魔王代行のオシゴト!?
すぐに、魔王代行としてマリアを任命する勅使が下された。と言っても、すぐにその命令が全魔族に知らされるわけではない。まずは、各々の地域を統括している族長たちにその命が下され、族長たちが部下に、そしてその部下がそのまた部下に知らせるという完全縦社会な情報伝達方法だ。なので、正式にその情報が行きわたるのは一週間後ぐらいは掛かる。
「あのガトさん。魔王って……その……なにをすればいいんでしょう?」
座り慣れない玉座の端にちょこんと座るマリア。
「魔王とは魔族すべてを統べる王です。なにをやってもいいし、なにもする必要はない。表現するとするなら、魔王とはそういう仕事でしょう」
膨大な洋皮紙を眺めながら答えた。取りあえずこの小娘を玉座の間に座らせることはできた。だが、ここからが本番だ。根回しも折衝も山のように――
「す、すいません。全然伝わりませんでした……」
あああうるさい! とりあえずは黙って座っておいてもらえませんかねぇ――なんてことはさすがに言えない。
「つまり、魔王の仕事とは『する』のではなく、『させる』と言うことです。自分のやりたいことを示し、待つ。そうすれば、自然と結果がついて来るものです」
もちろん、レジストリア様のように自ら武威を示し戦意を高める方法もあるがかなり特殊なやり方なので真似させようなどと思わない。魔王初心者なのだから、最初はそれぐらいでいい――と言うか本音言うと魔王城で大人しくしてほしいと言うのは切なる願いだ。
「あの……それで仕事って……」
「だから! なにかを命令するんです! なにかやりたいことあるでしょう? なんでもいいんです」
美味いものが喰いたい、美しいドレスが来たい、綺麗な景色が見たい、容姿のいい男と交わりたい、せめてそんな一般的な小娘が望むようなことを言ってくれるようなタマだったらどれだけ楽か。
「そんな命令って……そんな偉そうな――」
「偉いんです! 大陸で一番偉いんです!」
「そんな私なんて……」
ああ……頭痛い。
「別にすぐにあれこれ命じる必要なんてないんです。要するにどのような国にしたいか。それさえ話して下されば、自ずと物事は動いて行くでしょう」
「そうですか……」
マリアはなにやら天井を見ながらボーっとし始めた……何やら嫌な予感がする。
・・・
一時間後、マリアはなにかを確信したように口を開いた。
「この国を民主主義国家にするってどうでしょう?」
あまりの言葉に、持っていた洋羊紙をいっせいに落としてしまった。
ああ……頭痛い。やめたい、逃げたい、休みたい。
「……正気ですか?」
思わず聞き返した。
「ええ、本気です」
にこやかに、そして目を輝かせながらマリアは答えた。
そうか、正気なのか……残念だ。自然と失望で肩の位置が落ちた。
「絶対に駄目です」
「なんでもやれるって言ったじゃないですか!」
嘘つきを見るような目で見るな、このバカ小娘魔王が。
「言いましたよ。言いましたけど、それは駄目です」
「なんでですか!? 人間の世界にも民主主義国家があります。そこでは、民衆が自治を行い、議会で物事が決定し――」
「知ってますよ。シネーバ自治区ですよね? 正確に言えば議会制民主主義です」
宰相たるもの人間の世界に誰よりも詳しくなければ務まらない。当然、政治制度や法律も熟知していた。一四歳の修道院で育った箱入り娘に見識で負けるはずがない。
「そうなんですか? そこでは、議会が主権を持ち、民衆の民衆による民衆のための――」
あああ世間知らずバカ女が。
「独裁のがいいに決まってるでしょう! だいたいあのような政治手法は間違いなく破綻します」
議会制民主主義など愚の骨頂だ。議会が民衆によって選抜される以上、議会は民衆にその判断を迎合するようになる。それは民衆を甘やかせ、傲慢にさせる。民衆は民衆が選んだ者の一つのミスすら許せなくなる。
失敗は成長の一つの過程だと気づかずに。失敗を許されなくなった政治家は一つのミスを隠すために、失敗の隠ぺいを図る。そうして、政治は腐敗していく。
俺が宰相になって最初に進めた政策は、罰則制度の緩和だった。今までは、戦に負ける度に降格、大敗だと死刑と厳しい罰則を設けていたが、それを大幅に軽減した。
失敗は一つの成長過程だ。失敗を弾劾すると、次の失敗を恐れる。結果、大成する将は育たない。実際に、この政策を進めたおかげで魔族の軍力は飛躍的に強力になった。
「そうでしょうか? 独裁なんて権力者が好き勝手して我儘放題で――」
あきらめきれないのか、しつこく食い下がるマリア。しかし……想像以上に酷い小娘だ。見識も知識も浅すぎる。理想ばかり高くて思わず痒くなってくる。
「いいですか! 国家を人間として考えてみなさい。頭が魔王。目や耳、手足や腕は部下、身体が民衆として考えてください。頭で栄養を考え、手足で食べ物を食べ、身体の健康を維持するのです。仮に身体の欲求のまま頭や手足を動かしていたらあっという間に不健康な人間になるでしょう。だから、頭がしっかりと考え制御すべきなんです」
「でも――」
「この話はおしまいにしましょう。却下。絶対に駄目です。ちょっと外に出てきますので。なにかありましたら使い魔ティナシーを呼ぶように」
半ば強引にうちきって玉座の間を出た。これ以上は聞くに堪えない。
積極性は評価するが、まだ国家を揺るがすほどの判断を下すほどの器ではない。いや、そもそもどの程度の器を持ち合わせているのかすら定かではない。
それを考えるとレジストリア様は楽だった。元々魔王の英才教育を受けていたため、政治のこともよくわかっていたし現実をよくわかっていた。少なくとも、理想や綺麗ごとばかり振りかざした夢物語を聞かされることなどはなかった。
はぁ……頭痛い。
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