わ、わたしが魔王ですか!?


 そして、タイミングを計ったようにケンタウロスが引いた馬車が到着した。


 ケンタウロス族は下半身が馬、上半身が人間の身体を持つ獣人だ。弓を得意として狩猟を中心に生計を立てている者と、馬車として人を運ぶことを生業としている者の二種類にわかれている。スピードも通常の馬車より早く、なにより両腕が使えるので陸上戦では重宝する魔族だ。


「ひ、ひいいいいいいっ!」


 マリアが叫び声をあげる。どうやら、魔族にはあまり会ったことはないらしい。


「ただのケンタウロスです。危害は加えませんから安心してください」


「そうだぜお嬢ちゃん。これから俺はお前らを運ぶんだ。駄賃は貰ってるがその態度はあんまりじゃないかい?」


 そうケンタウロス族の男はマリアに諭した。


「……すいませんでした。そうですよね、魔族とはいえ礼を失するとはシスター失格でした」


 そう言って深々と頭を下げる。どちらかと言うと次期魔王がそうやすやすと頭を下げる方が問題なのだが。


 マリアを馬車に乗せてケンタウロスは走り出した。どうやら、言う通りにしないと子どもを皆殺しにされると思ったようだ。文句も言わずについてきた。その自己犠牲の精神も、『魔王の命は他のすべてのモノよりも優先される』と言う方針と真逆だ。 そして、たまに通り過ぎるモンスターや魔族を見て「はわわわっ」と怯えている。この怖がりな性格……今後の教育に大きな不安が残る。


「マリア様、あなたにお伝えしなければいけないことがあります」


「は、はい。なんですか? ガトさん」


 どうやら、こちらが危害を加えないことがわかってくれているようだ。怯えながらではあるが話は聞いてくれるようになった。


「あなたは魔王レジストリア様の『血』を受け継ぐ唯一の方なのです」


 マリアは目をぱちくりさせながらフムフムと頷いている。もっと狼狽するかと思っていたが、意外と落ち着いていようだ。


「あの……どういう……ことですか?」


 いや、理解しきれなかっただけか。無理もないが。


「あなたは魔王レジストリア様の『血』を受け継ぐ唯一の方なのです」


「……えっと、ちょっと意味がわからなかったのでわたしから質問させて頂いてもよろしいですか?」


 そう言いながら、すでに顔色には狼狽が見て取れた。すでに言語としては耳に入っているが理解には至っていない状態か。


「どうぞ」


「……わたしが、魔王レジストリアの娘ってことですか?」


「はい」


「魔王って、あの神と新月から月が満ちるまで激闘を繰り広げた末に、敗れて下界に堕とされたと言われているあの魔王のことですか?」


「初代ですな。伝承では」


「……それ以来、神の逆賊として、人間の仇敵として現在も君臨し、聖書に『絶対悪』語り続けられているあの魔王ですか?」


「まあ、人間の聖書なるものにはそう書かれていますな」


「ちょっと……ごめんなさい、少し整理してもよろしいですか?」


「どうぞ」


 マリアはブツブツと独り言を話し始めた。


                   ・・・


「あの……なにかの間違いだと思うのですけど?」


 どうやら一連の葛藤を経た後、そんな結論に至ったらしい。


「間違いではありません。心当たりはありませんか?」


 あえて、そう聞き返してみた。報告書では魔王の片鱗は見られなかった。魔王の強大な魔力が、肉体が、器が、この小娘には全く感じられない。なにか自身で感じていることがあれば、ぜひこの機会に申告してもらいたいものだ。


「心当たり……あっ……いやでも」


 ――なにか……あるのか?


「なんですか? なんでもいいですよ。遠慮なく仰ってください」


 不意に魔力が発現した時があったか。それとも、魔族の戦闘本能が突き動かす事件でもあったのか。


「いえ……大したことじゃ……」


 そう口ごもるマリアだが、やはりなにか心当たりがあるらしい。


「全然構いません。どうぞ」


「その……五年前のことですが……シスタークリスティーナに内緒でリアルイン修道院の外へ出たことがありまして……」


 ふむ、そこでなにか事件があったか。確かに報告書には記されていなかったな。


「それで、外でなにがあったんですか?」


「えっ……それだけですけど」


「……あの、ちょっと言っている意味がわからないんですけど」


「それで、帰ってきてシスターに『あなたはいけない子です! あなたは魔王の子です!』って凄く怒られて。まさか……それが……」


 ……この小娘が魔王の子なんだろうか。この報告書はすべてなにかの間違いじゃないだろうか。


「それは、まったく関係ありません。それは、本当に大したことない出来事です」


 むしろ、『大したことない』という表現がこれ以上ふさわしいエピソードを俺は思い浮かばない。そして、俺の言葉を聞いたマリアは安心したようにホッと胸を撫で下ろした。


「なら! 全然、心当たりはありません。やはりわたしは人間で――」


「いえ、間違いなくあなたは魔王の子です。証拠もあります」


 そう言って、使い魔ティナシーが書いた膨大な報告書をマリアの前に並べた。


「これ……は?」


「あなたが生まれた日からの成長記録を、ここに記しています。毎日、その状況を使い魔に見張らせていました。ここまでするのも、あなたが魔王の娘だからです。間違いなどはあり得ません」


「……」


 マリアは震える手で、その報告書に目を通す。そうしているうちにどんどん顔色が悪くなっていく。


「で、でも! わたしが仮に魔王の娘だったとしても! 出自は関係ありません。神は……神は……人の出自で差別したりは――」


「あの……それでですね。次期魔王をあなたにやって頂きたいと」


「……へっ?」


 阿呆そうな相槌をうつマリア。


「神の逆賊として、人間の仇敵として現在も君臨し、聖書に『絶対悪』語り続けられているあの魔王にですか? わたしがですか?」


 わかりやすく伝わるように大きく深く頷いた。


「……ちょっと待って下さい。もう一度確認させてください」


 どうやらあまりの出来事で理解を超えていたらしい。同じことを同じ様子で尋ねてきた。

 それから、もう三回同じやり取りを行った後、


「ひえええええええええええええええええっ! 私が魔王ですか―――――!?」


 馬車内にマリアの大きな叫び声が響き渡った。


 

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