会う時はいつも夜の下(著者/森瀬ユウ)

会う時はいつも夜の下

著者/森瀬ユウ


端正な文章でえがかれる「気づき」。


胸の奥でしんと光る星のこと。


 本作は、森瀬ユウさんの作品世界のエッセンスが味わえる掌編です。繊細で、キリッとした手ざわり。

 豊おじさんは、主人公の父親の弟。弁護士事務所に勤め、物静かでどこかとらえどころのない人です。父親とは歳が離れており、おじさんというよりおにいさん。でもはっきりと別の世界のひとです。少年がふれ、垣間見る「大人」。アパートで勉強を教わったり、なんてことない(ようでかれの心にそっと寄り添うような)言葉を交わしたり…。おじさんと過ごす、少しの時間が語られます。

 試し読みで読める、ここの箇所がとても好きです。

『あぁ、おじさんの目は奥二重なんだな。

 身長が伸び、昔よりも近づいたおじさんの顔を眺めながら僕は思った。兄である父親が一重だったから、てっきりおじさんも一重なのだとばかり思い込んでいた。

 きっと、人生はそんなことの連続にすぎないのだろう。』

 ささやかで、しかし大切な気づきです。生活の中で出会うハッとする瞬間を、さりげなく掬いあげたシーンだなあと心に沁みました。夜空の星が、ふと目にとまるような。

 森瀬ユウさんのえがく、クールな青年たちがとても好きです。作品により境遇や生い立ちは異なりますが、かれらはあくまで普通の人たちです。学校に通い、仕事に行き、家族も友人もいます。きちんと社会のなかで役割を果たしており、聡明なひとびと。かれらは傍目には無愛想であったりつかみどころがなかったり、どちらかというともの静かに生きているイメージです。でも、心のうちで大切な誰かがいる。大切な誰かの前でだけ、見せる顔がある。そして、その誰かにすら、大切だということを直接告げることはあまりなくて……。ナイーブで凛とした佇まいに、ドキッとします。

 かれらを見ていると、人生のうちですれちがった誰かのことを思い出します。誰かに名前はありません。うまく話せなかったけど、何を考えているのかわからなかったけど、ふと折に触れてシルエットや気配だけ思い出すような誰か。名もなき誰かそれぞれに、大切なひとや思いや葛藤があり、孤独や欠落をやりすごしながら、静かに毎日を戦っている。

 森瀬さんは現代の日本を舞台とした作品を書かれています。日常の機微を端正なことばですくいあげる小説群。ちょっとした心の揺れや気づきが、さりげない言葉でつづられています。

 ほそい鉛筆で描かれたスケッチのようだなあと思います。日々や風景のかすかな揺らぎを、サッと紙にうつしとったような、といいますか。スケッチとは取捨選択だと思います。見たままを描くようで、何を描き・描かないのかは、描き手の舵取りです。森瀬さんの作品もまた、簡潔に書かれた文章に「ここは明確に語る・語らない」の美学がみえ、気持ち良いです。たとえばさきほど挙げた人物の描写にかんして、そうとハッキリ書きはしない。読んでいるわたしたちがふと、かれらの痛みや愛情を垣間見て、「ああ、これって」「もしかして」とドキッとする。キャラクターの関係性に想像の余地が残されていて、読者は微熱を高めます。その一方、かれらが得たこと、大事にしたい思いについて、まっすぐ結論を差し出してくれる瞬間がある。語るべきこと、語らずにおくこと。きっちり鉛筆を削ってえがかれた風景に、ぜひ出会ってほしいです。

 本作は、無料配布冊子。掌編と発行物一覧が掲載されています。掌編を読んでハッとしたりドキッとしたり、胸の奥でしんと光る星を見つけたかた、ぜひ素敵な作品の数々も手に取ってみてください。



作者さまおじコメント/当作品の叔父さんは「生真面目で神経質、品行方正がスーツを着たような性格(甥談)」ですが、常にどこか飄々としていて捉えどころがなく、心のうちが読めません。物語は始終甥である「僕」の視点で進みます。「僕」が叔父さんと過ごした数年間を追いながら、果たして叔父さんはどんな人物なのか、一緒に想像を膨らませていただければ幸いです。

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