デートにはうってつけの日(著者/高梨來)

デートにはうってつけの日

著者/高梨來


「叔父さん」ってことにしようか。

親の友だちと友だちの子、互いの世界を広げ合う相手。


 親の友だちと友だちの子、というのはなんだか不思議な距離感です。友人としてみれば、あの子も親なんだなあと感慨深く、子どもの成長は微笑ましく嬉しいもの。また子ども目線では、いつもは小うるさい親が学生時代のあだ名で呼び合っていたり、あるいは親とはちがう人生の過ごし方をしている姿に不思議やあこがれを抱いたりします。いろいろな生き方を知るきっかけにもなるでしょう。

 自分の生活とはちょっとべつのところにいて、知らない景色を見せっこするような。親戚のおじ・おばとの距離感に近いものがあるように思えます。

 本作は、高梨來さんのBL小説「ほどけない体温」のスピンオフ作品。本編から10年後の世界です。

 「ほどけない体温」の登場人物・瀧谷忍が、友人(高垣春馬)の娘・りんねちゃんと動物園でデートをする短編です。友人夫婦が水入らずデートのあいだ忍が預かってあげている、というシチュエーションでしょうか。といっても忍は「面倒をみる」という態度ではなくて、りんねちゃんと目線を合わせて一緒に動物園を楽しみます。ちゃあんとデート。かわいいやりとりに、読んでいるこちらもニコニコ顔になります。

 忍は、「ほどけない体温」の主人公・桐島周の恋人です。本作では、かれらは人生のパートナーとなっています(本編を読んでいるととても感慨深い……!)。

 りんねちゃんは友人の娘ですから、忍は「おじ」ではないのですが、ふたりでおでかけをする際に「かれし」と呼ばれるのもなんだしなあと、他人に紹介する際は「おじさん」と呼んでもらうことに。便宜上の叔父、とでもいいましょうか。忍らしいささやかな嘘、秘密の共有のしかただなあと思います。

 ここで思い出したのは、高梨さんのテキレボアンソロ参加作「lie, lie, lie」でした。こちらも「ほどけない体温」のスピンオフで、語り手は周です。周囲の人に恋人についてきかれた周が、忍が男性であることを話せなくて……。周りの人は「忍」が女性であると勘違いしており、周はなんだか嘘をついているようでうしろめたい。友人・春馬にそのことを相談して、というお話です。忍と周、それぞれのちょっとした「嘘」。ふたりの態度のちがいが、キャラクターを際立たせているなあと感じました。

 「ほどけない体温」本編でも、周の苦悩は丁寧にえがかれます。自分は同性愛者であるということ、それゆえ抱いている周囲への不信感。周はできるだけ誠実であろうとし、自分のうちにこもりがちです。

 けれど、じつはまわりの人たちはみんなあたたかい。読んでいて、そこがとても印象深い作品です。友だち、バイト先の同僚、忍の友だち海吏くんや春馬くん、きっと周の実家の家族だって(方向性や種類は異なるとしても、周にとっては受け入れがたいとしても、受け入れないことを選択するとしても)愛情深いのではないか。周くんは周囲の人たちとちゃんと「会話」をしてゆきます。手を伸ばせば、心を開けば、あたたかな世界が広がっている。ただそれを無理にこじ開けようとするのでなく、周が忍とのやりとりを通して徐々に獲得していくのが素敵。焦らなくていい、だめでも格好悪くても失敗しながらでもいい、不完全な若者同士が寄り添って、自分たちのペースでふたりだけの〝生活〟を手に入れるということ。テンポの良い若者たちの会話のリズムに乗って、すいすい読み進めました。

 本作で、忍はさらっと「おじさん」になります。便宜上の名前や役割は、かれにとってあまり問題ではないのでしょう。目の前にいる大切な人たちと、あたたかな時間を過ごすことが何より大事。

 「ほどけない体温」本編でも、忍は周に対し、ぐいぐいと距離を縮めてゆきます。まっすぐな愛情、懐にするりと飛び込んでくるさまがとてもチャーミング。

 だから悩みがちな周とバランスがいいんだなあとしみじみしました。壁や溝をひょいと超えるさまに、こちらも勇気をもらいます。明るくて、優しくて、強い。

 本作のあとがきページでの周と忍の会話、忍がなんなく発したさいごのせりふがとても愛おしく、拍手を送りたくなりました。ぜひ、「ほどけない体温」本編と「デートにはうってつけの日」、あわせて読んでほしいです。

 また、高梨さんの作品はいつもごはんがおいしそう! 居酒屋で、アパートで。距離をはかりながら、秘密を打ち明けながら、少しずつ互いを受け入れ許すため、あるいはなんでもない朝や晩の営みとして。

 本作でも忍とりんねちゃんが動物園でお弁当を広げるところ、喫茶店に寄り道するところがおいしそうでかわいいシーンです。上野動物園と、谷中の喫茶店でしょうか。テキレボ会場の浅草から近いので、イベント後に「巡礼」してみるのもいいかもしれません。



作者さまおじコメント/子どもがいない、気さくに遊んでくれる叔父さんはよいなぁという夢をおじコレに便乗して詰め込みました。便宜上の「叔父さん」という反則技のようなあれなのですが、ささやかな秘密をわけあった関係ってよくないかなって。

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