細かすぎる巨人

【巨将ギルガン】


 巨人はおおらかで温厚。同じく、大きく雄大な山々を愛し、細かいことは気にしない性格。世間ではそのような風評が流れてしまっているが、それは一般論であって俺は違う。会合や約束には、最低でも約束の三〇分には到着せねば気が済まないし、そもそも到着するのが不安でさらに三〇分前に出発する。


 だから相手が、五分遅れれば俺にとっては一時間五分の遅刻。一時間遅れば、俺にとっては二時間遅刻だ。


 もちろん、それは俺が一時間前以上に到着するからである。しかし、約束の時間に到着しない者、それはそいつらが悪い。「五分くらいの遅刻じゃないか」、かつてそんなことを吐いた友人がいたが、「バカ野郎! 五分三秒の遅刻だ」と言ったときはなにも言わずに俺の元を去って言った。それ以来、その友人とは会っていない。


 結局、なにが言いたいかと言うと……遅いっ!

 玉座の間で待ち続けて二時間が経過した。「待つ」とは宣言したものの、待つのは大嫌いだ。


 己の分はわきまえているつもりだ。俺はあくまで家臣であり、新たな魔王に仕える立場だ。家臣ならば王を待たねばならぬ……それはわかっている。

 しかし、しかしだ。俺は事前に使者を派遣し、この時間に来ることを伝えておいた。それから一時間以上過ぎているのだ。


 それは、いくら魔王でも礼を失しているのではないか。いや、それより我ら五覇将を軽んじているのではないか。

 その点、レジストリア様は素晴らしかった。臣下の我らにも礼をもって接して下さった。このように無意味に待たせるようなことをしない。


「何をやってるのだろうな」


それとなくガト殿に聞いてみる。


「……心労が貯まっているのかもしれんな。なんせ、魔王代行を務めて二日目だ」


「二日程度でか? 大した魔王だな」


 そう言うと、ガト殿はバツの悪そうな表情を浮かべた。その態度もらしくないと言えば、らしくない。ガト殿もまた、時間や礼儀を軽んじはしない性格だ。

 それだけ今度の魔王代行が問題児だということか……


「ガト殿、魔王とはどんな方なのだ?」


「ど、どんな方!? うーむ……」


 まるでかつてない難問をぶつけられたかのように悩みだす。ガト殿をそれほど悩ますほどに掴めない魔族柄なのか。


 一五分ほど、悩んだ末にガト殿が絞り出すように答える。


「……おおらかな方だ。非常におおらか」


「おおらかさ……だらしなさと一緒にされては困るが」


「……ごもっとも」


 部下にこのような苦言をさせるとは、ろくな魔王ではあるまい。


                    ・・・


 さらに、一時間が経過……遅すぎるっ!


