五覇将


 魔王の仕事とは人間との戦いの指揮を執るばかりではない。寧ろ、それは執政の一割にも満たない。内政、各部族との諍いの仲裁や連携、エルフ族、ドワーフ族との外交などやるべきことは多数ある。特に各部族は魔王にとっての忠実な手足。彼らに魔王と認められなければ、真の魔王とは言えない。


「……そうですか。じゃあ、その部族長さんたちに認めて貰うことが重要なんですね」


 そうマリアが元気よく頷く。

 絶対にわかっていない……そう確信し思わず大きなため息が漏れる。


「大陸には五つの地域にそれぞれ各部族長を統括する『五覇将』と呼ばれる存在がいます。彼らからの信頼なくして執務など行ってもそれは所詮形だけのものとなります」


 説明しながら最早マリアの脳がパンク状態であるのが見て取れたのでこれ以上の説明はしなかった。

 翼将キリーヴァ、巨将ギルガン、竜将バロッサ、魔将シルヴァ、海将リヴァイア。各々が各地域の実質的な自治を執り行っている。

 巨将ギルガン、海将リヴァイアは魔王に従順な部下である。魔王が交代したと知れば、ひとまずは従うだろう。問題は、翼将キリーヴァ、竜将バロッサ、魔将シルヴァの三将だ。奴らは心から魔王に忠誠を従うような者たちでは無かった。隙あらば魔王を亡き者にし、取って替わろうとする野心深い者たちばかりだ。彼らをどう御して、使役して行くのか。それなくば、真の統治などあり得ない。


「ガト様! 五覇将のうち一将が謁見の申し出をしております」


 ティナシーがいつものように突如出現し、報告をする。


「巨将ギルガンだな」


 その問いにティナシーは頷く。

 ギルガンはギガース族という巨人族の代表格の部族長である。性格は一本気であり、忠義に溢れた熱い部族である。魔王代行という情報が入ればいの一番に馳せ参じるであろうことは、十分に予想できた。


 ズシン……ズシン……

 相変わらず大きく響く足音が聞こえてくる。


「はわわわっ」


 ……もはや貴様のその反応、聞き飽きたわ。いい加減慣れろよ。


「ギルガンは非常に礼儀正しい巨人です。暴力的な真似は決して致しません。大きな巨体ではありますが、その外見だけで恐れてしまっては、あまりにも可哀想ではありませんか?」


 あくまで優しくマリアをそう諭した。


「……そ、そうですよね。魔王であるわたしが、みんなを怖がってしまっては、魔王失格ですよね」


 そう、何度も何度もブツブツ己に言い聞かせるマリア。


 ドンドンドン!

 ……相変わらず無作法なノック音だ。玉座の間にノックするなど巨将ギルガンくらいのものだ。


 かつて、この巨人は西方の地域にかけて暴虐の限りを尽した。固有の領土を主張し人間にも魔族にもエルフにも屈することはなかった。


 やがて、魔王レジストリア様との決闘に負け軍門に降ったが、その強靭な肉体と物理的な破壊力は魔王をも凌ぐと言われている。その過去の経歴、粗雑な面から暴力的だと思われがちだがまったくそんなことはない。むしろ、弱き者に優しく忠義堅い巨人である。


 五覇将の中では一番取り込みやすい陣営ではあるが……さてどうする――気絶してんじゃねーよチクショウ。


「おいっ! おいっ! 起きてください……起きろって。前もって注意しといたのに……あんた何回気絶すれば気が済むんだよっ!?」


 何度も何度も揺り動かすが、やはり気を失っている。大きな音が鳴るだけで気絶するとは、どんだけ怖がりだこの魔王は。


「急いで魔法医カーラを呼んでこい」


「はっ!」


 ティナシーは歯切れのよい返事をして姿を消した。


 ドンドンドン!


 けたたましいノック音が再び響く。


 こんな情けない君主の姿は見せられない。急いで小娘を玉座の後ろに運んで隠して、扉を開けた。


 そこには、相変わらずの巨体がそびえ立っていた。二〇メートルほどの巨大さを誇るギルガンだが、今は魔力で三メートルほどの大きさになっている。


「すまない。少々手違いで、魔王はまだこの玉座の間に来ていないのだ」


 それを聞くと巨将ギルガンは少し不満そうな顔をした。


「……むぅ。せっかく全力で駆けつけたと言うのに。まぁ仕方ないから、ここで待たせてもらうとしよう」


 無遠慮に部屋の中を進み、豪快に座り込む。


「い、いや。ここでは、せっかく来てくれた貴殿に対しもてなしができん」


 なんとかこの玉座の間から追い出そうとしたが、


「なにを言う! 魔王が参るまで待つに決まっているだろう」


 と取り合ってくれなかった。まさか、玉座の間で気絶している小娘が魔王だとは言えない。


「ちょっと……魔王は……来ないかもしれないぞ……もしかしたらだが」


「バカな。俺は玉座の間で待ち続けるぞ」


もう……どうにでもしてくれ。




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