凍える水色(著者/永坂暖日)

凍える水色

著者/永坂暖日


冴えた筆致のショート・ショート。

あえて言うなら「おじはいません」という面白さ!


 兄である王の首を刎ね、弟は王に即位した。兄王の正妃をそのままみずからの正妃としたが、もともと自分が姫(正妃)のことを慕っており、かつて夫婦になろうと誓い合った仲。

 娘であるシェクタは面立ちは母親似、先王と現在の王、どちらが彼女の父親なのかわからない。現在の王は、父かもしれないし、叔父かもしれない。王妃も口をつぐんでいる。

 さて王の寝所には厳重に封印された桶があり、王はそれを誰にもさわらせない。また代々長寿という王の一族を支えている酒・「神水」、それを作る《神水の巫女》を捜して殺すようシェクタは傭兵に命じていたが…。

 残酷なのは誰だろう? 兄を殺した弟か、弟から姫を奪った兄か、夫を殺した男の妻の座になおおさまっている正妃か……あるいはシェクタかもしれない。と同時に、哀れなのは誰だろう、愛のようなものを持っていたのは誰だろうとも考えます。憎むことと愛することは裏表でしょう。渇いた筆致のなかに浮かび上がる「水色」が印象的です。

 桶の中身は、読者の思うとおりのものが入っています。本作の魅力は愛憎のドラマであるとか起承転結のどんでん返しのようなものではなく、また寓意を探る物語でもないように思えました。みじかいなかで過不足なく物語・情報を展開するシャープな筆致、読者の脳裏に閃く桶の中身、水色の瞳……。凛冽とした冬の空気のなかで切り取られたイメージ、少々の不気味さ。そういったものを味わいました。短編だからこその潔さや、突き放しが至芸です。 

 あえて「おじ」という関係性の観点から無理やり本作を読もうとすると、おじはいません……と言ってみましょうか。兄王と現在の王、いずれも真実を口にすることはなく、シェクタの父である可能性はどちらにもあります。シェクタの動機であり愛憎は「父」および「母」に向かっていて、兄弟どちらかが父でどちらかがおじですが、父でない場合「おじ」であるだけ。兄弟と妃の因縁が招き、娘に継承されるある種の呪いのなかに、「おじ」という役割は入り込むことはできません。また、物語はその点についてはっきりとした解をもちません。

 とはいえ、このような読み方は邪道ですね。ファンタジーという容れ物ではっきりとした事件は起きていますが、読者が向かい合うのはあくまで「視覚」。できごとや景色を目撃し、鋭い語り口の閃光を浴びるということ。情感を削ぎ落としたつくりが魅力的です。

 個人的には、モチーフに乱歩の「押絵と旅する男」や京極夏彦「魍魎の匣」を連想しました。王は兄王に執着しているように思えて……。とはいええがきかたはあくまでドライです。物語の解釈は読み手に委ねられており、何を受け取り見出すか、自分を映す鏡のような作品でした。

 本作は、「2013-2016」という短編集に収められた一編です。52編、シリアスなものからコミカルなものまでさまざままとめられているそう。わたしは「燃える」と「赤ちゃん夜泣きで困ったな」が好きです。 また「神の水」が本作の関連作とのこと。さらりとして、どこか奇妙で……毎晩眠る前に少しずつ味わいたいなあと感じる作品集です。



作者さまおじコメント/おじは果たして誰なのか…。

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