今、魔王に会いに行きます

 五階建ての最上階は魔王が生活、執務などを行う空間になっている。中央が玉座の間だが、そこを通り過ぎて魔王の寝室に向かう。


 部屋にノックをするが、応じる声はない。さすがに今の時間寝てはいないと思うが。


「えっ!? 返事もないのに入るんですか」


 ドアを開けようとすると、マリアがおびえた様子で裾を引っ張ってきた。


「そんなの待ってたら日が暮れますよ」


 魔王の予定はつねに把握している。それにレジストリア様は面倒くさがりなので、むしろ入ってきて欲しくない時に返事をする。律義で礼儀正しい重臣は返事がするまで待つが、こんな気まぐれな性格のお人に付き合うほど俺は暇ではない。


 部屋に入ると、レジストリア様は机で書き物をしていた。


「おお、ガト。帰ったか。それに……マリアだな」


 そうレジストリア様は背中に隠れていたマリアの方に視線を移す。

 呼ばれた本人は顔を真っ赤にして背中から一向に出てこない。


 まったく、なにを照れているんだか。


「隠れてないで出てってくださいよ」


「ちょ……まっ、まだ心の準備が……ああっ!」


 半ば強引に背中から追い出すと、マリアはレジストリア様と正面で対峙する形になった。未だどういう態度を取っていいかわからないようで、視線を下にしてうつむいていた。


「……すまんな」


 レジストリア様は立ち上がって、マリアの頬に手を当てた。それが、なにについての謝罪なのか。急にこんなところまで連れて来たことなのか、一四年間一度として会うことがなかったことなのか、そもそも彼女の血に人間の忌むべき魔王の血が入っていることなのか。


 いや、おそらくはそのすべてなのだろう。


 マリアはそれについてはなにも答えなかった。ただ、魔王レジストリア様の姿をジッと眺めていた。


「……驚きました。もっと……こう……人とは違った姿を想像していたものですから」


 これ以上の皮肉はないが、魔王レスストリア様のお姿は人間と酷似している。初代魔王はそうではなかった。初代魔王であり、最古の竜族アークドラゴンが人ではなく竜の姿をしていた。それが、多種族と交わって子をなすたびに、どんどんその姿は人に近づいて行ったと伝えられている。


 部下にはもちろん人型でない魔族もいるが、レジストリア様の前では魔力で人型になる者も多い。それは、絶対君主である魔王への気遣いであり信頼の証である……と共に、その姿では玉座の間に収容しきれないもしくは存在感が魔王以上になってしまう場合があるのでその魔族にお願いして、という裏事情も少し。


「お前は……テレサによく似ておる」


 レジストリア様は、マリアの頬を軽く撫でてほほえんだ。


「……母は、どんな方だったんですか?」


 マリアの母親は、彼女を出産したときに亡くなっている。それから、リアルイン修道院に預けられ一四年の時を過ごした。


「テレサは……太陽のような女だった。気丈で……おおらかで……もう、あれ以上に誰かを愛することはないのだろうな」


「……ありがとうございました。その言葉を聞けただけで、ここに来れてよかった」


 そう言い残してマリアは部屋を出ていった。


「なにを書いておられたんですか?」


 レジストリア様の机の上に書かれていた羊皮紙の方に視線を移した。


「……遺言状だ。と言っても残す言葉は一つだがな」


 そう言ってレジストリア様は笑う。


「本当にマリア様を魔王にさせるつもりですか?」


「不足か?」


「かなり!」


 力いっぱい頷いた。今のところ、魔王に足る要素は一つとして見当たらない。


「なんとかせよ」


 ……いつも通りの無茶な命令だ。頭痛くなってきた。

 ムカついたので返事はしてやらなかった。


「あまり……時間はないのでな」


 ボソッとレジストリア様はつぶやいた。

 あと、三ヶ月の命……か。魔術医カーラの見立てはほとんど狂ったことはない。これが、恐らく最後の願いになることはまず疑いようはないだろう。


「やれる限りのことはやりますよ」


 そう言い捨てて部屋を出た。「できる」とは、言わなかった。その言葉が今の自分の気持ちを如実に表している気がした。今のところ彼女に見込みはない。無理やり魔王にさせて宰相と言う座に固執することも性分ではない。だから、できる限りのことをやり、できなかったらあきらめる。そう考えたら、少し気が楽になった。


 マリアは外に飾ってあった一枚の肖像画の前にいた。数ある肖像画の中で、レジストリア様が唯一欲した一枚の絵画。彼女はそれの前で涙をこぼさぬように顔をあげていた。


「ガトさん……あの人の……お父さんのために何か私にできることはありますか?」


 マリアは震える声でそう尋ねた。


 彼女は、こうして、魔王になった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る