時柴流星の変身(著者/泡野瑤子)

時柴流星の変身

著者/泡野瑤子


胸毛が生えたら柴犬になっちゃうかも?


運命に困惑する俺、「ギフト」を受け入れた叔父さん。


 「運命が胸毛を生やす!」という冒頭の一文にドキッとしたら(そしてワクワクしたら)、ぜひそのまま読み進めてください。いつのまにかキュートで切ない柴犬ボーイズたちの虜になっているはず。

 特別な何者かに「なりたい」、「ならない」、「なってしまった」。恋に才能、思春期に抱える悩みは、可笑しくて切実です。

 本作は「時柴流星の変身」「時柴兄弟の変心」の二話構成です。作者の泡野瑤子さんは「ゆるくふざけた作風に若干のまじめ成分が含まれています」とコメントされていますが、まさにそんな感じ。明るくハツラツとした少年たちの物語にクスクス笑っていると、いつのまにか胸をぎゅっと衝かれています。テキレボの読者層は何か書く/描く方が多いかと思いますが、表現するひとたちにはとくに刺さるお話でしょう。

 「変身」↓「変心」と読み、もう一度「変身」を読み返すと、キャラクターのふとしたせりふやまなざしが、ちがった見え方になります。再読してわかる仕掛けにニヤリ、そしてしんみり。平易な語り口で綴られた巧みな物語は、かわいくてふわふわした柴犬が、するどいキバを隠しているよう。面白かったです!

 時柴流星は16歳。クラスのかわいい女の子に花火大会に誘われ舞い上がる、青春真っ盛りの少年です。

 花火大会を翌日に控えた晩、一本の胸毛が生え始めたことに気づいた流星は愕然とします。時柴家は時々、柴犬に変身してしまう「柴犬体質」の男子が生まれる家系。胸毛が生えた男子は柴犬体質の可能性が高いらしく、ついに自分にも胸毛が——! 若いうちはコントロールが利かずに突然柴犬に変身したり、元に戻ってしまうことも(元の姿に戻ると、いきなり全裸)。はたして彼の初めてのデートはどうなる?「時柴流星の変身」はコミカルで元気いっぱいの物語です。

 流星の祖父や叔父は柴犬体質ですが、父親はふつうの人。父・太郎は、流星の柴犬体質をよろこびます。叔父の次郎(太郎の双子の弟)は画家で、犬の視界で見えた風景に人間の目で見えた風景をミックスして絵を描く、独特の色遣いで有名になった人物。

『ほら、俺たち兄弟を見ろ、柴犬体質じゃない俺は普通のサラリーマンになったが、弟の次郎は柴犬体質を生かして世界的に有名な画家になった』『運命を嘆くより、逆手に取れ!』

 そう父親に言われるものの、流星はしょんぼり。いつか何かの役に立つかもしれない柴犬体質よりも、明日のデートがどうなるかが一大事。そうして読者の期待を裏切らず、流星は肝心なところで柴犬になってしまい……。キャラクターたちがチャーミングで、せりふややりとりに思わずクスッと笑ってしまいます。クラスメイトの鷲尾君がイイ味を出しています。

 さて後半「時柴兄弟の変心」は、次郎叔父さんが語り手です。時間はさかのぼり1985年。太郎と次郎の少年時代の物語です。30年後の流星の反応とほぼ同じように、突然告げられた柴犬体質の家系に驚く二人。兄の太郎はあまり興味を示しませんが、弟・次郎は内心、「俺だけが柴犬体質だったらいいな」と考えます……。そこかしこにのぞく80年代の小道具が効いていて、ノスタルジックでほのぼのした語り口。しかし少々のヒリヒリも伴ってえがかれており、夢中になりました。

 太郎と次郎は双子のきょうだいで、とても仲良しです。二人とも絵を描くことが得意で、いっしょに画家になることを夢見ています。中学一年の秋、互いを描きあった二枚一組の肖像画で全国コンクールの佳作に選ばれます。「自由な表現を」という選評にそれぞれ思うところのある二人。鉛筆デッサンが得意で、上手だけれども平凡な絵を描く太郎。奇抜な色や構図に挑み、オリジナリティーを模索する次郎。一心同体だったふたりに少しずつ違いが出始めます。次郎は、太郎が惰性で絵を描いているのではないかと心配に。そうして次のコンクールでは、同じ「花火」という題材でそれぞれ絵を描くのですが……。

 次郎は「自由な表現」を目指して試行錯誤します。自分だけの個性がほしいと悩むちょっと痛々しい姿は、読者であるわたしたちも、なんとなく身に覚えがある感覚。太郎も次郎もお互いのことが大好きで、けっしていがみあいはしません。あくまで仲の良い双子のきょうだいが、それでもべつべつの人間であり、べつの目で世界を眺め、それぞれの人生を歩まねばならないということ。

 「柴犬体質」それ自体はファンタジーの仕掛けですが、才能(ギフト)や個性といったもののメタファーであるといえるでしょう。特別な何者かになりたい。表現者の抱える願いとは厄介で、しかし切実です。太郎と次郎、それぞれの葛藤が沁みました。

 ふたりの対比や、けものになってしまうこと——若いときはうまくコントロールできず不自由で、やがて御することができるようになるもの——を才能にたとえた物語は、どこか寓話的。ただ寓意はこめられつつも、説教くさくならずに明るいトーンのまま語られるのが至芸です。きょうだいは一貫して互いを思いあいます。おそらく、作者の泡野さんご自身が太郎のような人、次郎のような人、いずれでもない人——表現や個性というものに、あたたかなまなざしを向けているからなのでしょう。

 また、柴犬体質と才能をめぐって悩んだ太郎・次郎兄弟に対して、次世代である流星は恋に夢中です。友人の助けを得つつ〝けものになってしまうこと〟にどこかあっけらかんとしているのが、現代的ともいえるなあと感じました。「変身」と「変心」ふたつの物語を並べてくださったことで、それぞれの青春や生き方を肯定してくれたように思えます。そう、才能や個性とは、悲壮な運命ではない。物語のはじめにベートーベンの「運命」がもちいられていますが、「運命」も最終楽章は明るく華やかに終結します。それぞれがあるべき姿でそれぞれの持ち場を精一杯生きていくこと。ギフトを受け入れること。愛のある着地が素敵です。

 さて物語の最後は、ふたたび現在。画家となった次郎叔父さんの個展に、太郎と息子の流星が訪れます。流星は次郎叔父さんに、「双子なのに、父さんとは大違いだ」と話すのですが、その際の次郎叔父さんの返答がとてもいい。また、先に引用した太郎のせりふがまったくちがう印象に。ぜひ二周して読んでほしい一冊です。

 何かを表現すること、しないこと。自分と自分を取り巻く世界について、ちょ

っとだけ優しくなれる気がしました。


作者さまおじコメント/おい:時柴流星(16歳・高校生) おじ:時柴次郎(45歳・画家)収録作「時柴兄弟の変心」の主人公が少年時代の次郎おじさんです。次郎おじさんは父の双子の弟です。ジャンル的には現代ファンタジー…だと思います。ゆるくふざけた作風に若干のまじめ成分が含まれています。

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