羽化待ちの君(著者/まるた曜子)

羽化待ちの君

著者/まるた曜子


叔父さんに求めた 「私の観察」。

秘密の恋は、やがて生活へ羽ばたく。


 幼い頃に変質者に遭ったことをきっかけに、自分の身体はおかしいのではないかと不安を抱える少女・橙(ともる)。彼女は努めて、「おとなしく、ひっそりと、目立たぬように」大人になろうとします。近所に住む昆虫写真家兼ライターの叔父・要は、仕事で家を空けがち。橙は換気や掃除を手伝いつつ、叔父のアパートを隠れ家のようにして「蛹」の日々を過ごします。変わり者でアウトローな叔父は、両親や学校の友人とはちがう存在。橙にとって心の拠り所となります。橙はボディチェックと称して自分の身体におかしなところがないか、裸になって叔父に見てもらうという行為を続けますが、橙が成長するうち、ふたりの関係に変化が——。

 元気の出る恋愛小説です。……と言ってしまうと簡単すぎるかもしれません。しなやかで、したたかで、いそうでいないヒロイン・橙がとっても魅力的です。

 作者のまるた曜子さんは自身の作品群を「生活密着恋愛小説」と紹介されていますが、まさに〝生活〟。キャラクターが生き生きしていて、会話がみずみずしくて、もしかしたらこんなひとたちがすぐ隣にいるかもと思える(いやなかなかいないんだけど、いてほしい! と思える)ディテールのこまやかさが素敵です。

 教室で職場で街角で、すれちがい行き過ぎていく誰かの生活に、こんなヒミツやドキドキが隠れているのかも、そんなことを考えました。誰しも大声では話せない悩みや恋愛があって、それぞれに生活がある。誰かを好きになって、居場所をつくって、生活を切り開いていくのは素敵なことなんだなあ。当たり前だけど忘れがちなこと。誰かの生活を肯定することは、身の回りの家族や友人、ひいては自分の生活も愛しいと肯定していくことでしょう。

 橙はとても甲斐甲斐しい。小学生の頃からアパートで掃除をしたりごはんを作ったり(冷蔵庫に麦茶までつくっておいてあげる!)、高校生になると仕事のアシスタントを始めます。青春を叔父さんに尽くして過ごしているようにも見えます。でもそうすることによって、彼女は居場所や生き方を獲得していく。彼女が彼女として人生を生きのびるためにもがいて考えて、叔父との関係を選び取ったのだなあと感じました。

 叔父の要は写真家で世界を飛び回る自由人。両親とも先生ともちがう、枠にはまらない生き方です。薄汚れたコートやアロハシャツ、奇妙な虫や爬虫類たちの写真。ワイルドでちょっと乱暴なしゃべり方。大人が見せてくれる「知らない世界」は、子どもにとってワクワクするものでしょう。橙がアパートに入り浸りたくなる気持ちがわかります。

 物語後半の要視点を通じて、要は大人ではあるけれど独占欲や弱さもあって、彼もまた生きていくために橙が必要なのだなあと感じました。一度橙から距離をおこうとして……からの流れが好きです。橙、すごい。

 個人的にはセックスシーンがよかったです……! 歳の差ものの醍醐味といいますか、知識や経験を与えていく過程にドキドキしました。要のアパートは風呂なしで、橙があれこれ準備するところが可愛い。そして要が夢中になるさまもよかったです。久しぶりの帰国で盛り上がるところなど、しっかり描かれていて大満足でした。

 といってもふたりはセックスにおぼれているというわけではなくて、結びつきを強くするコミュニケーションといった感じ。R18ですが爽やかな読み口です。

 恋愛と言葉にしてしまえば短いですが、つまり誰かを好きになることは、自分を好きになることでもあるのでしょう。自分を肯定して生きていくために、心や身体を大切な人と開き合うこと。地に足のついた「元気」をもらいました。



作者さまおじコメント/若いときは姉と母親にたかりまくり、好き放題しつつ、写真の世界通じて尊敬できる先駆者と出会いそれなりになんとかやる一見クズ。姪が生まれてちょっと構ったら懐かれて、虫苦手なのに自分の昆虫写真を褒める(没頭してる)ので悪い気はしなく、かっこつけてるうちに姪の前ではギリギリおとなを演じることに(続かないしばれてるけど)。

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