第四章 溶け合うホログラム

第19話 電波塔の頂上を目指して

 クラッカーの予告よこくから、一週間後いっしゅうかんご

 午前9時。まちの南西にそびえる、薄いグレーのムサシノタワー前。

 高さが600メートル以上なため、近すぎると見上げても全体が見えない。敷地内しきちないに4人がならんでいた。それぞれ身長がことなる。

「さあ。行こうか」

 三番目に背の高い青年が、一歩前に出た。運動靴うんどうぐつと茶系のパンツが動く。普段着の上から、こげ茶色のスーツの上着を羽織はおっている。胸のポケットを確かめた。

「うん」

 同意したのは、二番目に背の高い女性。ケンジの右側に寄り添う。クリーム色のスーツ姿。セミロングの髪は、内巻きにまとまっている。風になびいた。

おにるかじゃるか、ですね」

 一番背の高い、グレーのスーツの男性が微笑む。音を鳴らす革靴かわぐつ。左肩に、白いぬいぐるみがのっている。

へびは、低温ていおんに弱いよ』

 リスのようなものがしゃべった。かわいらしい声。AI内蔵ないぞうの、れられないホログラム。

「アマミズは、役に立たない」

 辛辣しんらつな言葉をはいたのは、一番背の低い、藍色あいいろのスーツの女性。右の長身の男性を見上げて、ころげそうになる。

 小走りでツインテールをらし、チホの左にならんだ。するどい目つきを前にむける。

縫野ぬいのさんの言葉をくつがえし、役に立ってくれることを、信じます」

 背の高いトネヒサが、希望的観測きぼうてきかんそくをのべた。髪型は七三分しちさんわけで、すこしくずしている。

 メンテナンス中のため、禁止きんし。と書かれた立て看板を無視むしして、四人はタワーの入り口へと進む。


 その数日前すうじつまえ

禁止きんしにしろ、だと? どれだけの損失そんしつが出るか」

「ですから、メンテナンスの前倒まえだおしで、お願いします」

 スーツ姿の男性が、頭を下げた。三十代。

「うーむ。しかし、なあ」

 六十代の男性は、しぶい顔。スーツの着こなしが年季ねんきを感じさせる。顔にきざまれているシワは、頑固がんこさを誇示こじしていた。

「クラッキングによる被害ひがいが出れば、損害そんがいはかれないものになります!」

 たれ目気味めぎみの目に力が入る。まゆに力を入れたギョウタが、再び頭を下げた。

「まずは、これまでの状況じょうきょう確認かくにんさせてくれ」

「はい。資料しりょうはここにあります。今回の予告よこくは、運がいいですよ」

 会議室かいぎしつで、話は長時間続ちょうじかんつづいた。

 建物から出たギョウタが、情報端末じょうほうたんまつを取り出す。

「なんとかなりそうだ。だが、何が起こるか分からん。心の準備じゅんびをしておけ」

 鉄とコンクリートが主な材料のタワーを見る男性。あみのようにおおっている鋼鉄てっこつ骨組ほねぐみにより、内部をうかがい知ることはできない。空は曇っている。


 一般人いっぱんじんが立ち入れない状態じょうたいの、ムサシノタワー。

 ガラス張りの入り口は閉じている。トネヒサがかべ制御装置せいぎょそうち管理者用かんりしゃようのキーを差し込み、四人は正規せいき手段しゅだんでロビーへと入った。

 観光客かんこうきゃくがいないため、天井てんじょうの照明は最小限さいしょうげんがともるのみ。閉まっている飲食店いんしょくてんをすどおりして、日差しに照らされた右奥へ。飾り気のないグレーの管理用かんりようエリアを進む。逆方向にある、上に向かう6のエレベーターは使わない。

 普通ふつうは、6階でチケットを買わなければ、それより高い場所には行けない。

 ケンジたち4人は、業務用ぎょうむようエレベーターに乗り込んだ。当然とうぜん、ほかに乗る人はいない。外を見るためのガラス張りの窓があることに、誰もふれない。34人が乗り込める巨大なかごのすみで固まっている。

