第6話 探偵と政府のつながり

 ケンジの住まいの北。徒歩で移動できる距離きょり

 コンビニエンスストア。割高わりだかながら品揃しなぞろえのいい、簡素かんそな四角い建物。

 天井にならぶ照明は、外へ光を多く出すように配置はいちされている。光度が高い。入り口とおなじくガラス製の大きな窓から、道行く人々へと存在をアピールしている。

 たなには様々さまざまな商品がぎゅうぎゅうに詰まっていて、見る者を圧倒あっとうする。お昼を過ぎているためか、客は数名。カウンターに立つ制服姿の店員はヒマそうだ。

「おや。意外と食べますね」

「すくなすぎだろ。お前。もっと食べろ」

 私服の二人が、昼食を選んでいた。合成樹脂ごうせいじゅし容器ようきに入った料理を手に取る。両手で食糧しょくりょうをかかえているのは、小柄こがらな女性。白いレースつきのシャツに、紺色のフレアスカート。

 たくさん抱えているように見えるのは、比較対象ひかくたいしょうが引き起こす目の錯覚さっかくである。

「美味しい料理が食べられると思ったので。残念ざんねんで食欲がなくなりました」

 サラダと魚の切り身しか持っていないのは、長身の男性。まった体格で、白いシャツにグレーのパンツ。手袋はしていない。左肩にのる白いぬいぐるみは、ハッキング能力の高い者にしか見えない。

事件解決じけんかいけつのお祝いです。って、言うから行ってみたら、なんで私に料理させようとするんだ」

特技欄とくぎらんが、料理ですから。一人よりも二人で食べたほうが美味おいしいでしょう?」

「おい。価値観かちかんを人にけるな。って、ならわなかったのか」

 小柄こがらなウタコは立腹していた。ちなみに、するどい目つきは生まれつきである。

 笑みをやさない、長身のトネヒサ。やや崩した七三分しちさんわけ。

「なるほど。まなぶことは多いですね。話は変わりますが」

「さらりとながすな」

迷子まいごのペットを探すために、ハッキングをおこなうべきかいなか」

『種類によるね』

 肩にのるアマミズがしゃべった。リスのような見た目。AIにより、簡単かんたん返答へんとうができる。

「仕事の話を、いまするな!」

 周りの客が二人を見て、すぐに目をそらした。平穏へいおんが戻る。いや、一人だけ、視線を向けたまま近づいていく男性がいた。

探偵事務所たんていじむしょは、ハッキングなんかやっとるのか」

 眉間以外にもシワの多い、年配ねんぱいの男性。還暦かんれきを過ぎている風貌ふうぼう。和服姿で、ウタコより背が高い。

 関塚せきづかトネヒサは微笑を続ける。

「よく誤解ごかいされますが、ハッキングは技術ぎじゅつで、クラッキングというのが悪意あるものです」

「……」

 かるく頭を下げるウタコ。普段より低い位置で結ばれた髪は、おさげになっていてあまりれない。借りてきたネコのようにおとなしい。

 年配ねんぱいの男性は眉に力を入れたまま。整えられたくせ毛が、それを隠すことはない。

「やろうと思えば、できるということじゃないか。ワシはだまされんぞ」

「いえ。ですから、悪に対抗するためには技術ぎじゅつ必要ひつようになるので。あ。フウマさん」

 八文字はちもんじフウマはハッキングを認めない。

 聞く耳を持たずに店から去っていく、年配ねんぱいの男性。ちぢこまっていたウタコの背筋せすじびた。

もとむ。老人ろうじん誤解ごかい方法ほうほう

複雑ふくざつ問題もんだいは、アマミズには分からないよ』

「おっと。新しいプログラムについての案をひらめきました。買い物を済ませましょう」

「ほかに考えることはないのか。この男は」

 いつもどおりの口調。トゲを隠すという選択肢せんたくしは、えらばない。

 キャッシュレジスターのあるカウンターへと歩みを進める。恰幅かっぷくのいい中年女性ちゅうねんじょせいから昼食を購入こうにゅうした二人。買い物用の青い布袋を持参じさんしていた。

 ガラス製の自動ドアが開いて、店の外へ出る。開閉かいへいを知らすチャイムが鳴った。

 正確せいかくには、二人分のお金を払った一人と、もう一人。コンビニエンスストアの敷地内しきちないで立ち止まった。手に持っているふくろがゆれる。

「おい、お前!」

『アウト・オブ・オーダー』

 男性の肩にのる白いものが、力の使用しようげた。制止せいしする女性。身長差のため、子供がじゃれついているようにしか見えない。男性の左腕に、腕時計よりも大きな装置そうち出現しゅつげんする。

