聖母な魔王様!?

花音小坂(旧ペンネーム はな)

一四年前……これが大事



 話は今から一四年前に遡る。


                          *


「ガト……我は子ができたようだ」


 その一言から始まった。

 魔王レジストリア。大陸の魔族を支配していた絶対的権力者。その莫大な魔力に加え、鋼より遥かに硬く、屈強な肉体を持つ最強の生物。そして、我が上司であるお方から発せられた衝撃的一言。


「……おめでとうございます」


 その報を受け、震える声で喜びを噛み締めた。

 レジストリア様の最大の不安事項は世継ぎがいないこと。日々子作りに励んではいたが、未だに子宝には恵まれてはいなかった。魔族の政務を統括する宰相である俺にとって、それが頭痛の種だった。

 しかし、もう安泰だ。次期魔王がスクスク育ち、立派な魔王となれば晴れてレジストリア様は引退。それと共に、宰相というポジションを嬉々として若手に譲って悠々自適な生活に入ることができる。

 辛かった……振り返れば走馬灯のように今までのことが蘇る。

 ガザーシスト城(通称魔王城)建設納期を守るためにオーガたちを連続不眠不休で働かせて反乱喰らったり。フラッと遊びに行かれるレジストリア様への謁見待ちの愚痴を散々聞かされたり。あの方が出した命令なのに、「知らん」とトボケられて全部俺のせいになって全魔族から総スカン喰らったり……ホント、吐くほど辛かった。 『白髪の大悪魔シルバーイーヴル』と謳われた俺の髪が黒く戻らなかったのは多分……いや絶対にストレスによるものだ。

 このポジションを譲れるのなら、己の財産の半分ぐらいならオプションでつけてやる。


「いったいどの種族ですか? ドラゴンですか? オーガですか? デーモンですか?」


 そう問い詰めると、なぜかレジストリア様は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「……人間だ」


 その言葉を聞いた瞬間、膝から崩れ落ちたのを覚えている。あまりにも衝撃的であまりにも失望的で、あまりにもなそのセリフ――ふざけんじゃねぇよっ!


「あんた……阿呆ですか!?」


「き、貴様魔王に向かって――」 


「魔王だから怒ってんですよ! 正気ですか!?」


 この世界で人間は魔族、エルフと共に大陸を三分する敵である。今、この瞬間にも魔族と人間は、互いに仇敵として血を血で洗う争いを繰り広げている。もしも、『魔王と人間が交わった』と、まして『子を宿した』なんてことが漏れれば、各地から反乱が相次ぎ、王座の陥落すらもあり得るほどのことだ。


「障害は多ければ多いほど、燃えるであろう」


 こちらの心配をよそに、魔王は不敵に笑った。そんな我が王をみていると、頭が痛くなって胃がキリキリ痛む……ああ酒が欲しい。

 我が魔王はこんな奔放で自由な王なのだ。だからこそ、この男に長年仕えてきて、そしてすぐにでも宰相をやめて引退したいのだ。


「……とにかく、あとの処理は我らにお任せください。おい、ティナシー」


 使い魔のデーモン、ティナシーが俺の肩に出現した。

 デーモン族は漆黒の翼、額に大きな角を持つ人型種族だ。聖書なるものにおいて人間には悪魔と呼ばれ、堕落の対象、またかつて神に追放された堕天使として悪の象徴として恐れられているが、魔族の中では単に一部族に過ぎない。大きさも個体によって様々で、俺のような人間大のデーモンもいるが、ティナシーのように掌サイズのデーモン(通称タイニーデーモン)も存在する。

 そして、彼女は直属の部下だ。戦闘能力も決して低くはないが、こと情報収集、処理能力においては魔族でも有数の実力を持つ。宰相業務の補佐、諜報、折衝、あらゆることにおいて要の存在である。


「今の話を聞いていたな? 見張れ」


「はっ!」


 そう返事をし、ティナシーは闇へと消えて行った。


「わかっているとは思いますが……もう、会えませんよ」


 魔王が人間の妻と娘に会い、家族として時間を過ごすなど許されざることだ。


「覚悟はしておる……」


 そう答えたレジストリア様だったが、その表情は硬かった。


「お気を落とさずに。しかし、もっともっと子作りに精を出していただかなくては」


「……う゛ーむ゛、ちなみに今日は?」


「ゴーレム族族長の娘ゴレムでございます」


 魔王の婚姻制度は一夫多妻制だ……いや、多妻と言うには少し語弊があるか。子作りは、いわば政治だ。より強力な魔王の子孫を残さねばならぬ故に、強力な部族長の娘と夜伽が責務となっている。当然、そこに愛情などはない。


