美少年興信所(著者/鳴原あきら)
美少年興信所
著者/鳴原あきら
理不尽や暴力に立ち向かうすべ。
よるべない子どもたちは、知性と恋と叔父さんを武器にする!
絡み合う人間関係と次々明かされる真実。夢中になって読みました。ネタバレも避けたいですしあまり野暮なことを書きたくなくて「おすすめです!」でおしまいにしたくなるのですが、さすがに芸がないので精いっぱい言葉を尽くしたい。たぶんそれだって、わたしがこの物語から得たことでしょう。
鳴原さんの作品は、登場人物の聡明さが魅力です。ちょっとしたせりふや洞察にドキリとします。いや、ギョッとするほどです。心のどこかでぼんやりしていた何かをするりと差し出されてしまう。 テキレボアンソロジー「嘘」参加作の「」でもそうでした。
『安道の気の遣い方が好きだったかというと——あれは気遣いというより、自分の意思の通し方がうまいんだと思う。』
この箇所にハッとなった方も多いのではないでしょうか。詳細は本文を読んでいただくとして、〝意思の通し方がうまい〟誰かに気づいたことや、あるいは自分がそのように振る舞ったこと——駆け引きというよりもっと切実な情や癖でしょう——を思い出し揺さぶられます。身に覚えがあるけれど口にしてこなかった、誰とも分かち合いたくなかった何か。見過ごしがちな違和感をbrightな登場人物たちが洒落たせりふや語りのなかで示すさまは快感(と一抹の畏れがないまぜ)です。
本作は興信所が舞台のミステリで、探偵もの。理知的なキャラクターには、ミステリは極上の舞台でしょう。美青年と美少年とおじさんたちが活躍しますが、聡明なかれらによる謎ときがとにかく読んでいて気持ちいい。BLの色っぽいシーンも楽しめます。
主人公・巧駿介は複雑な生い立ちの中学生。父親も母親もあらかじめ失われており、大人たちの身勝手に振り回されてばかりです。
彼の恋の相手・鷹臣は19歳、文学部の大学生。おもに鷹臣の知識と教養で事件は解きほぐされてゆきます。生きるために身につけなければならなかった知性とでもいうような、孤独と憂いを抱えた青年。一見おとなしいようで、若者らしい戸惑いや一途さが魅力的で、駿介が惹かれるのもわかります。
鷹臣は高校時代のある事件が元で親元を離れ、叔父・門馬知恵蔵のところで暮らしています。大学に通いつつ、知恵蔵の勤める興信所の手伝いをする日々。「いささか物憂い」「物言いはあくまで柔らかい」「慎ましやかな余韻」の美声で、興信所の留守番電話メッセージを担っています。
ある日、知恵蔵の留守中に三人の依頼人がやってきます。別々の案件ですが、どうやら探している人物はみな同じ。少年に添い寝をさせるという怪しげな風俗店「眠れる美少年の家」にいるという少年・巧駿介のゆくえをめぐって、さまざまな大人たちの欲望と利己がうずまいてゆき——。
四話それぞれの事件が物語全体の起承転結になっていて、ワクワクしながら読みました。スタイリッシュな語り口に引っ張られ、複雑な人物関係もすっと入ってきます。小道具となっている文学作品にもニヤリ。
事件の中で、駿介と鷹臣は距離を縮めてゆきます。14歳の駿介にとって鷹臣は大人に映りますが、19歳はまだ子どもでしょう。うまく甘えたり泣いたりができないまま青年になってしまった感じ。駿介もそうで、大人びたところと少々の危なっかしさが同居しています。
鷹臣の叔父・知恵蔵は、ふたりの無鉄砲にひやひやしつつ、真正面から向き合ってゆきます。
知恵蔵叔父さんは、本作のなかではもっとも「ふつうのひと」かもしれません。40代半ば、うさんくさい風貌。不在の所長にかわって満潮音興信所を預かっています。「私の仕事は、パチンコをやっているように見えて、それが尾行であったりするんだ」など、少々いいかげん。でもユーモアやあたたかみがあり、子どもたちを守ろうとするまっとうな正義感があります。
傷ついた鷹臣を興信所で下宿させることを決めたシーンや、駿介・鷹臣それぞれから思いをぶつけられるシーンは大人として本当に格好いい。また、駿介と親子を演じて尾行をするシーンがチャーミングです。
単にいいおじさんで終わらないのは、彼もまた知性と正義では制御しきれない〝片思い〟を抱えているところ。これが物語全体のキーになっており、唸ります(二巻では色っぽいシーンもあります)。
生きるために、駿介も鷹臣も年齢にそぐわない知識や処世術で自分を守ってきたわけですが、孤独は深いままでした。そんななか、知恵蔵叔父さんが興信所の手伝いという場所や役割を差し出してあげ、誠実な言葉で向き合います。序盤から知恵蔵叔父さんはあっさり捕まってしまいますし、子どもたちにも出し抜かれがち。だからこそ、暴力や理不尽だらけの世界を生き抜くための武器は、正義に裏打ちされた言葉なのだと示してあげられたのではないかなあと感じました。名探偵ではない知恵蔵叔父さんが、心と言葉で子どもたちをときほぐし、自分もまた〝片思い〟と対決するということ。
そうして、駿介と鷹臣は互いに手を取り合い、彼らなりのやり方で大人へ立ち向かいます。力のない子どもたちが、知性と恋と理解者を得て、居場所を勝ち取る。言葉と声をキーとしたドラマに胸が熱くなりました。
長々と書き連ねましたが、予備知識や前情報なく、とにかく物語の世界に飛び込んで楽しむのがよいと思います。人間ドラマと謎とき要素がつながりあい、散りばめられた要素が見事に収束するのが快感です。
また年下攻めの魅力もそこかしこに詰まっていて、洒落たやり取りにキャッ!となること請け合いです(「変声期も終わっていない少年の、かすれ声」でプロポーズ!)。一気読みエンターテイメントでした。
作者さまおじコメント/吉屋鷹臣の叔父、 門馬知恵蔵(もんま・ちえぞう)。満潮音(みしおね)興信所の副所長。満潮音が留守の間は、実質所長。鷹臣は、彼の姉の長男。彼が高校生の頃、とある事件にまきこまれ、孤立してしまったのを知り、その事情を汲んで、実家よりは暮らしやすいだろうと考え、興信所へ連れてきて下宿させている。アロハシャツの似合う、うさんくさい外見。言動もころころ変わる。探偵としての資質や、全般的な生活能力もあまり高くない。ただ、意外に真面目で、子どもに優しい部分もあり。
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