「メモを忘れました。作業さぎょうしながら帰ります」

「歩き拡張現実かくちょうげんじつ危険きけんだぞ。やめろ」

 傍目はためには、っこを要求ようきゅうしているようにうつる。二人のそばを、親子連れが通り過ぎた。

 にぎっていた青いメダルを持ち、装置そうちにはめ込むトネヒサ。微笑みを絶やさない。右手にふくろを持っているので、左手でウタコの右手をにぎる。

「二人なら大丈夫です。信じていますから」

根拠こんきょのない自信じしんもやめろ。止まれ」

 駄々だだをこねる子供のように、半ば引きずられて進むウタコ。駐車場ちゅうしゃじょうから出た。いきあらげている。足を止めることをあきらめた。赤い顔で、歩道をならんで歩いていく。

 左手に布のふくろを持つ女性が落ち着いてから、長身の男性が言う。

「何も起こりませんね」

けてるだろ、私が。そんなに、何かにぶつかる自信があったのか」

「いえ。何かが、ぶつかってくるかと思ったのですが」

「ぶつかる? 攻撃こうげきを受けるつもりだったのか。トネヒサ!」

 反射的はんしゃてきとなりを見るウタコ。そこには、データの流れが表示されている。現実をプログラムとして認識にんしきするための、データフローメダル。使用中しようちゅうのトネヒサと接触せっしょくすることにより、その恩恵おんけいを受けているためだ。

