ごめんなさい、ガーコイルさん!?


 リアルイン修道院からケンタウロスの馬車で二日走り、ようやく首都ヴォルフコートの街並みが見えてきた。


 ここ魔族一の都市ヴォルフコートは『大陸の贅を全て集めた都』と称されている。

 大陸からあらゆる種族が集まり、交易、劇場、歓楽に至るまでさまざまな交流が行われるまさしく魔族文化の中心だと言える。


 街路にはいたる所にレシウスの花が咲き乱れている。そして、黒曜石を基調とした建物は全て漆黒の色に統一されている。この壮観さは人間の都市で『花の都』と謳われているヴェーレクランテにも負けてはいないだろう。


 もともと、種族の間でも好きな花や色は異っており、再整備案の時に魔族間でさまざまな意見交換が行われた。が、最終的にすべての案を握り潰し、魔王レジストリア様の強権と独断をもってして魔王好みのレイアウトに統一される運びとなった。

 そうした経緯で、独裁を嫌う人間には出せぬほど統一感のあるシルエットが生み出され、代わりに宰相である俺が『なぜ、魔王の独断を許すのだ』という非難をほぼ集中砲火で浴びることとなった。


「そろそろ、城へ到着します。起きてください、マリア様」


 そう言って、壁にもたれて眠っている小娘を揺り動かした。


「ふぁ…」

 

 ――じゃねぇよ。と心の中で愚痴る。

 ここに到着する間、ほぼ不眠不休で『彼女が魔王の子であること』を『彼女が次期魔王であること』を説明させられた。イラつくと、二、三時間怯えて口聞いてくれないので極力優しい口調での説明を余儀なくされ。『ねえ、笑ってください。笑ってくださらないと可愛くありませんよ』などと、一生吐きたくない言葉のオンパレードを使ってなだめすかして、正直地獄だった……で、納得したらしたで即座に眠ってしまうこの神経。レジストリア様の自由奔放さもしっかり受け継いでいることも垣間見え、なんだかもういろいろ最悪だった。


 帰ったら、酒を浴びるように飲もう。


「さあ、着きました……っとその前に」


 馬車内でマリアの頭、耳、お尻を順番に撫でた。


「きゃっ! な、なななにするんですか!?」


 お尻を両手で抑えながらこちらをキッと睨んでくる。


「人間のままじゃなにかと不便です。魔力で比較的人間に近いケットシー族にしました。ケットシー族は姿かたちはほぼ人間ですが、猫の耳としっぽを持ちます。温厚な一族なので、あなたの性格としても疑われる部分も少ないでしょう」


 マリアは魔法で生えた猫耳、しっぽを確認しながらなぜか嬉しそうにうっとりそれを撫でていた。まあ、なにがお気に召したかはわからんが、気に入ったのならなによりだ。

 人間に似た種族も魔族には多い(いわゆるダークエルフなどの亜人族と呼ばれる)。特に城ではさまざまな種族がいるので、宰相である俺と行動を共にしている限りこの変装が見破られることもないだろう。

 

 馬車から降りると、マリアは眼前の光景に圧倒され、「はっ、はわわわわ……」と慌てふためいた声をあげていた。


 ガザージスト城。別名『魔王城』と呼ばれるこの城は、言葉通り魔王が住まう城だ。人間の間で最も美しい城と謳われるシルサル城に潜入したことがあるが、その佇まい、格、優美さ、全ての面で負けてはいないと自負している。都市ヴォルフコートに住んでいるドワーフの職人に委託し、造り上げた巨城だ。


 全ての外壁を最高級の黒曜石で固めており、防衛に拠点としても申し分ない。

 この城の建築を責任者として任されて今でもそれを誇りに思っているが、もう一度同じことをやれと言われたら死んでも拒否する。


 予算の折衝から魔王への提案まですべてに関して引っ張り出されて連続一〇〇日勤務を達成した時は、怒りと笑いと涙が止まらないほど情緒不安定になっていた。魔王の我儘を通し、重臣たちの愚痴や不満を諌め、部下の逃亡を暴力と計略で阻止する。


 思えば……若さゆえにできたことだったと、やはり自分を褒め称えてやりたい。


 城の中に入ると、「……わぁ」とマリアが声をあげた。

 ふっ……この城のあまりの美しさに見とれてしまったのだろう。


「このガザーシスト城はベルリアン紋様の装飾がいたるところに施されております。この黒色で彩られた絨毯は――」


「暗い……怖い……」


 くっ……美を解さぬ小娘が。


「……最上階に魔王レジストリア様がいらっしゃいます」


 よほど怯えているのか俺の背中にくっついて歩くマリア。


「こ、怖い彫刻がいっぱい置いてありますね……悪趣味」


「それ……衛兵のガーコイルですけど」


「ひ、ひいいいいいいっ」


 ……こんな怖がりな子で、この先ショック死しないだろうか。


 ガーコイル族は丈夫な石の身体を持った有翼の人型種族だ。彫刻のように動かず、ほとんど会話をすることがないので城の衛兵としてはこれ以上適任はいない。


「ご、ごめんなさいガーコイルさん。不意をつかれて驚いてしまいました」


 いや謝る必要なんてまったくなく。そして、当然のようにガーコイルは無視する。 

 螺旋階段を昇りながら、これ以上マリアを脅かさないように魔族と会わないような進路をとった。

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