第9話 データがもたらす現在

 晴れ渡る青空。すがすがしい空気。

 長身の男性が自宅じたくから出てきて、日差ひざしをあびる。両手に白い手袋。透明とうめい合成繊維ごうせいせんいふくろを片手に、周辺のゴミ拾いを始めた。

 住んでいるのは、探偵事務所たんていじむしょの二階。

 ゴミを発見。トングという金属製の道具でつまんで、ふくろに入れる。カニのはさみのように見える。

 そろそろ、三人の社員がやってくる時間。トネヒサが入り口へと向かう。左肩の白いぬいぐるみは、会話を求められていないのでしゃべらない。

 和服の男性と目が合った。

「おはようございます。何か、お困りですか?」

探偵たんていどもの顔を見ようと思っただけだ。そろそろ時間だろう」

 トネヒサの笑顔に対して、シワだらけのいかつい顔で返す年配ねんぱいの男性。くせ毛がきれいにととのえられている。

 小柄こがらな女性が向かってきた。

「あ。おはようございます」

 いまにも消え入りそうな声で挨拶あいさつしたウタコ。トネヒサのうしろに隠れた。

 貧相ひんそうな男性と、健康的けんこうてきな女性がやってくる。女性が大きいのではない。男性の背がすこしだけ低いのである。

「ん? おはよう」

「おはようございます」

 四人をながめるフウマ。口を真一文字まいちもんじにむすび、鼻を鳴らす。

浮気調査うわきちょうさに、四人も必要かね? ひまなら、掃除そうじをしたほうがいいと思うがねえ」

清掃せいそうは、ご近所のみなさんでやりましょう。主な仕事は、迷子まいごのペット探しです」

形状けいじょうによって、捜索方法そうさくほうほうが異なるよ』

 ぬいぐるみがしゃべった。フウマは、何も言わず去っていく。

もとむ。探偵業たんていぎょう理解りかいしてもらう方法」

複雑ふくざつ質問しつもんは、アマミズには分からないよ』

 返事に肩を落としたウタコが、トネヒサを見る。入り口を開くようにうながした。情報端末じょうほうたんまつの操作で鍵が開けられ、四人が建物に入っていく。

 木に囲まれた内部の、北の部屋。席に着く四人と、一つのホログラム。

 南東の席で、半開きの目をしている青年。キーボードをひたすら叩き続ける。PCのディスプレイに横書きでならんでいく、英数字と記号。

 右隣の席のチホは、心配そうな表情。横目で見た。ケンジに声をかけず、自分のディスプレイへと視線を戻した。

「二人を仲直りさせる方法、教えて」

原因げんいんが分からないと、答えられないよ』

「なんだよ。役立たず」

 北西の席から右隣に話しかけたウタコは、立腹りっぷくしていた。アマミズに高度なAIはない。机の上に座る、リスのようなホログラム。

「なに? トネヒサと喧嘩けんかした? あやまったら許してくれると思う」

縫野ぬいのさん。きっと、料理で気持ちをつかめると思う」

 ケンジとチホが、ウタコを慰めた。

「ケンカしてない。私は。ケンジとチホのことだ」

「別に」

喧嘩けんかしてないよ?」

 見事な連携れんけいを見せる二人。ツインテールの女性が顔を赤くした。泣きそうな声を出す。

「助けて。トネヒサ。二人が見せつけてくるよぉ」

『アウト・オブ・オーダー』

「アマミズには言ってない! って、ん?」

 小柄こがらな女性が左を向くと、長身の男性がメダルを持っていた。左腕の装置そうちにはめ込む。

「データの乱れを検知けんちできました。珍しいですね」

「ここの五つのPCを、サーバとして使えるようにしたからか」

 サーバとは、データを提供ていきょうするためのコンピュータ。おもに別の場所で起動きどうしているものを、ネットワークを介して使用する。文書や画像だけでなく、処理能力しょりのうりょくを分け与えることもできる。

『エクセキューションカード、構築こうちく

 空中にカードが現れた。右手でつかみ、左腕の装置そうち挿入そうにゅうするトネヒサ。

実行じっこう

 拡張現実かくちょうげんじつ認識範囲にんしきはんいが広がった。

 通常つうじょうは、メダルにふれた者と、それにふれた者にしか見えないデータの流れ。カードのプログラムが作用することで、周りの三人が、トネヒサにふれることなく見えるようになった。

 ウィンドウに表示される遊園地。あまり大きくはない。町の外れに位置し、重要な何かがあるわけもなく、緑が多い。

「データの乱れ? いや、わざとでしょ」

 すっかり落ち着いた様子のウタコが、切って捨てた。

 現場からにじむ、途中で口調を変えたような違和感いわかん。まるで、つぎはぎのデータ。

 組み上げるプログラムに、人それぞれの特徴とくちょうが生まれる。プログラムのクセ。意識して消すのが難しい指紋しもんのようなもの。今回の事件じけんに、最低でも二人が関与かんよしていることを意味する。

