星の流れる夜に—円環の系譜—(著者/高杉なつる)

星の流れる夜に—円環の系譜—

著者/高杉なつる


抱きしめること、言葉をかけること。


叔父に与えられた「見守る」という役割。


 王立士官学校で歴史学を教えるユージン・コレット。「成績と身分は無関係です」と、貴族の生徒たちにも毅然とした態度の先生です。士官学校の生徒で甥(姉の息子)のアゼル・バートリッジは、17歳の生意気盛り。アゼルは現国王の弟の子ですが、王位継承問題からは外れており比較的自由な暮らしです。制服を着崩したり、ユージンにおねだりをしたりと大らかな学校生活を満喫している様子がチャーミング。ユージンには子どもがなく、アゼルを厳しく指導しつつもかわいがっており、身分や立場は異なるもののふたりは親しい間柄です。

 ある日、第三王女が急死したため葬儀に出席することとなったユージンとアゼル。アゼルの両親が外遊中のためユージンが付き添って、王都への短い旅に出ます。そこで起きたできごとは、彼らの運命を変えてゆくもので……。

 イキイキとしたキャラクターと読みやすい語り口で、物語の世界にすっと入ってゆけるファンタジー作品です。こんなひとたちで、こんな景色で……と風景が目に浮かびました。奥行きを感じるひろびろとした世界観。本作は序章という位置付けで、ここから物語が続いていく・広がっていく予感にワクワクします。

 葬儀の際に起きた、王太子の座をめぐる殺し合い。一夜にして王の子がひとりもいなくなってしまう惨劇です。残った王の直系男子はアゼルのみ。突然、次の王になることが決まってしまいます。

 自分は狡いところがあり戦うことも嫌いで、王の器ではないと悩むアゼル。それがわかっているなら大丈夫だと、アゼルの不安に寄り添い語りかけるユージン。「俺が望んだら、叔父上は俺の側にいてくれる?」……ふたりの気持ちの震えが、赤い月や夜風と重なり切ないシーンでした。

 かれらは叔父と甥、幼い頃から知っていて互いに家族としての愛情や親しみがあります。けれど、親兄弟や配偶者とは異なり、義務や責任はない関係です。いいかえれば、踏み込むことはできない。主従関係もありません。アゼルには側近のウォルターがつねにそばにいますが、彼とユージンが対比的にえがかれているなあと感じました。

 ユージンに与えられ、選んだ役割は「見守ること」でした。直接剣を抜くことも政治的な交渉もできない立場で、ユージンはのちに「逃げてしまった」と振り返ります。

 わたしたちの人生についていえば、出会ったひとすべての人生に深く関わることは不可能でしょう。距離のある相手を励ますことは無責任ではないだろうかと、ときどき足踏みしてしまうことがあります。でも、相手の幸福を祈ること、見守ることは大切なことなのだと、ユージンとアゼルの関係をみていてしみじみと勇気づけられました。ユージンには後悔があったとしても、事件の際に与えた体温と励ましが、アゼルの国王としての人生の背中を押し、支えてくれた面があるのではないかなあと感じます。抱きしめること、言葉をかけること。直接何かを変えることはできなくても、不安に寄り添うこと。見守ることの本質は、そういうことなのかもしれません。

 後半、物語のなかで長い時間が流れ、ひとも国も変化していったことが示されます。彼らはどのような時間を過ごし、何を得、失ったのだろう…。読者はあれこれ想像を巡らせます。そうしてアゼルからの手紙や、教え子からの申し出もあり、ユージンはアゼルの息子たちの教育を任されます。ユージンの運命は今度こそ動き出してゆく…! 血と時間が育んだ愛情が継承されてゆくことが嬉しく、ここから先の物語が楽しみです。魅力的なキャラクターたちの活躍を、流れてゆく星々のゆくえを、もっと見てみたいです。



作者さまおじコメント/ささやかに暮らしている庶民の叔父と、王家の血を引きながら自由に学生生活を謳歌している甥っ子が登場します。変わりたくない気持ちを抱えながらも、周囲がそれを許さなかったりとちょっと切なく、叔父も甥も大人になる一歩を踏み出して行く物語です。

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