変人姫君と熱血騎士(著者/鹿紙路)
変人姫君と熱血騎士
著者/鹿紙路
愛ある世界で火を囲み、野原を歩く。
恋愛未満の若いふたりと見守る叔父さま。
野涯国の姫君ペトラと、騎士アンスヘルムの物語。ペトラは17歳、本の虫。図書館で借りた本を読みふけってばかり、ちょっと変わり者のお姫様です。ある日ペトラのもとへやってきた騎士・アンスヘルム。廷臣筆頭の武門の家・ヘングスト家の息子です。彼が今後、ペトラの近衛騎士になることに。ふたりは幼なじみで互いの存在を知ってはいましたが、本ばかり読んでいるペトラと訓練場を駆け回っているアンスヘルムは顔見知り程度。ペトラはアンスヘルムの名前も覚束ないほどで……。
ほのぼのとした物語のなかに、ひととひとが寄り添い、手を取り合うことの喜びが詰まっているように思えました。正方形の装丁も相まって、宝もののように大事に眺めていたいお話。
ペトラのちょっとズレたキャラクターがとてもかわいいです。本に夢中になって、外で雨に降られても反応がワンテンポ遅い。アンスヘルムも少々とぼけていて、ふたりのやりとりが愛おしかったです。
第二話がとても好きです。本が大好きなペトラに対し、アンスヘルムは読書が苦手。文字を追うと眠くなってしまうと言います。でもペトラはアンスヘルムのことを嫌いになったり遠ざけたりはしないし、アンスヘルムもまた、ペトラが本を読むすがたをまっすぐ見つめます。
野原で読書をしていたところに急に雨が降ってきて、洞窟で雨宿りするふたり。ここの会話とシーンがとても好きです。ペトラはアンスヘルムに、自分の付き添いはつまらないだろうと問いかけます。
「そなた、騎士であろう。戦いたくはないのか」
「姫様の身辺に目を配ることも、戦いですよ」
アンスヘルムの言葉を受けて、ペトラは本を読んであげます。たき火のそばで、静かに語られる物語。聴いているうちにアンスヘルムはうとうとしてしまい、小さな夢をみて……。ささやかなやりとりに、きゅんとしました。火を囲んでというのが、こころの灯し火を分かち合うようでいいなあと思います。
相手の好きなものを知ろうとすること、好きなものを差し出そうとすること。恋、と名付けてしまうにはいささか早い……。もう少し手前の段階、こころとこころが近付き合い、そっとふれあうひとときです。あなたとわたしは別々のにんげんで、それゆえ知りたいし教えたい。向かい合い、あるいは隣り合い、話をする。一緒に歩いてゆく。個と個が寄り添うことは、なんて素敵なことなのだろう。ハッとしました。
ペトラの叔父・エッカルトの立ち位置が絶妙です。身体が弱く寝台に伏せってばかりなのですが、冷静で聡明な叔父さま。変わり者のペトラのよき理解者で、ペトラも信頼を寄せています。本を借りたり甘えたり、掛け合いがとてもキュート。
若いふたりを少々心配しつつも導いてくれるエッカルト叔父さまにニヤリとしました。素敵な叔父さまなのですが、なにぶんすぐ寝込んだり咳き込んだりしてしまうためあまり格好がつかなくて…。本作はキャラクターがみなチャーミングなのですが、エッカルト叔父さまの虚弱さが、コメディ要素をちょうどいい塩梅で支えてくれているように思います。
第三話、風磐国から一時的に野涯国に預けられている王子・ロルダンとの賭けに、エッカルト叔父さまは駆り出されてしまいます。ロルダンはペトラを気に入っていて、宴や遠乗りに連れ出したくて仕方ない。ペトラはそんなことより本を読んで気ままに過ごしたい。そこでロルダンは賭けを持ちかけます。チェスとボウリングで勝ったほうの言うことをききましょうということに……。
お姫様をめぐる王道ともいえる展開なのですが、これがとっても素敵なのです。ふたつの競技は同じ人間がやらなければいけないというルールにより、チェスのからきしなアンスヘルムにかわり、ペトラはエッカルト叔父さまを指名。具合が悪いのに、若者たちの野遊びに真剣に付き合ってあげるエッカルト叔父さまがなんだかかわいい。姪っ子を大切に思っているとはっきり口にするところが頼もしく、でも身体の調子がよろしくないため、アンスヘルムに花をもたせてあげる展開も微笑ましかったです。
野の涯ての王国で、ペトラは周囲の愛を受けのびのびと過ごしています。変わり者のお姫様も、まっすぐでちょっと抜けた騎士も、虚弱な叔父さまも、みんながそれぞれに生きている。これは持論ですけれども、コメディが成立するのは、愛ある世界だからこそと思うのです。互いが別々の人間であるということを受け入れ、当たり前に尊重しているからこそ、やりとりのズレや人物の弱点を可笑しみとしてえがくことができる。読んでいてとても幸福な気持ちになりました。
ペトラとアンスヘルムが互いの気持ちに気づくのはまだ先でしょう。本人たち以外、みんな何かを察しているのがなんともかわいらしい。ふたりのこれからが気になります(個人的にはくっついてほしいです……!)。
また本作は「野の涯ての王国」シリーズのスピンオフ。「野の涯の王国〜女王の結婚〜」ではエッカルト叔父さまの若かりし頃もえがかれているそうで、そちらも楽しみです。
作者さまおじコメント/主人公:王女ペトラの叔父、エッカルトは虚弱・冷静沈着な三つ編み男子。ペトラが心を許す数少ない理解者の一人。連作短編の最終話で出てきます。彼とペトラははたしてペトラの抱える難題を解決できるのか?!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます