第17話 誰にでもできる簡単な依頼

 学校。教室。

 モノクロームの景色けしき

 学校での事件じけんが、過去かこ記憶きおく関連付かんれんづけられ、姿をあらわす。まされる思い出。

 白と灰色と黒の世界に、制服姿のチホがいる。

 差し出す手に、メダルがある。白、あるいは灰色。

「お礼? なんだったかな」

 データフローメダルではない。なんの効果こうかもない物。制服姿の手が受け取った。

 夢だと気付きづいたケンジは、考えていた。

 景色けしきゆがんだ。真っ白になる。服が現在の物へと変わった。

 ちかくに現れた人影ひとかげ。左腕に三角巾さんかくきんをつけた少年。すこし悲しそうなレイトの姿。

「最近、会ってない気がするな。気になってるのかな」

 微笑むレイト。その姿が消える。

 空中に、黒いぬいぐるみが現れた。続いて、たくましい体つきの青年が姿を見せる。見覚えのある顔。

「お前は!」

「カズヤ」

 名前を告げられて、意識いしきがはっきりしていることを感じたケンジ。

「これは、夢のハッキングか」

「どうした。セキュリティはこんなものか。オレの勝ちだ」

 二人と一つのホログラムしかない世界。楽しそうな顔のカズヤに、真剣しんけんな顔が向けられる。

「それでいい。満足まんぞくだろ? 目的はぼくなんだから」

 笑うカズヤが、ケンジから目をらす。

「違うよなあ? ムゲン」

『いちいち答える必要があるかな。そんな愚問ぐもんに』

 少年のような声を出した、宙に浮く黒いもの。リスに似た姿。

 ケンジがまゆをひそめた。

 カズヤが右手を大きく振り、力強くにぎる。

「オレたちが、現実クラッキングを続けるのは、世界の破壊はかいのためだ」

「違う。どの事件じけんも、解決かいけつしやすいように手を抜いていた」

 境川さかいがわケンジは、本質ほんしつを探ろうとする。

「それが分かるなら、オレと戦う資格しかくがあるってことだぜ」

「戦いだと?」

現場げんばの近くに来ないと、被害ひがい範囲はんいが広がるぞ」

「待っていたってことか? まさか――」

 暗黒あんこくが包み込む。夢が終わった。

 ケンジがます。木製のベッドに置かれたマットの上で、うすい布団ぶとんを押しのけた。ほかに大きい物は、木の机と椅子しかない部屋。

 東側の窓から、カーテンしの光が差し込んでいる。木の床に転がる情報端末じょうほうたんまつには、届いていない。外から小鳥ことりのさえずりが聞こえる。

「カズヤ。ムゲン。知らない名前だ」

 夢の内容をはっきりと思い出せる。パジャマ姿の青年が起き上がった。


 支度したくませたケンジが、玄関げんかんを出る。

「おはよう」

「おはよう」

 微笑むチホに挨拶あいさつされて、ぎこちない笑顔を返した。

 クリーム色の集合住宅の二階。二人が歩き出す。階段を下りるときも、歩道をならんで北へ歩くときも、夢の話をしなかった。やさしく照らす朝日も目に入っていない。

 民家にまぎれて建つ事務所じむしょ到着とうちゃく。ドアが開けられる。木に囲まれた部屋で席に着いてから、ケンジが話し出す。

「夢に、カズヤとムゲンが出てきた」

「誰? 学校の知り合いじゃないよね?」

 チホの大きな目が見つめ続ける。すこし困ったような顔になるケンジ。

「クラッカーと、宙に浮く黒いぬいぐるみ」

「お前! 夢を乗っ取られてるじゃないか!」

 立ち上がるウタコ。トネヒサは椅子に座ったまま。落ち着いている。

映像えいぞう音声おんせい再生さいせいしているだけです。おそらく、みなさんにも出来ます」

要点ようてんだけ言うと、世界の破壊はかいが目的で、現場げんばで戦え」

 買い物のメモを読み上げるように、淡々たんたんと伝えたケンジ。

破壊はかいが目的なら、こっそりやるだろ」

「逃げることは許さない、っていう、おどしかな?」

「考えても仕方ありません。夢にあらわれる方法を教えます」

 トネヒサがくわしい話を始めた。レム睡眠すいみんとノンレム睡眠すいみんが頭の中でぐるぐる回り、ウタコが半目はんめになる。

「寝るかも。寝たら、夢の中で教えてくれ」

 言うとすぐ、金属製の机にした。

 説明が終わる。

 依頼人いらいにんがやってきた。入り口が開けられ、中で話を聞くことに。

 ケンジとチホが、応接室おうせつしつがわりの場所へいく。ドアがないため動作はなめらか。対応して、一緒に外へ出ていく。

 そのあいだに、トネヒサはメダルの力を使用しよう

 とおのいていたウタコの意識いしきが戻る。

「なるほど。情報じょうほう圧縮あっしゅくして伝えるわざのほうは、面倒めんどうだな」

「そういうことです。夢でも時間は経過けいかするので、注意ちゅういしましょう」

 そして、次の依頼人いらいにんがやってきた。

 ダイニングルームに入る探偵二人たんていふたりと、依頼人二人いらいにんふたり

 木のテーブルを囲んで木の椅子が四つある。床は木のフローリングで、壁も木製。柔らかな照明が天井てんじょうからてらす。

「ケンジさんが、お世話せわになっています」

 笑顔で席に着いた少年。左腕を三角巾さんかくきんで固定している。となりに座る女性は、表情を変えない。ショートヘアもらさない。

「レイトがお世話せわになっています」

 となりに口をとがらせた少年が、すぐ正面を向く。ウタコに微笑んだ。