「う゛ーむ゛……あの娘は……硬いからなぁ……う゛ーむ゛……」


 んなもん知るか、と心の中で斬り捨てる。

 その立場には少し同情するが、こうなった以上容赦はできない。密かに、日々の子作り計画を週二から週四に帰る決心をした。もし仮に、このまま魔王の子が生まれなければ、人間の血をひいた魔王の子が魔王第一候補として躍りでる。その時点で領土は割れ、群雄割拠の時代に突入することは明々白々だった。


 はぁ……頭痛くなってきた……掌で額を抑えながら思わず深いため息が出た。


                          *


 だから言わんこっちゃないんだよチクショウ。


「ゴホッ、ゴホッ……なんか言ったかガト?」


「いえ! で、どうするんですか!?」


「……なにがだ」


 あんたが不治の病に侵されて余命三ヶ月であんたの子が人間との間にできた子しかいないことだよバカ魔王――とは当然だが言えない。

 余命は残り三ヶ月と言うのは、同じくデーモン族である魔術医カーラの見立てだ。

 選択肢は二つ。魔王の子を殺すか、擁立するか。レジストリア様に子がいないとされている現在、王位候補は竜族とデーモン族の血を色濃く受け継いだ混血。魔王の外戚に当たるヴィヴィアンだろう。

 彼女が魔王候補……思わずため息が出てしまう。現在の魔王の血筋から最も近いが、魔力の資質は比べるべくもない。


 魔族の強さは血の多様性が重要な要素となる。それは、魔力の根源が才能や努力ではなく『血』であり、それこそが強さを決定づけるものだからだ。様々な種族が混ざることで種族特有の能力を引き出すことができ、弱点もおのずとなくなっていく。


 そして、様々な交配を経て様々な種族の血が混ざっているのが魔王レジストリア様だ。

 一般的に混血は子を宿しにくいとされている。ハーフの確率は同族の二分の一。クウォーターは四分の一。ワンエイスになると一六分の一と積乗で子を宿す確率が減っていく。

 レジストリア様は、ワンエイスであるヴィヴィアンから五世代の配合を繰り返している。確率として単純計算すると子を宿す確率は同族と比べ二五六分の一だ。ほぼ、奇跡的な血の配合を持ったこの魔王の魔力と肉体は絶大なものであり、この世代で人間から実に半分の領土を奪った。次の世代で優秀な子さえ産まれれば、人間を絶滅させ大陸統一も夢ではなかった。

 それが、なんで人間と――思わず頭が痛くなり額を抑えた。


「……頼まれてくれるか?」


 病に侵されたレジストリア様は俺にそれだけ告げた。もはや、それだけで願いを理解できるのはその付き合いの長さ故だろう。もはや、レジストリア様の判断はすでに決まっている。

 大陸統一……このお方はその野望に人生を懸けた。いくつもの戦場を駆けまわり、数多の勝利をもたらした。ヴィヴィアンでは、器ではない。要するにそう言うことだ。


 魔王の子を……人との間できた子をに三ヶ月で立派な魔王に育て上げること。それが俺に課せられた使命だった。


 医務室を後にし、自室へ入った。周囲の気配を確認したうえでティナシーを召喚する。


「魔王の子について報告をまとめろ」


 そう言うと、彼女はしてやったり顔を浮かべながら机に書類を並べ立てた。


「すでにご用意していましたよ、こんなこともあろうかと」


 この優秀な使い魔の手際の良さに、思わずため息が漏れる。相変わらずの情報網だ。宰相の立場である自分ですら、魔王の病を先ほど知ったと言うのに。いったい、いつから情報を入手していたことやら。


 恐る恐る、綺麗にまとめられた報告書を開いた。『来てほしくない』とこれ以上ないくらい願ったこんな時に備えて、魔王の子に密偵としてティナシ―をつけていた。望むのはもちろん戦いに優れた男。魔王のように勇敢で、物怖じしない性格がいい。できることなら、武闘家や剣士、魔法使いなどに育っていれば言うことはない。

 そう願いながら報告書を開いた。


 性別……女、性格……聖母、職業……シスター。


「……ぐわあああああああああああああっ!」


 思わず、魔王城に全体に響くほどの叫び声をあげてしまった。

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