が、正義せいぎだ!』

 右手をかまえるアクセス。手が光を放つ。

 相手の使用した拡張現実かくちょうげんじつと、ほぼ同じプログラムが組まれた。れることのできるたま。これもまた、クラッキング。

『このわざは! 貴様きさま!』

 胴体にたまを受けたリード。光をまき散らし、よろける。やはり台本だいほんどおりである。

『いくぞ! ダブルチャージ!』

 説明しよう。両腕にエネルギーを集中させたアクセスは、武器ぶきとして使うことができるのだ。光るけんによって繰り出されるわざは、悪の存在そんざいを許さない。

われ存在そんざいが、お前の絶望ぜつぼうとなる!』

 アクセスと似たかまえをするリード。ヒーローと怪人かいじんが、同じような光るけんを手にした。

 どちらも、相手を気絶きぜつさせるほどの強い衝撃しょうげきがあるプログラム。敵意てきい宿やどした拡張現実かくちょうげんじつ。ここだけが、台本だいほんとは違う。

 両手をにぎって、全身ぜんしんに力を入れたチホが応援おうえんしていた。時計塔がひびき、屋根のハトが一斉いっせいに飛び立つ。

『トリプルアクセス!』

『トリプルリード!』

 激突げきとつする両者りょうしゃ。右手の光るけんが、うなりを上げる。あえてすきを作ったヒーロー。

 左腕に防御ぼうぎょプログラムを生成したケンジが、けんを受けた。閃光せんこう。ヒーローが、すぐさま反撃はんげきする。光るけん軌跡きせきえがいた。怪人かいじんめがけて横薙よこなぎに。

 突然とつぜん、リードの姿が消えた。空を切ったけん。光がゆっくりと弱まって消える。

がしたか。しかし、夢は守られた!』

「アクセス。ありがとう」

 台本だいほんどおりの台詞せりふに対し、客席きゃくせきの子供から声援せいえんがあびせられる。拍手はくしゅをする大人の姿もある。ヒーローショーに平和がおとずれた。

 データの乱れはなくなっていた。痕跡こんせきも消されている。さらに、怪人かいじんの逃げた道は暗号化あんごうかされていた。舞台ぶたいの下のログが消されていき、追跡ついせきできない。

 決めポーズを取るアクセス。舞台袖ぶたいそでに移動。椅子で寝ているスタッフたちを起こした。自分のデータの痕跡こんせきを消しながら、そのままの姿でトイレにむかう。

 メダルを胸のポケットにしまった、貧相ひんそうな見た目の男性。女性と合流して噴水ふんすいへと歩く。ならんで長椅子に座った。

 左脚のポケットから情報端末じょうほうたんまつを取り出して、検索けんさくを開始。

「この遊園地ゆうえんち専用せんようキャラクターじゃなかったのか」

「よかった。無事で。でも、どうやって消えたのかな?」

「バックドア。あらかじめ通路を作っておいて、かくしていた。消える細工さいくがしてあった」

 画面を見る表情はくらい。眉間に力が入った。

 詳しい情報じょうほうっているページ。長々と文章ぶんしょうがつづく。ヒーローも怪人かいじんも同じ存在そんざいから力を得た、と書いてある。


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