「両手がふさがっていると、対処たいしょが遅れることに気付きづきました。対策たいさく必要ひつようですね」

『エクセキューションカードでの対策たいさく推奨すいしょうするよ』

「いいから、早く事務所じむしょに入るぞ」

 見えるデータに変化はない。街路樹がいろじゅのゆれる葉も、民家の庭のイヌも、やさしく吹き抜ける風も、英数字と記号はプログラムどおり。

 関塚探偵事務所せきづかたんていじむしょ

 薄いグレーの壁で、洋風二階建て。東にある入り口の鍵が、ひとりでに開いた。

 実際じっさいには、電子施錠でんしじょう解除かいじょされたため。さらにいえば、トネヒサのハッキングによるものである。

 中へ入る二人。玄関げんかんで靴をぎ、南側の部屋に向かった。

「クラッカーのしっぽがつかめないからって、おとりにならなくてもいいだろ」

早速さっそく、エクセキューションカードのプログラムを考えます」

 部屋に入るトネヒサ。ダイニングルームのテーブルにふくろを置き、合成樹脂ごうせいじゅし容器ようきに入った食事を取り出した。同じくふくろを置いた女性。目が光る。

「食べながらの作業さぎょうは、消化のさまたげになる。禁止きんし

 トネヒサの左腕にとびついた。装置そうちからメダルを取り出し、胸のポケットにしまう。

 悲しそうな顔の男性。

「……ないですね」

「な? あるだろ」

「ありえないですよ。仕事の邪魔じゃまをするなんて」

「仕事は忘れろ。食べることに集中。異論いろんは認めない!」

 眉を八の字にして、ほおめたウタコ。ふくろから食事を取り出した。トネヒサの顔に笑みが戻る。

「それにしても」

「なんだ?」

「外食を拒否きょひしたことと、ここで食べることは矛盾むじゅんするのでは?」

「恥ずかしいだろ。子供用のメニューを提示ていじされる可能性かのうせいを考えろ」

 二人が椅子へ座る前に、チャイムが鳴った。

 壁の装置そうち、インターカムにうつる映像で、外が確認できる。人影は一つ。スーツ姿の男性。カメラに向かって右手を上げた。

「すぐに開けます。向野むかいのさん」

 装置そうちのスイッチが押され、玄関げんかんの鍵が開いた。

「ギョウタじゃん」

 トネヒサの横で見上げていたウタコ。出迎えに行く気配けはいはない。玄関げんかんへ向かうトネヒサ。合流した二人の話し声が聞こえてくる。部屋にはドアがない。

ひまだから来てみたぞ」

 トネヒサに続いて、ダイニングルームに入るギョウタ。長身の男性よりは、すこし背が低い。やわらかい表情で、たれ目ぎみ。三十代。

「ども」

 ウタコの表情はかたい。

「これから食事か。邪魔じゃましたな。座ってくれ」

 長身の男性が腰をろし、小柄こがらな女性が続いた。

向野むかいのさんも、お座りください」

 立ったままの人物は、眉を下げながら口元を緩める。目や口の周りにはシワ。すこし大きめのスーツを着ていて、体格のよさが分かる。トネヒサの左隣に座った。

「ギョウタでいい。新人しんじんの話を聞こうと思っただけだ。軽く、な」

 向野むかいのギョウタは、政府せいふとの橋渡はしわたやく

 二人は食事に手をつけない。ウタコは無表情むひょうじょう。普段よりも静かな笑みをたたえたトネヒサが、説明を始める。

「ケンジは、高い能力を持っています。基礎きそ習得しゅうとく必要ひつようありません」

「もう一人は?」

「チホは、これからに期待ですね。基礎きそ習得中しゅうとくちゅうです」

「なるほど。それじゃ、頑張れよ」

『がんばる』

 肩にのるアマミズが告げた。立ち上がったギョウタは、玄関げんかんへと向かう。

「出てこなくていい。そっちで操作そうさしてくれ」

 うしろを向くことなく、革靴をく。探偵事務所たんていじむしょをあとにした。

 ダイニングルーム。向かい合う二人。

信頼しんらいされているということですね。では、いただきます」

「どういう考えで、そういう結論けつろんになるんだ。いただきます」

 すこし遅めの昼食が始まった。


 平日。

 クリーム色の建物の二階。ドアが開くと、可愛かわいらしい女性の笑顔。

「一緒に行こう」

 大きな目を細めているチホ。風にられる髪。西側なのでまぶしさはない。クリーム色のスーツが、柔らかい印象を与える。

「寝坊したら困るだろ」

 部屋から出た男性は、無表情むひょうじょうに近い。すぐに歩き始めた。あとを追う女性。男性よりもすこし背が高い。

「通話して起こすから。あ。アドレス教えて」

「え? リスク分散ぶんさんのために、別々のほうがいいと思う」

 髪を整えていないケンジ。部屋着の上にスーツの上着を羽織はおっただけという、だらしない格好。もちろん、運動靴。

 二人は階段を下りて、集合住宅の外へ出た。歩道をならんで歩いていく。

「一人だとメガネをかけるの? 大変じゃない?」

「かけない。知っている道で迷うほど、ひどい近視きんしじゃないよ」

 すぐに職場しょくば到着とうちゃくした。うしろから日光に照らされる。胸のポケットから情報端末じょうほうたんまつを取り出し、操作するケンジ。入り口の鍵が開く。

「便利だね」

「セキュリティがあるといっても、不用心ぶようじんだと思うけど」

 金属製のドアが閉まる。探偵事務所たんていじむしょ玄関げんかんに、革靴と運動靴が置かれた。

 木の床を歩いて、北の仕事部屋しごとべやへ入る二人。

 中心部にある机には、窓からの光が直接あたらない。天井の照明が、やさしい光で照らす。

 五つある席のうち、二つに人の姿がある。

「おはようございます」

「お? おはよう」

 北の席と、北西の席から挨拶あいさつ。ツインテールの女性は小声だった。落ち着かない様子。

『おはよう』

 空席の上に座る、白いぬいぐるみも挨拶あいさつ

「おはようございます」

「おはよう」

 元気な声とやる気のない声が、挨拶を返した。ウタコの向かいにチホが座る。ケンジはチホの隣に。空席の向かいに座る。

後輩こうはい指導しどうはどうする? 縫野ぬいの?」

 体をらして二人を見ていたウタコ。後輩こうはいと目が合う。声をかけられて、勢いよく立ち上がった。背は低い。

「私? 忙しい。二人で、仲良く、やれ」

 ほおめて席に着いた。

 立ち上がった長身の男性が、チホに青いメダルを渡す。両手とも白い手袋をはめたトネヒサ。

「では、優しくお願いします」

 男性に、何かを目で訴える小柄こがらな女性。微笑を返されて、目を大きくする。北の席に着くまで見つめつづけた。手を動かして何かを表現している。

 トネヒサが声を上げて笑って、ウタコが机にした。

『アウト・オブ・オーダー』

 アマミズは、拡張現実使用時かくちょうげんじつしようじの掛け声を欠かさない。

 チホにプログラミングを教えるケンジ。

 時間が過ぎていく。喧騒けんそうはない。ネコの鳴き声一つ聞こえない。

 午前9時。

 小柄こがらな女性が部屋を出ていった。

 トネヒサはディスプレイを見つめている。

 チホは、拡張現実かくちょうげんじつ展開てんかいされたウィンドウを見つめている。

 その手をにぎって、ケンジもウィンドウを見つめている。原則的げんそくてきに、れていなければデータの流れは見えない。

 10分後。

「おや。いつのにか、背の低い人が見当たりませんねえ」

 部屋の入り口付近をながめる、長身の男性。グレーのスーツ姿。語尾ごびを強めた。

「怒られますよ。トネヒサさん」

 小声が発せられた。チホが、のばした人差し指を口元に近づけている。

「すぐに出てこないということは、本当にいないようですね」

 周りを見渡して、トネヒサが断定だんていする。作業さぎょうに戻った。PCのキーボードとマウスを操作して、ディスプレイに記号と数字とアルファベットをならべ続ける。

 ケンジが、そちらをちらりと見る。

「まあ、気にしないでください」

 バイブレーションの音が鳴った。胸のポケットから情報端末じょうほうたんまつを取り出すトネヒサ。

「はい。関塚探偵事務所せきづかたんていじむしょです。事件じけんですか。許可きょかは? はい。任せてください」

直通ちょくつうってことは、クラッカーか」

 手を離して、ケンジが体を動かす。左手が自由になったチホ。腕の装置そうちからメダルを取り出した。

「では、メダルをお返しします」

「持ったままでいいですよ。送られたデータを転送てんそうします」

 すでに送信そうしん完了かんりょうしているデータ。三人が操作そうさして、三つのディスプレイに同じ情報じょうほう表示ひょうじされた。

 作戦会議さくせんかいぎが始まる。


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