 頂上付近ちょうじょうふきんまで直通。止まるはずのない鉄の箱が、止まった。場所はタワー中部ちゅうぶ展望台てんぼうだい

 片開きのドアが右側から開いていく。

探偵たんていさんたちも、観光かんこうですか?」

「なんだ? まごと出歩くのが、おかしいか?」

 十五歳の少女と、還暦かんれきを過ぎている祖父そふ。ハルナとフウマは、状況じょうきょうが分かっていない様子。乗り込もうとする二人を制止せいしして、ケンジとチホが先にりる。

 ドアを開き続けるようにボタンを押していたウタコが続く。制御盤せいぎょばんからキーを抜いたトネヒサが、最後にエレベーターからりた。ドアが閉まり、状況じょうきょうを説明する。

「メンテナンス中という看板が、あったはずですが」

禁止きんしだよ』

 アマミズの声を、二人は聞くことができない。存在そんざい認識にんしきできる者はかぎられる。世界がデータであると把握はあくし、ハッキング能力のうりょくけていることが条件じょうけん

「看板、見てないです」

「人がいないのは、おかしいと思っていたが」

 立ちならぶ建物が眼下がんかに広がる、展望台てんぼうだい高層こうそうビルディングでさえ小さく見える。街路樹がいろじゅや車はともかく、人は見えない。円柱状えんちゅうじょうの部屋があるのは、地上から300メートル付近ふきんの高さ。

 ほかに人影ひとかげはない。日がふりそそぐ休憩用きゅうけいようの席は、もぬけのから。反対方向にあるカラフルな売店ばいてんも全て閉まっているため、薄暗うすぐらい中でお土産みやげを買うことはできない。

 黒い髪を手ぐしで整えている男性が口を開く。

「下に行けば、立ち入り禁止の看板があるはず。ぼくらは仕事」

「そうです。残念ざんねんだけど、またね」

 ケンジとチホの言葉に、フウマはぎこちない笑みを浮かべる。

「仕方ない。下で、確認かくにんするか」

「行こう。おじいちゃん。みなさん、またね」

 二人がエレベーターに乗って、スイッチを押す。トネヒサがかべ装置そうちにキーを差し込んだ。

 ドアは閉まらなかった。

「おい。これは」

「メンテナンス中ですからね。私がハッキングで動かします」

 ウタコに次の言葉を言わせず、キーを抜いたトネヒサがエレベーターから左へ離れる。ポケットに手を入れた。手袋はしていない。

 左手で、青いデータフローメダルをにぎる。

『アウト・オブ・オーダー』

 アマミズがしゃべった。メダルを使用したとき、自動的じどうてきに話すようにプラグラムが組まれている。

 ちなみに、設定せっていしたのはウタコである。

 トネヒサの左腕に、青みがかった灰色の装置そうちが現れた。メダルにれることで、世界をデータとして認識可能にんしきかのう。アルファベットと数字と記号を、書き換えることができる。

 右手で空中に現れたウィンドウを操作そうさ異常いじょう原因げんいんとなるプログラムを修正しゅうせいした。

「それでは、また会いましょう」

 四人が手を振り、エレベーターのドアが右側から閉まる。ハルナとフウマがりていった。途中で止まる様子はない。

人質ひとじちにするつもりだったのか? えげつないな」

 ウタコは鼻息はないきあらくしていた。

 トネヒサがメダルを右手で持ち、ケンジに差し出す。

「ほかにも、何か仕掛しかけけがあるはずです。全員で協力きょうりょくしましょう」

同意どういするけど、一つ問題もんだいが」

「どうしたの? ケンジ。重要じゅうようなこと?」

 ばつが悪そうな顔を見て、チホは悲しそうな表情になった。おさなさをのこした顔立ちで、薄化粧うすげしょう。すぐに首を横に振り、表情をゆるめる青年。

「全力でクラッキングの相手をすると、エンチャントまで手が回らない」

「そんなことか。手をつなぐぞ」

「アマミズが、ここで役立てばよかったのですが。残念ざんねんです」

残念ざんねんだね』

 見えているアマミズを無視むしして、ケンジがげる。

「二人の手がふさがる。ウィンドウを使わずに、データの偽装ぎそうをしてもらわないと」

 プログラムの中にいる者が、それを認識にんしきすることや書き換えることは、本来起ほんらいおこりえない。製作者せいさくしゃからすれば、不具合ふぐあい痕跡こんせきを残さないように、細工さいくする必要ひつようがある。