「時間とは約束。そして、約束を守れん者はろくでもない。そうは思わんか?」


「……ははっ」


 これ以上ない愛想笑いを浮かべるガト殿。


「そ、そうだギルガン殿。やはり一度席を外してはどうかな? 魔王が来そうならばすぐに呼ぶから」


「……そうか、わかった」


 最早、こんな約束の守れぬ魔王に忠義を尽くすつもりはない。しかし、愚鈍な主君がどんな顔をしているか拝んでやるのも一興だろう。


 玉座の間から出ると、魔王親衛隊隊長ゼルカスが憮然とした表情で立っていた。このスケルトン族の剣豪とはいくたび刃を交えたかは数えきれない。


「相変わらず、辛気臭い顔してるな」


 反射的に喧嘩仲間特有の嫌味が口から飛び出す。


「貴様に骨の表情を読み取るだけの知識があるとは意外だ」


 すぐにこうして嫌味を返してくるのも、長年好敵手として、仲間として戦い続けた所以だろう。不思議と不快さは感じない。


「ゼルカス。お前が浮かぬ顔をしている理由は魔王のことだろう?」


 その指摘に、ビクッと骨を揺らすゼルカス。


「ギルガン……あの方を見てどう感じた?」


「いや、いなかった。事前に訪問の通告をしていたのにも関わらずだ」


「そんなはずは……」


「いなかったものはいなかったのだ! 貴様も約束も守れぬような魔王でさぞや気苦労が絶えないだろうな」


 そう言うと、ゼルカスから異様な殺気が放たれた。


「ギルガン、貴様があのお方への礼を尽くさぬような態度をとるならば……俺は貴様を許さん」


 かつてないほどの殺気……今までのいくたびの決闘においてもこれほどのものはなかった。ゼルカスにとって新参魔王とはそれほどの存在だと言うのか。


 しかし、


「俺は俺の判断で行動する。約束も守れぬ者などは信用するに値せぬ」


「貴様……」


 そう唸るゼルカスに背を向けて歩き出した。いくら敵に回す発言をしたとしても、背後から襲うような卑怯な輩ではない。


 城の四階には五覇将専用の部屋がある。巨人用のサイズの椅子や机、ベッド。すべて、レジストリア様に用意してくださったものだ。このような気遣いができるような者は、細やかな配慮ができる為政者に決まっている。


 椅子に腰かけて、常備されていた葉巻に火を通す。

 二度とここで過ごすことはないだろう。ゆっくりと、楽しませてもらう。


 その時、部屋にノック音がした。


「ギルガン殿、魔王が貴殿に……どうしてもお詫びをしたいといらっしゃっているのですが」


 ガト殿が不本意そうな声で告げてきて、思わず乾いた笑みが漏れる。魔族の王たるものが、そうやすやすと他者に頭を下げるとは。しかも、己の至らなさを詫びるために? バカな。王が頭を下げる時、それは常に魔族のために決まっている。それ以外に、頭を下げるのは自らが無能だとのたまうに等しい。


 なにも答えなかった。あまりの失望感でもはや怒りすら感じない。やるべきことはあと一つ。この愚王がどんな面をしているのかを拝んでやることだけだ。


「し、失礼しますっ!」


 ドアを開けて入ってきた姿を見て、思わず息が止まった。


 その柔らかそうな猫耳としっぽでケットシー一族の血をひいていることはわかった。しかし、少し丸みを帯びた形の良い輪郭がその柔和な顔立ちをひきたたせる。透き通るような白い肌、くっきりとした二重に大きな目はライトグリーンに輝く瞳を優しく包み込む。そして……なにより桃色のミディアムヘアが、この殺風景なこの部屋に一輪の可憐なガーバナを咲かせたようだ。


「……かわいっ……ごほっ、ごほっ……」


 ば、バカな俺は! なにを言おうとしているのだ。


「だ、大丈夫ですか!? お風邪でもひかれているんですか」


 心配そうに駆け寄って俺の足に触れる少女……な、なんだ心臓に巻き起こるこの鼓動はっ!


「だ、だ、だ、大丈夫だ。きょ、きょ、きょ、巨人は、か、か、か、風邪をひかん」


 な……なんだこの普通にしゃべれない感じは。


「まあ! お強いのですね」


 キョトンと笑顔を合わせたような表情に思わず胸が疼く。いったい、何者だこの娘は!


「そ、そ、そ、そんなことより魔王は……」


「あっ、申し遅れました。わたしが魔王代行を務めさせていただいているマリアといいます」


 そう言って深々とお辞儀をする少女。


「あ、あなたが……魔王……」


 そんな馬鹿な……この可憐な――じゃなくて、弱そうな少女が魔王?


「ガト殿、本当か!?」


 ひきつったような笑みを浮かべてガト殿は首を縦に振った。


「さきほどはごめんなさい。玉座の間でわたしが起きるまで待っていてくださったのでしょう? 本当に失礼な真似を」


 言うんだギルガン! 約束を守れぬ王など、我が王じゃないと。そう言って、席を立って城を後にするんだ!


「……別にいい」


 なーんだその答えは! なぜ、はにかんだ表情をしてそっぽ向いて答えるギルガン。


「ありがとうございます。やはり、お話に聞いていた通りお優しい方なので安心しました」


「……それほどでも」


 なーんだその答えは! しかもなんだこの満たされたような嬉しさは。先ほどはあんなに不愉快だったこの気持ちが嘘のように満ち足りているではないか。


「こんな至らない魔王で申し訳ありませんが、今後ともよろしくお願いします」


 そう言って深々と頭を下げる魔王マリア様。


「……こちらこそ」

 なーんだその答えは! しかし……しかし……この気持ちはぁ! この気持ちはぁ!


 結局、この日はベッドでずっともやもやしていた。


  



 




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