満月の夜

 陽も暮れようとし、長い長い一日に終わりが告げられようとしていた。


「いいですか? 今日は決してベッドからは出ないこと。困ったことがあったら使い魔ティナシーを呼んで下さい」


 魔王の隣室に構えられた魔王代行部屋で、何度も何度もマリアにそう言い聞かせた。


「はーい。おやすみなさい」


 そう言いながら機嫌がよさそうにベッドの中に潜り込むマリア。思えば、この寝室に入った時からすこぶる機嫌がよくなっていた。


 これもティナシーの細やかな気遣いのおかげだと思っている。彼女の好みを把握し彼女が好むものすべてを揃えた寝室だ。人間の王族にも負けぬほどの家具を揃えている。


 魔王就任一日目で望郷の念に駆られては敵わない。どうかこのまま寝室で大人しくしていて欲しいと切に願う。


 部屋を出て、魔王親衛隊隊長であるスケルトン族の戦士ゼルカスの肩を叩いた。スケルトン族は骸骨であるが、自らの意志で動くアンデットだ。心臓部に魔力の核を持ちその部分に意識があると考えられている。このゼルカスとの付き合いも長く、ティナシーと共に最も信頼している者の一人である。


 弱点とすれば女にすこぶる弱いということだろうか。リアルドのような軽薄で惚れっぽい弱さではなく、武人特有の女に対しての免疫がなさである。どうもか弱く見えるようで、扱い方がわからないとのこと。とは言え、代々魔王の親衛隊を務めていたスケルトン族一の戦士だ。外部からの刺客に対し不覚を取ることなどはまずない。


 心配なのはあくまで内部(マリア)だ。一四歳と言えど女には違いないので、そこらへんに一抹の不安はある……まあ、とはいえティナシーもいるのでそこまで警戒をする必要性もないか。


「頼むぞ。敵への警戒もそうだが、むやみに魔王が出歩かぬよう注意してくれ」


「任せておけ」


そう大きく頷くゼルカスに改めて不安は払しょくされた。 


 満月の夜は、どうにも心配になってしまうのは悪い癖だ。そう自嘲しながらマリアの向かいにある俺の部屋に入ってしばらく部下の報告資料に目を通す。


 ……そろそろだな。いつものように身体に注がれる奇妙な感触を感じながら大きくため息が出た。相変わらず、力が入らない。

 とにかく、今日はもうかなり疲れた。初日から張り切る新人魔王のせいで一〇〇〇倍疲れた。もう、寝る。


                     ・・・


 トントントン……ノック音が寝室に響く。


「ティナシーか? 入れ」


 眠気で意識がハッキリしない。頬を二回強めに叩いて、意識を呼び覚ます。

 ゆっくりと扉が開い――なんであんたが入ってくる新人小娘魔王!


「……ガ、ガトさんですか!?」


「な、なんでマリア様がっ! ティナシーは!? おいティナシー」


 何度も何度も呼ぶが一向に返事をしない。


「あの、わたしがティナシーさんを呼んで『寂しい』って言ったらガトさんの部屋に行ってみてって」


 あんの……バカ。奴が部類のいたずら好きなのを忘れていた。


「ゼルカスは!? 部屋から出ないようによく言っておいたのに……」


「わたしを見るや否や、動かなくなりました」


 免疫なさすぎだろ!? どんだけ純情骸骨だあいつはっ!


「そんなことより……なんで子どもの姿に?」


 くっ……恥だ。こんな姿を、よりにもよってこんな小娘に。


「……俺も、人間とのハーフです。満月の夜のみ、人間に……しかも八歳児の姿になります。笑いたければ笑えばいいでしょう」


 この現象は、人間と魔族の血をわけた弊害と言われている。それぞれ起きる現象は異なるが、みんな何らかの障害をもつ。だからこそ、俺の弱点を知っているのは魔王レジストリア、使い魔ティナシーとゼルカス等、命を預けることができる者にだけだ。


「か、か、可愛い」


 はぁ!? っとぐわああああああっ!


「な、なにをするんですか!?」


 いきなりギュッと俺の頭をその豊満な胸に包み込む。その柔らかい感触と共に、フローラルの香りがして思わず顔が赤くなる。


「モフモフしていいですか?」と瞳をキラキラさせながら問うマリアに断固拒否しようとした。したのだが、その回答を待たずしてマリアから半強制的にモフモフされナデナデされギューッとされる。


「だぁ……離しなさいって!」


「離しません、魔王命令です。今日は一緒に寝ましょうねー」


 って問答無用でほぼ強引に、マリアと共にベッドを共にさせられることとなった。抵抗できない自分に『魔王命令だから仕方ない』と半ば勝手に理由をつけて、この心地よい感触とぬくもりに身を任せてしまった。


    

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