 データの偽装ぎそうは、クリエイターに気付きづかれないためには必須ひっす。きわめて重要じゅうようなこと。

 チホの大きな目に力が入る。そのまま微笑んだ。ウタコも笑顔を向ける。

「任せて」

「任せろ」

 視線しせん思考しこうによるデータの変更へんこう専門的せんもんてき技術ぎじゅつようする。そのぶん、利点りてんもある。ウィンドウを指でふれる直感的ちょっかんてき操作そうさより、理論上りろんじょうは早い。

「私は、二人を信じます」

「分かった。任せる」

 トネヒサから、青いメダルを受け取ったケンジ。左手でにぎる。

『アウト・オブ・オーダー』

 アマミズの声とともに、左腕に装置そうちが現れた。ハッキングを補助ほじょする目的の、腕時計よりも大きな装置そうち

 現実へのハッキングにより、データの流れが鮮明せんめいになる。

 メダルを持ち替えて、腕の装置そうちに入れた。肌への接触せっしょくと同じ役割やくわり

 ケンジが右手をのばす。チホが温かい手でにぎった。さらに右にウタコ、最後にトネヒサが手をつなぐ。

『エクセキューションカード、構築こうちく

 体の前でプログラムが組まれた。カードが完成する。ちゅうに浮いて、ひとりでに装置そうち挿入そうにゅうされた。視線しせん思考しこうによるデータ操作そうさだ。

実行じっこう

 アウト・オブ・オーダー実行じっこうにより、さらなる拡張現実かくちょうげんじつが姿をあらわす。

「空を飛んで、かべに穴を開ける」

「わたし、上を見る」

「全力だな、確かに。私は、横のデータ」

「下は任せてください。万が一、見落みおとしがあった場合は、処理しょりします」

 肩のアマミズは、何も言わなかった。

 三人の言葉を聞いたケンジ。カードによる飛行ひこうプログラムを使う。

 音もなく、ちゅうに浮く四人。

「風で巻き上げられるのかと思ったら、足場あしばか」

 内股うちまたになっていたウタコが、普通ふつう体勢たいせいに戻った。

「体にかかる力を変更する場合は、偽装ぎそうが大変だから。これが手っ取り早い」

 手をつないだ四人は、業務用ぎょうむようエレベーターのドアの前でかび続ける。データの足場あしば半透明はんとうめい

かべって、天井てんじょう?」

「いや。エレベーターに仕掛しかけがあった。なら、通るのは」

 チホの質問に答えたケンジが、かべに穴を開けた。ドアから左へ離れた場所。穴は縦に長い。きれいな長方形ちょうほうけい

「おいおい。普通ふつうにドア、開けろよ」

「このほうが、データの変更へんこうが楽だから。中の空洞くうどうを、上に向かう」

 穴を通り抜ける四人。見た目は空を飛んでいる。最初から存在そんざいしなかったかのように、穴が閉じた。


 エレベーターの昇降路しょうこうろに浮かぶケンジたち。

 ガラス張りの部分が北側なため、明かりがとぼしいシャフト内。中心付近ちゅうしんふきんで、8本のワイヤーロープが上下に長くびる。細い炭素鋼たんそこうがより合わさって直径20ミリメートルになっている様子は見えない。

 しかし、四人はデータとして世界をとらえている。鉄骨構造てっこつこうぞうのガイドレールが四隅よんすみにある様子ようすふくめ、プログラムは手に取るように分かる。問題もんだいない。

わな解除かいじょしながら、上る」

「そうだよね。次に通る人たちが、危ないもんね」

 チホが上を見つめる。わなのデータを、はっきりと認識にんしきしていた。

陰湿いんしつだな。川原かわらで殴り合えばいいだろ」

物騒ぶっそうですね。穏便おんびんに、お願いします」

 ウタコにこたえるトネヒサ。ちゅうに浮く足場の痕跡こんせきを消しつづけていた。

 上を向いてわなを消すケンジ。即座に手助けするチホ。データが跡形あとかたもなく消えていく。処理しょりが終わると、上に移動する。ガラスの向こうで遠ざかる眼下がんかまち。近くが灰色で、離れるほど緑の印象いんしょうが強い。

