骨が……痛い


「はい、じゃあお口あーんして」


 魔法医のカーラがマリアの口の中を覗き込む。


「おうえふは? あはひはひははふひほへふは?」


 口をあけながら声を出すマリア。


「うん、健康状態は良好。魔王になってからのストレスもないみたいね」


 健康はめでたく保証されたが、同時に小娘の品性のなさも明確になったので、天秤にかけて俺の頭が痛くなり、ストレスは順調に俺の身体を蝕む。


 魔王代行の健康診断は、一週間に一度行われる。魔王にとって一番の敵は病だ。まあ、レジストリア様はそれに見事かかってしまったわけだが、前兆のない不治の病なのでカーラの腕の問題ではないし俺の体調管理不足でも断じてないことを心の中で付け加えておく。


「さっ、腕だして」、とカーラが半ば強引にマリアの服の裾をあげ注射器を取り出す。「ひ、ひうううう」と情けない顔をしながら目をつぶる小娘を見て、再び俺の頭痛がぶり返す。


 注射液から、取り出した血液にカーラが魔法をかけて診療を行う。


「……うん、血液も健康そのもの。健康な女子そのものだよー」


 ホッと胸を撫で下ろすマリアだが、健康状態の血液調査はあくまで口実だ。


「やはり魔王の血を継いでるか? なにかの間違いじゃないか?」


 こそっとカーラに尋ねる。全ての状況証拠は残っていても、未だこの小娘が魔王の血を継いでいることが信じられない。いや、むしろ間違いであったら全て納得がいく。


「……あっ、これ完全に人間の血だ」


「えっ! 嘘だろ!?」


「うっそー! 騙された―」


「……」


 膝から崩れ落ちた。膝から。


「うっ……悪かったわよそんな残念そうな顔しないでよ。ひくわー。さっ、突っ伏してないで早く立って」


 このようにカーラは明るく無邪気に残酷な嘘をつく。


「それにしてもやっぱり超レアな血液よね。研究者としての血が騒ぐわ」


 カーラの灰色の瞳が爛々と輝く。カーラは魔王城の二階に設置されてる魔力研究所の副所長でもある。魔王レジストリアを超えるサンプルに、興奮を抑えきれないらしい。 


「で、お楽しみはまた今度じっくり研究するとして……はい、身体測定するから男性は外へ行ったぁ」


 快活な声でカーラが俺を外へ締め出した。魔法医と宰相では、天と地ほど身分の差があるが、それをあまり気にしない天真爛漫な性分だ。下手すれば魔王にもタメ口を使い、たまにハラハラさせられるがそんなカーラをレジストリア様は気に入っており常にかかりつけ魔法医としてカーラを指名していた。


 そして、女性であるカーラがマリアの近くにいることは彼女にとっては幸運だっただろう。


「……ガト」


 ふと気づくと、スケルトン族の親衛隊隊長ゼルカスが立っていた。


「どうした? 異変か」


 いつになく神妙な面持ちをしているゼルカスに尋ねた。


「いや……実は……骨が痛いんだ」


 こいつほどの強戦士が痛いなどと吐くことはあまりない。


「それは深刻だな。今、カーラがマリア様を見てるから後で――」


「いや! そう言うことではないんだ」


 首骨をブンブン振りまわすバルカス。

 イマイチ、この戦士の意図がわからない。


「怪我ではないとすると、病気……いや、呪いの部類か。どちらにしろカーラの詳しい分野だから後で――」


「だから! そう言うことじゃないんだ」


 この骨武者の言うことがまったく理解できない。


「あらぁ、マリアちゃん。報告書より胸大きくなってんじゃないの!? いいわねぇ、成長期って」


「ちょ、カーラさん。そんな大きな声でぇ」


 医務室からキャッキャ声が聞こえる。


 カーラの奴……仮にも魔王となに戯れてるんだ、と表情で同意を得ようとしたが、ゼルカスは苦しそうに胸骨を握っている。


「骨が……痛い……」


 だからカーラに診てもらえって言ってるだろうに!


「なにかあったのか? 貴様とは長い付き合いだが、話してもらえんとなにもできんぞ」


 そう言うと、ゼルカスはしばらく迷っていたがやがて重苦しく口を開いた。


「その……魔王様を見ると……骨が……痛いんだ」


ふむ、それはあの小娘に特別な力があるということか。俺にはまったく感じないが、ゼルカスのような強力な戦士にはなにかを感じるということなのか。特にゼルカスの重要な部位である骨に影響を与えるほどの力……まあ、骨しかないが。とにかく、なにか期待せずにはいられない。


 その時、マリアが医務室から出てきた。


「あっ、ゼルカスさん。おはようございます。今日も護衛よろしくお願いします」


 そう言って深々とお辞儀をして去っていく。ゼルカスは彼女の後姿を見送りながら、「骨が……痛い……」とつぶやく。


 これは……興味深いな。


「わかった。ちょっとついて来い」


 そう言って、ゼルカスを先導した。


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