茶番ばバンバン

【宰相ガト】


 翌日、小娘魔王、魔将シルヴァと共にカンタルオ村に訪れた。昨日の夜はシルヴァの監視のせいで、何の根回しもできなかった。もはや、為す術はない。

 悪評ほど早く広まるものだ。魔王がひとたび失態を犯すと、瞬く間に大陸に響き渡る。それは、魔族にも人間にもエルフにも同様に。魔将シルヴァはすでにその悪評を広める準備をしているのだろう。

「ど、ドキドキします」

 そう胸に手をギュッと当てて歩くワンピース姿のマリア。旅行気分の小娘魔王に、もはやろくでもない予感しか感じない。

「そう言えば……巨将ギルガンの様子が見当たりませんなぁ」

 魔将シルヴァが勝ち誇ったようにつぶやく。

 確かに……魔王城で吉報を待っているのか、それとも魔王マリアに失望してギガース族の里へ帰って行ったのか……あの世間知らずの一言はあまりにも致命的だった。

その時、


 ズシン……ズシン……ズシン……


 巨将ギルガンが息をきらしながら走ってきた。

「はぁ……はぁ……すまない、遅くなった」

「……珍しいな。時間に厳しい貴殿が」

来てくれたということは、まだ完全には見放していないということだろうか。しかし、その中途半端な馳せ参じ方が気になった。

「べ、別に約束していた訳じゃないからいいだろう?」

 ま、まあそうだが。しかし、なぜ顔を赤らめさせるのだろうか。

「ギルガンさんも来ていただいたんですね。心強いです」

小娘魔王は能天気に満面の笑顔を向ける。

「……別にあなたのために来た訳じゃない」

 そう言って蒸気をあげてそっぽを向く。

な、なんなんだそのはにかんだ感じは。そして、その奇妙な違和感と共に、これから起こる奇妙な出来事が巻き起こっていくこととなった。

 


 パッパラーラーラー パッパラーラーラー


 突然のラッパ音が鳴り響いた。

な……なにごとだ!?

刹那、マリアの前に立って警戒体制を取る。この村に俺や五覇将を出し抜いて攻撃できる人間がいるとは思えないが、備えるに越したことはない。

前方を確認すると、ラッパを鳴らしながら大勢の村人、そして勇者アルターと思われる男が全力の笑顔を浮かべて歩いてきた。

彼らは、俺たちの一○メートルほど前に立って再び軽快にラッパで曲を演奏した。そして、勇者アルターはその音楽に合わせて軽快なダンスを踊りだす。

「オー♪ マーリーアー♪ オー、マーリーア♪ よーこーそー♪」

「スリー、トゥー、ワンッ」

 タンタンタタンタンタンタタン

「ようこそ魔王、魔王様♪ 俺は勇者アルターです♪ そしてこちらがカンタルオ、村のみんなでございまーす♪ 遠路はるばるハルバルーン♫お越しいただきすいませーん♪ うれしうれしいうれししい♪」

 音楽にノリながら、一緒になって村人たちが、勇者アルターに合わせて踊りだす。

 ……いったい、何が、起きているのだ。何を見せられているのだ俺たちは。チラリとシルヴァを確認するが、俺以上に呆気に取られている。

それでも、軽快なステップで爽快な音楽で快活な歌声が青空に響き渡る。

殺す……か?いや、それは早計か。


                 ・・・


 一五分後、謎の儀式は終了した。

「はぁ……はぁ……どうでしょうか?」

思わず顔を見合わせる俺とシルヴァ。どうって言われても、この儀式が何なのか皆目検討がつかない。

「えっと……はい、ご丁寧にありがとうございます」

 キョトン顔でお辞儀をしようとする魔王を勇者アルターが必死に遮る。これは、果たして丁寧なのだろうか。

「ど、どうか頭など下げないで下さい! 私たちは畜生でございます。さあ、そんなことより交渉の準備が出来ましたのでどうぞこちらへ」

 そう言って勇者アルターは歩き出して先導する。

「えっ……そんな……は、はいっ……」

 戸惑いながらついて行くマリア。

……なんとなく、なんとなくだが読めてきた。俺以外の誰かが先回りして、この村の人々や勇者アルターに何かしたのだ。シルヴァも同じような結論に至ったようだが、どうも俺の手引きだと思ったらしく、これ以上ないくらいこちらを睨んでくる魔将シルヴァ。

 いや知らんて。俺、知らんて。


 入ったのは、村長の家。そこには、人間の世界ではご馳走であろう食事の数々が並ぶ。勇者アルターと村長はマリアをそのご馳走の真ん中に座らせた。

「本日は私たち畜生共のため、はるばる足をお運びいただき本当にありがとうございました」

いきなり全力の土下座をする村長と勇者アルター。

「いえ、そんな畜生だなんてーー「いえ、私たちは畜生でございます!」

かぶせ気味に村長が叫び、勇者アルターが「その通りでございます、その通りでございます」とイッた目をしながらブツブツつぶやく。

しばらく戸惑いの表情を浮かべていたマリアだったが、やがて意を決したように話をきりだした。

「……その、実はお話ししたいことと言うのはゴブリン族との争いのことで――「はい、わかりました、撤退します」

またしてもかぶせる村長。「その通り、その通り」とブツブツ賛同するアルター。

「そう、どうか撤退して――えっ? しま……す?」

 再び、キョトン顔で問い返すマリア。

「ええ、すぐさま撤退させて頂きます。大変申し訳ありませんでした。そして、お詫びにありったけの食料なども贈らせて頂きます」

 そう言いながら深々とお辞儀をする村長。

「ほ、本当にいいんでしょうか?」

 あまりのトントン表紙展開に再び問いただすマリア。

「もちろんでございます。いえ、是非ともそうさせてい下さい。我ら魔王様の前では私たちなど畜生同然でございますから」

「いえ、そんなことは――「いえ! 畜生、畜生でございます!」

 村長は大声で連呼した。「そう、私たちは畜生……畜生……」とつぶやく勇者アルター。

「ひっ……わ、わかりました。とにかく、撤退頂けるんですね?」

「はい! 本日はお越しいただき本当にありがとうございました。お土産にわが村の特産であるリトラウ人形をどうぞ」

 そう言って、民芸品の人形を山ほど受け取った。

「……わぁ、可愛い。どうもありがとうございます。よくできてますよねこれ」

どうやら小娘魔王のお気に召したのか、丁寧にお礼を言って瞳を輝かせながら人形を眺めるマリア。

「ええっと……はい。これ、シルヴァさんの分。この綺麗な人形は、あなたの綺麗なお顔に似ているでしょう?」

……ある意味、この小娘は天才だと思う。

 そして、さっき以上に魔将シルヴァがこれ以上なくこちらを睨んでくる。

 だから、知らんて。俺、知らんて。


 戸惑いながらも家の外に出ると、建物に入れず外で待っていた巨将ギルガンがいた。

「いかがでしたか交渉は?」

「えっと……はい、撤退していただけるようです」

「おお、さすがは我が魔王だー。よもや、武力なしで交渉をまとめられるとはー!」

 そう高らかに吼えるギルガン……まるで何かの合図かのように。

 こいつの仕業か……しかし、なぜ?


 パチパチ……パチパチパチパチ……


 村民たちから巻き起こる満面の拍手。

 な、なんなんだこの茶番は。


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