縫野ぬいのの言うとおり。どう見てもわな。でも、初めての手がかりだ」

「危ないよ。どうすればいいのかな」

 やる気を見せる男性と、不安そうな女性。二人を見て、トネヒサが話題を変える。

「この、拡張現実かくちょうげんじつ認識範囲増大にんしきはんいぞうだいカード。縫野ぬいのさんが基礎きそプログラムを組んだのですが」

「なんだ? 照れるな。めてもいいんだぞ?」

「ちょっと名前が長いと思いませんか?」

 あたりは静けさに包まれた。ケンジが口を開く。

認識にんしきカード」

「それ、普通のカードじゃん」

 即座に反応するウタコ。

「えーと。思いつかない。よく見えるカード」

「なにそれ。メガネ? あ、思いついた。エンチャントカード!」

魔法まほうをかけたり、何かを付加ふかする場合に使う言葉ですね。では、それで。表示切ひょうじきえ」

『エンチャント・2』

 見える景色が変わっていく。

 ペラペラの紙に絵がかれていて、地面と垂直に立っている。すべてが紙になった。裏側に書かれているデータは、ひっくり返せば見ることができる。

「この表示方法、思いついても実行しないでしょ。普通」

 ほおめたウタコの顔の絵が、眉の端を上げたものへと変わった。

「見やすさを重視しただけ。で、いま切り替える意味ないよね?」

 ケンジの顔は変わらない。絵でも変わらず、まとまりのない黒髪。

「はい。すこし、衝撃をやわらげようかと思いまして」

 トネヒサの顔は微笑している。背が高い。

「クラッカーへの攻撃こうげき、とか、ですか?」

 チホの顔が、目の大きな絵になる。セミロングの髪は、絵なのでなびかない。

「ケンジさんとチホさんに、デートしてもらいます」

 女性二人の顔が、驚いたものへと変わった。


 メダルが外され、拡張現実かくちょうげんじつが消えていく。

「私がエンチャントを使ったまま、ウタコさんとデートするという案も考えたのですが」

「デートから離れろ。トネヒサ」

「ほかのカードが使えない上に、偽装ぎそう見破みやぶられる可能性かのうせいが高いので、却下きゃっかしました」

「おい!」

 立ち上がるウタコ。すぐに座った。

「エンチャントか。四人がかりで相手できるのはいいけど、使用者しようしゃが狙われる」

「相手の正体しょうたいわからないのに、危険きけんですよ」

 ケンジとチホが意見をべた。七三分しちさんわけの男性が微笑する。

「そこで、二人の出番です。気付きづかれないように、普通にデートしてきてください」

気付きづかれない方法は、デート以外にもあるだろ」

 ウタコが、机にあごをのせた。隣の机の上で、アマミズが反応する。

『思いやりの心が、大切だよ』

「相手は、二人以上の可能性が高い。全員で向かったほうがいいと思う」

「うん。そうだよね。そのほうがいいよね」

 となりに座る男性に賛同さんどうする女性。幼さをのこした顔。そのほおがすこし染まっていた。

「いえ。人数が増えると、不自然な動作が目立つものです。なので、頼みます」

 立ち上がったトネヒサが、ケンジに近づく。金属製の机に青いメダルを置いた。自分の席へと戻っていく。

援護えんごしなくていいのか?」

事務所じむしょを休みにしたら、怪しいじゃないですか」

「う。そうだな。ケンジ、チホ。がんばれ」

 ウタコの手は震えていた。小さな体の前で両手をにぎめて、鼻息が荒い。ケンジは不思議ふしぎそうな顔をしている。

「それで、このまま?」

「自宅で着替えてから向かってください。あと、今日はそのまま帰ってください」

「じゃあ、行こうか」

 メダルを胸のポケットに入れて、男性が席を立った。

「いってきます」

 続けて女性が立ち上がり、二人が部屋を出ていく。

「髪型整えろよー!」

 ウタコの声がひびき、入り口のドアが閉まる。

 歩道を歩き、同じ方向に歩く二人。

 同じ建物へ向かう。クリーム色の集合住宅の二階で、別の部屋に入った。

 自室で上着を脱ぐケンジ。ベッドの上でひっくり返す。メダルと、歯ブラシと、情報端末じょうほうたんまつってきた。上着を衣類用ハンガーにかける。

 情報端末じょうほうたんまつ左脚ひだりあしのポケットにしまう。茶系のパンツ。

 メダルを胸のポケットにしまった。白地に青色の格子柄こうしがら

 木の机の引き出しを開けて、メガネケースを取り出す。奥で光るまるい物には気付きづかず引き出しを閉める。右脚みぎあしのポケットに入れた。一緒に入れた歯ブラシは、ブラシ部分にケース付き。

「髪型?」

 つぶやいた。洗面所に向かう。鏡を見て、手ぐしで適当に整えた。

 玄関げんかんを出て、ドアを閉める。隣の住人を待つ。

 情報端末じょうほうたんまつ現場げんば検索けんさく。金属のドアに背をつけて、しばらく待った。

 午前9時。右隣の部屋のドアが開く。

「待った?」

 セミロングの髪型の女性が出てきた。ワンピース姿。上側が黒色で、胸のふくらみから下が灰色。バイカラーと呼ばれる。手には鞄。

「別に。気付きづかれなければいいから。普通ふつうにしよう」

「うん。いいね。髪型」

 チホは緊張していた。薄化粧うすげしょうの顔で、ぎこちなく笑う。

 二人はならんで歩き出した。建物から出て、いつもとは違う歩道を西へ歩く。

 停留所ていりゅうじょで待つ。

 バスが到着とうちゃく。乗り込んで、前に移動する。

 となりの席に座った。肩がれる距離。メダルを使っていないので、手をにぎる必要はない。


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