ブンドドと言う男
【ゴブリン族族長ブンドド】
玉座の間の外の廊下に飾られていた大鏡を見て、思わずため息をついた。いつのまにか、こんなにも歳をとっていたのか。久しぶりに見た自分の顔にはいくつものシワがあり、上に立ち、上に気づかう者の苦労が滲み出ているような感じがした。そこに現れているのは恐怖と緊張の表情。しかし、普段は謁見など敵わないような身分なのだからそれは仕方ないように思えた。
その時、突如小柄な使い魔が出現した。この玉座の間の前まで案内してくれたティナシーと言う上位魔族だ。
「本日の謁見は、魔王ではなく魔王代行が行います」
この上位魔族の宣告に冷や汗が噴き出してきた。 一週間かけて、はるばるこの魔王城へやって来た。今回は、たび重なる不作で……魔王に献上するリコの実が準備できなかった。なんとか期限を延ばしてもらうよう直談判しに来たのだが、トップが変わることで、どのような影響があるか。
魔王レジストリア様は稀にみる名君である。その魔族の風評にすがってここまで来た。それが、得体の知れぬ魔王代行になってしまったのだ。
「その……ティナシー様。魔王代行とはどのようなお人で?」
「……魔王レジストリア様が『沈黙の名君』だとすれば、魔王代行マリア様は『残酷な暴君』とでも言っておきましょうか」
満面の笑みでティナシーと言う魔族が答えた。
残酷な……暴君!?
「では、扉を開けますよ」
「ちょ……まっ……心の準備が――」
言い終わる前に扉が開いた。
そこには小柄なケットシーが玉座にチョコン、ノホホンと座っている光景だった。
これが……残酷な暴君……
震えと緊張が止まらない。魔王レジストリア様のお姿は一〇年前西方制圧の凱旋パレードでお見かけした以来だ。その時の圧倒的な威圧感と精悍なお姿は雄の自分でさえ見惚れるものだった。
しかし……この魔王代行様のお姿はどうだ? まるで、威圧感を感じない。精悍さなど微塵もない。ただ、ニコニコ笑顔のマスコットキャラではないか。
恐ろしい……むしろ逆に、恐ろしい……
し、しかし! 俺には後ろに五〇の村民の生活を抱えている。怯むわけにはいかん……いかんのだっ!
「魔王様! 一つ申し上げたきことがございますっ」
玉座の間全域に響き渡る気合いで叫び、跪いた。
「実は……今月上納するはずだったリコの実が……不作のため……その……」
緊張しながらチラリとマリアの方をうかがった。
ブルブルブル……魔王様は震えながら険しい顔をしてこちらを睨ていた。
めちゃめちゃ怒ってるー!
瞬間、冷や汗が噴き出してきた。絶対に許されない……下手すればその場で捕縛……いや、投獄まで。
しかし、出せないものは出せない。ない袖は触れないのだ。たとえ、投獄の憂き目にあってもなんとか村民だけは――そう覚悟を決めた。
「上納することが出来ません、大変申しわけありません」
言いきって顔面を擦らんばかりに土下座した。
「か、顔をあげて下さい。わたしは全然怒っていませんから」
その声は、非常に優しく柔らかかった。
「本当ですか!?」
あまりの嬉しさで思わず叫んでしまった。思わず顔をあげて魔王様の表情をうかがうと、
ブルブルブル……魔王様は先ほどより身体を震わせ険しい顔をしていた。
こ……殺される。
「そこで! 代わりに私の家宝を献上します!」
急いでそう弁明するが、相変わらず震えながらこわばった表情を崩さないマリア。
「そ、そ、そんなものいただけません!」
これだけは足りないと―!?
「それに加えて、我が一族の秘宝を差し上げます。どうか―! どうかこれで―!」
「わ、私、ぜ、全然怒ってませんから」
嘘つけ―! 怒ってない奴がそんな険しい表情するかー!
「頼みます! どうかー! どうか殺すのだけはー!」
そう言って何度も何度も頭を擦り付けた。
その時、そばに控えていた宰相ガト様の重苦しい声が響いた。
「……表をあげろ。魔王マリア様はお眠りになられた」
]
ね、眠った……だと!?
恐る恐る顔をあげると、確かに玉座の間で熟睡なさっているお姿があった。
な……なんという破天荒な魔王様だろうか。
「この件、宰相の俺が預かろう。家宝を置いて下がるがよい」
「ははぁ……ありがとうございました。で、では失礼いたします」
そう言って玉座の間を逃げるように後にした。
伝えねば……魔王代行の恐怖とその破天荒ぶりを……
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