魔王と骨

  ガザージスト城の庭園は、夏にレシウスの花が咲き乱れる。今回は魔王の病で実施は叶わなかったが、今ぐらいの時期は各部族長を招き大規模な花見を行っている時だ。


「うわぁ……きれー」


 あんぐり口を開けながらうっとり見入っているマリア。


「さっ、やりましょうか」


 小娘のお花見の時間などでは決してなく、今は魔法練習の時間だ。

 魔王たる者、魔法を使えなくては話にならない。報告書ではリアルイン修道院にいた頃は、魔法学習は一通りこなしたらしいが全然使えなかったと言うが。


「じゃあ、行きますよ。はああああああん」


                  ・・・


 二〇分が経過。


「あああんっ! はあああああああああん……」


「あの……なにをしてるんですか?」


 奇声をあげているマリアに尋ねずにはいられなかった。


「なにって……魔法をかけてるんです。風魔法を。はあああん……」


 だから、その気合いの抜けた掛け声はなんなんだ!


「……だいたい実力はわかりました。もう、結構です」


「そ、そうですか。わたし、才能ありますかね?」


 ない。まったくない。そして、これ以上ないくらい無風である。

 とはいえ、どう教えようかと正直悩んではいる。魔法の理論を教える魔道書は魔族の間にも山ほどあるが、魔力の放出方法を教えるようなものはない。それは、魔族だろうが人間だろうが手足の動かし方をレクチャーする書物がないのと同じ理由だ。あまりに感覚的で自然と身につくようなものだからだ。


 人間の覚えの悪い子でも八歳で魔法を使えると言うのに、一四歳で魔力の放出方法すらわからないのはさすがにヤバすぎる。


「カーラ、どう思う?」


 こっそり魔法医カーラに医学的観点から意見を求める。


「うーん……センスがないわね」


 それを言っちゃ駄目でしょ。思わず腰から崩れ落ちた。腰から。


「ちょ……そんなに落ち込まないでよ、ひくわー……あっ、それか! 無意識に自分の巨大な能力を制御してるのかも。うん、きっとそうよ。ほらっ、いつまでも突っ伏してないで立ちなさいよ」


 ……なんか、とってつけたような理屈には聞こえるが一応筋は通っている。今のところは、それにすがるしかないのか。


「骨が……痛い」


 ああうるさいなこの骨武者は。マリアの何かに反応したのか、ゼルカスの反応を観察すべく連れてきたが、さっきからブツブツ「骨が痛い」を繰り返している。本当に痛そうで、少し可哀想ではあるが、ここは役に立ってもらおう。


「ゼルカス、お前ちょっと襲ってみろ」


 そう頼むと尋常じゃないほどの殺気を俺にみせるゼルカス。


「な、な、な、なにを貴様! こんな可憐な乙女を襲うなんて貴様」


 そう言って俺の胸ぐらを掴んで今にも襲いかかろうとするゼルカス。


「落ち着け。フリだ。今のカーラとのやりとりを隣で聞いてただろう? ショック療法って奴だ」


 そして、可憐な乙女どうこう言う前に魔王に襲うのが言後同断だろうがということは一旦置いておく。


「……な、な、なるほど」


 ゼルカスは二回ほど深呼吸をして胸骨を数回叩いた。


「マリア様、今からこのゼルカスがあなたを襲います。宰相である俺の責任で、魔王であるあなたを傷つけることを許可します。あなたは全力で抵抗してみてください」


 そう宣言した。


「ひええええっ!」


 怯えながら、五歩は下がったマリア。もちろん、魔王を傷つけるような愚か者のゼルカスではない。正直、こんなバレバレの作戦で不安だったがこの正直娘はチョロすぎる。


 ゼルカスは、一歩、二歩。ゆっくりゆっくりと近づく。


「や――――っ! 来ないでー」


 そう言いながら叫びながら拳を振り回すマリア。いいぞ、そのまま追い込めゼルカス。


「……」


 おい、なぜ止まる、ゼルカス。


「ほらっ、早く魔王様の方に行け」


 そう言ってせかそうとするが、なぜか斬られたように苦悶の表情を浮かべているゼルカス。胸骨をこれ以上ないくらいギュッと握って歩みを再開した。


 な、なんだ……そんなに骨が痛いのか。


「カーラ、どう見る?」


 さすがに心配になってきた……なにかマリアが、特別な魔力を発してるとしか。


「うーん放ってるね。まさしく魔性。私には治せないな……ププっ」


 なぜか半笑いのカーラだが、この魔族有数の魔法医である彼女にも治せないとなると笑いごとでは済まされない。

 これ以上は……ゼルカスが危険か? いや、ギリギリまで。


「ゼルカス、そこだ! 襲い掛かれ」


「や――――!」


 ポコポコポコ……こ、これ以上ないくらい力のない猫パンチ。ケットシーの子どもだってもう少しましなパンチをうつ。


 ビシ……ビシ……


 ええええええええっ! ゼ、ゼルカスの骨が砕けた! どんな鋼鉄の剣でも砕けないあの骨が。ドラゴンの吐く炎でもビクともしないあの骨が。


「スト―ップ! もう、いいです。終了。大丈夫か」


 急いでゼルカスの元に駆け寄る。あまりの出来事になにも理解できていないマリア。


「骨が……」


 よろけながら、砕けた骨と共に座り込むゼルカス。


「わかった、俺が悪かった! カーラ、至急治療してやってくれ」


「はいはい、そんなに慌てなくったってすぐに治るわよ」


 カーラは満面の笑顔でほほえむ。確かにスケルトン族の骨は魔法ですぐに治るし再生が可能だ。


 すぐに、ゼルカスは他の親衛隊メンバーに運ばれていった。彼らもこんな弱った奴を見るのは初めてだろう。


「カーラ……ゼルカスはいったい……なにをされたんだ?」


 心底わからない不思議な能力を使うマリアに動揺が止まらない。


「いやぁ、青春だねぇ。恋よ、恋の病…ププッ」


 なんだその恋のやま……恋の病っ!?


「な、なにを言っているカーラ。ゼルカスが恋って……」


「骨が痛くなるって言ってたでしょ? あれ、スケルトン族の恋煩いなのよ。で、骨が弱くなったのも心が揺れてるから。可愛いでしょ、スケルトン族の恋は」


 終始ニヤニヤしているカーラ。にわかには信じられない俺。


「だって……一四の女の子だぞっ!? あの骨武者いくつだよ」


 俺の知っている限りだと、一〇〇年以上は生きているはずだ。長寿と言うか、不死のアンデットではあるがそれにしてもあんな小娘に惚れるなんて思わない。


「恋に種族と年齢は関係ないでしょ? いや、むしろ障害があるほど恋は燃えるものなのよ」


 魔王と骨の恋……とてもじゃないが笑えない話だ。

 すでに、マリアはゼルカスを心配して医務室へ向かっていた。

 なぜこの小娘魔王は俺を困らせるのだろうか。


「あったま痛い――――っ!」


 とりあえず、全力で叫んだ。



 


 

 



 

 


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