「おねえさんは、優しそうでいいよね。シオミさんなんて、ずっときびしいんだよ」

 目を見開いたツインテールの女性。顔をだらしなくゆがめて、ほおめる。

「優しそうな、お姉さん? レイト。もっと言ってもいいぞ」

丁度ちょうどが悪いですね。ケンジとチホは調査中ちょうさちゅうです」

 トネヒサが告げた。左肩にアマミズがのっている。向かいのシオミに反応はない。レイトは残念そうな顔になった。

「うーん。待ってもいいけど。遊ぶもの、ないぞ」

 ウタコの柔らかい雰囲気ふんいきに、レイトが微笑みで返した。ヘアバンドをつけた女性は、冷たい視線しせんを送っている。

「遊びではありません。依頼いらいです」

「また今度、来ればいいよね。そうそう、上水道じょうすいどう異常いじょう解決かいけつしてよ」

 少年は、たいしたことではない、という様子ようすで言い切った。対照的たいしょうてきに、大げさに手を動かした男性が答える。

管理会社かんりがいしゃ対応たいおうする案件あんけんでは? 一介いっか探偵たんていには、あまります」

「それが、おかしいんだよ。異常いじょうの場所が、どんどん変わるんだ」

 楽しそうに伝えた少年。隣の女性がまゆを動かす。

範囲はんいが広いため、データフローメダルの使用しよう要請ようせいします」

「なるほど。ご存知ぞんじでしたか」

しゃべったな? ケンジ。子供に甘いからな、あいつ」

 納得なっとくした様子ようすの、トネヒサとウタコ。

 座っていても長身を隠しきれない男性が、左手の手袋を外した。胸のポケットに右手を入れる。中の物を取り出し、左手に置いた。

 青いデータフローメダルをにぎる。

『アウト・オブ・オーダー』

 肩の白いものが、かわいらしい声を出した。ウタコはれているので反応はんのうしない。

 トネヒサの左腕に、腕時計よりも大きな装置そうち出現しゅつげん。現実をデータとしてとらえ、書き換えることが可能かのうになった。

「CからGまでの区域くいきだよ」

「確かに広範囲こうはんいだな。エンチャントだ」

「そうですね。まずは、異常いじょう確認かくにんします」

『エクセキューションカード、構築こうちく

 体の前でプログラムを組み上げたトネヒサ。右手で持って、左腕の装置そうちに入れる。

実行じっこう

表示切ひょうじきえ」

『エンチャント・2』

 高さの情報が優先され、紙に絵がいてあるだけの世界。座る四人の表示も変わっている。カードの効果こうかで、力が共有きょうゆうされた。ウタコも見ることができ、データを書き換え可能かのう

「トネヒサ。東だ。私は、西を見る」

「さすが、縫野ぬいのさん。手際てぎわがいいですね」

「なんだ? 急に。外面そとづらだけよくしても、ダメだぞ」

 不要な紙がひっくり返されていく。データを透明化とうめいかして、対象物たいしょうぶつを見やすくしていく二人。レイトの顔が、笑った絵に変わる。

なかがいいんだね。うらやましいなあ」

 隣に座る女性の絵は、真顔まがお

「仕事の邪魔じゃまをしてはいけません。レイト」

「分かってるよ。シオミさん」

 二人の依頼人いらいにんが静かになって、探偵二人たんていふたりさわがしくなる。紙の裏に書かれたプログラムを見ることなく、異常いじょうを発見した。

「水の中に、何かあるぞ」

「移動と停止を繰り返して、負荷ふかをかけているようです」

 水道管すいどうかん断面図だんめんずの絵。中に入っているのは、風船ふうせん。エンチャント二つ目の表示方法ひょうじほうほうは、データを機能きのうける。そのため、本来ほんらいの姿とはことなる場合がある。

 余計よけいなデータをかくすことで、対象物付近たいしょうぶつふきん拡大表示かくだいひょうじ可能かのう

「そっちにもあるのか。同時に消すぞ」

「では、デリートします」

 空中にウィンドウを開いている、ウタコとトネヒサの絵。手が折れ曲がることなく、座ったままの表示で操作されていく。詳細しょうさい描写びょうしゃはぶかれる。

 止まった瞬間しゅんかん風船ふうせんを狙って、速攻そっこう仕掛しかける二人。白い煙幕えんまくが現れた事件じけんのときよりも早く、異質いしつなデータは消された。

負荷ふかのかかったところ、点検てんけんしたほうがよさそうだ」

「ええ。場所を記録しました」

 絵が変わる。笑った顔になった二人。外されるメダル。二次元的にじげんてき表示ひょうじから、元の三次元さんじげん表示ひょうじへと戻った。

解決かいけつですか。あとで、管理会社かんりがいしゃへの報告ほうこくをお願いします」

 隣を見るシオミ。少年は、席を立つ気配けはいがない。

「すごい力なのに、エミカさんとは違って、難病なんびょうになってないんだね」

 微笑むレイト。トネヒサの肩をちらりと見る。すぐ男性の顔に視線しせんを戻した。

「運がいいだけ、じゃないですか?」

悪運あくうんだけは、すごいからな」

 隣を見つめる男女。シオミ以外が笑い声をあげた。

「今度、ぼくの家に来てよ。トネヒサさん。縫野ぬいのさん」

「レイト」

 ショートヘアの女性が、表情をくもらせた。

「そうですね。ぜひ、ケンジさんやチホさんも一緒に」

「大丈夫だ。レイトを取ったりしないぞ。お姉さんは、優しいからな」

 小さなお姉さんに、少年は満面まんめんみを見せた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る