 わなはエレベーターに障害しょうがいを引き起こす仕掛しかけ。単純たんじゅんなプログラムで、苦戦くせんする様子ようすはない。

「私、やることないぞ」

 順調じゅんちょう対応たいおうするケンジとチホを、ウタコがうらめしそうにながめた。

 ちゅうに浮くための足場を見ながら、トネヒサも続く。

「何も起こらないに、したことはありません」

油断大敵ゆだんたいてきだよ』

 肩でアマミズがしゃべった。

 手をつないで浮かぶ四人は、異質いしつなデータを感知かんちしていろめきつ。

わなは任せた。ぼくが、あれを止める」

「気を抜かないでください」

 上から、衝撃しょうげきを与えるプログラムが飛来ひらいした。鳥のような形をしている。それぞれ速度も移動パターンもことなる、敵意てきいかたまり

「プログラミングにくせがある。カズヤの仕業しわざだ」

 次々とおそかるデータ。同じような鳥をぶつけて、ケンジが相殺そうさいしていく。ワイヤーロープに当たらないように設定せっていされていた。

「すごい。けど、負けていられない!」

 チホのまゆに力が入った。わずかなデータの痕跡こんせきも残さず、処理しょりを続ける。

 次々とぶつかり、消されていく鳥。

 鳥を二人に任せたウタコ。わな解除かいじょとデータの偽装ぎそうを、一人でやっていた。さらに上も見る。

いそがしくなってきたな」

 遠くの鳥の動きをにぶらせて、対処たいしょしやすいように細工さいくしていた。

なまけているようで、心が痛みます」

 足の下から攻撃こうげきはない。トネヒサは、足場の痕跡こんせきを消すだけの簡単かんたん作業中さぎょうちゅう眼下がんかのビルディングの合間を飛ぶ小鳥のデータを見る余裕よゆうすらある。

「お前がいるから、こっちに集中できる。あとで働け」

縫野ぬいのさんは優しいですね。そうさせてもらいます」

 上へ移動を続ける四人。

 設置せっちされているわながなくなった。正確せいかくには、エレベーター用のわなが姿を消した。

 急に、鳥の攻撃こうげきも止んだ。

 ウタコがさけぶ。

「どう考えても、わなだ!」

『トラップに、注意ちゅういだよ』

 上から来たのは、スズメのような小さな鳥。別のデータをつかんでいる。ネズミのような姿。

「動きを止めるのは任せて。ネズミにけよう」

 ケンジが、スズメの動きを封じる。負荷ふかを与え続けていた。データの偽装ぎそうをおこなうウタコ。

 そのあいだに、チホが解析かいせきする。

 遊園地ゆうえんちにあったデータの乱れ。二人で書かれていたプログラム。そのうちの一つと似たくせを、ネズミが持っている。

「別の人が書いたプログラム。これは、モモエ?」

「なるほど。同時にデリートする必要があるようですね」

 足場のデータ偽装ぎそうれたトネヒサが、片手間かたてま解析かいせきした。

「お前は下!」

 ウタコが続ける。

「で、私が偽装ぎそう。二人で消せ」

「動きを止めてから、消す」

「うん。合わせる」

 いったん拘束こうそくかれた。ネズミをつかんだスズメが動き出す。

「いくよ」

 ふたたび動きが止まった。ふたつのデータが同時にちぢむ。はじけて消えた。何の痕跡こんせきもない。

 次の攻撃にそなえる四人。

 何もない。いや、かべのデータが近付ちかづいてくる。

 データの乱れはなく、空洞くうどうの終わりに到達とうたつした。

 横のかべに穴を開けるケンジ。まゆを下げたウタコの顔が、よく見えるようになる。

「また、それか」

「さっき、説明したでしょ?」

 ちゅうに浮く四人が、きれいな長方形ちょうほうけいの穴を通った。ドアの隣から外に出る。久しぶりに思える日の光。南東から降り注いでいる。エレベーターの入り口は、南寄り。

 データが書き換えられ、穴が消えた。うしろには元どおりのかべ

 半透明はんとうめい足場あしばがゆっくり降下こうかし、音もなく消滅しょうめつ。四人が広場ひろばみしめた。

 目の前は、地上から600メートルの高さ。タワー頂上付近ちょうじょうふきんからの景色けしきが広がる。


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