助けて
【宰相ガト】
「はぁ……はぁ……貴様、本当にこっちなんだろうなぁ!」
そう獣人リアルドに向かって叫ぶ。
「絶対っすよ!俺が女の子の匂いをはずすわけないじゃないっすか。伊達に毎日仕事せずに女追っかけ回してるわけじゃありませんよ」
口の聞き方最悪。気持ち悪い宣言。上司に堂々とサボってます宣言。あの小娘魔王がもしいなかったら、絶対殺してやると心に決めた。
しかし、もうすでに殺されている可能性はある、責任は書き置きの指示を守らずに勝手に外に出た小娘魔王にある……そうですよね!?決して俺のせいじゃないですよね、レジストリア様ぁ!
「……近いですね」
そうリアルドがつぶやく。
「ほ、本当か!?リアルド」
そう叫んで胸ぐらを掴んだ。
「……そんなに心配なんですか?」
貴様、殺害するぞ。これ以上ないくらい殺害するぞ。
「いいから案内しろ!」
そう言ってリアルドを思いきり蹴飛ばした。
その時、
「ギャーーーーーーーーーーーーーー!」
聞いたことのないような甲高い断末魔がある聞こえた。これは……あたりか。
「でかした」
リアルドの頭を撫でて、その声の方に走った。
茂みを抜けると、そこには変わり果てたマリアの姿があった。その額には大きな角、背中には漆黒の翼が生えてその手足にはドラゴンのように鋭利な爪がある。その瞳は真っ赤に染まっていて、尋常じゃないほどの殺気を全身から放つ。
「な、なんだこいつは!?」
シルヴァがその異形の姿に怯える。
すぐに、周囲の様子を確認する……ゼルカス、シルヴァか。なんでゼルカスがいるがよくわからんが、状態はよくはないか。
「シルヴァ! ゼルカス! そいつから距離を取――」
そう言いかけた時、シルヴァに向かってマリアが突進し始めた。
――速いっ!
彼女は、駆け抜けただけだった。それだけで、一瞬にしてシルヴァをの真横を通り抜け遥か後方の大樹を薙ぎ倒した。
この場にいる三人がまったく反応できぬほどの速度だ。
「マリア様! もう、終わりました。俺が来ればゼルカスと協力すればシルヴァを抑えられる」
「……ギ……ギ……」
駄目だ。意志が完全に持ってかれてる。
「おい、シルヴァ。一時休戦だ。マリア様を止めるぞ」
「……奴は、本当にあの小娘なのか?」
視線をうつせば、次の瞬間死んでいる可能性もある。ただ、深く頷いた。
先日カーラが吐いた何気ない仮説があっていたんだ。
彼女は無意識に力を放出することを恐れていたのだ。この莫大な力が解放されれば己では制御できないことがわかっていたから。
「あんのクソ魔王」
レジストリア様は知っていたのだろう。彼女の母親側の血筋が、恐らく大勇者や大賢者と呼ばれる者の血族であることを。それでなければ、ここまで並外れた力にはならない。
幾重にも魔法壁を張り巡らしながら、レジストリアさまにその報告不足をどうなじってやろうか考えていると、マリアがこちらの方を向いた。あくまで標的はシルヴァのようだが、それで終わるとは思っていない。それほど我を失っている。
「……俺を守ろうなのて……憐れんでいるのか?」
くっそバカ魔将! そう来たか。
「阿呆! なにセンチメンタルかましてんだ。打算だ、打算っ! 貴様が死んだら、北の猛攻に誰が対応するんだ。だいたい貴様は今なんでこんな所にいるんだ。勇者セレージオは五覇将クラスじゃないと抑えられんぞ。なのに自分の欲望たぎらせてなにやってんだ!」
「なっ……貴様!」
「いいからお前も魔法壁を重ねろ。俺のだけじゃあの突進一発でぶち破られる。ってか、あの小娘魔王の身体が慣れてない今しかチャンスないんだから口動かさず黙って身体動かせ――!」
そう叫ぶと、渋々シルヴァも魔法壁を重ねだす。
「おい、二属性呪文はできるか?」
「誰に向かって言ってる!」
よしっ、ゼルカスとの戦闘である程度消耗したと思ったが気力は萎えていないようだ。
こと、戦闘において俺もシルヴァも魔法を得意とする魔族だ。敵に対峙した時の思考も似通っている。実際、数度タッグを組んだことがあるが、相性はかなりいい。
「「……貴様が合わせろよ」」
「「貴様だろ!!」
互いの声が重なり合う。
くっそ、ムカつくが共通認識はできているようだ。
四属性呪文。
魔法に存在すると言われている五属性(火、水、土、風、雷)の内の四属性を叩きこむ。魔王レジストリア様、またかつての大賢者レイダースのみ使えると言われている呪文。
突進して襲ってくるマリアを魔法壁で足止めし、互いの二属性呪文を合わせて四属性呪文を叩きこむ。そうして弱ったマリアを拘束する。弟子たちの呪文からシルヴァは火、水の二属性呪文だろうこら、こちらは風、雷の二属性呪文だ。
突発だから成功するかは微妙だが、少なくとも現時点ではこちらができる最強の呪文だ。
あとは、今までの戦闘経験で互いに無理やり合わす。
「……ギィァ――――――――――!」
来た。やはり強い。
俺の魔法壁をすべてぶち破ってシルヴァの魔法壁でやっと止まった。一瞬、マリアの動きが止まって明らかな隙が見えた。
「「氷炎烈波メギドクラウス 風絶雷斬ライトニングストーム」」
よしっ! 同時だ。威力も全く同等。
二属性呪文が並行してマリアに向かう。
このタイミングならば、先ほどのように相殺されることはない。
あの肉体レベルでも間違いなく致命傷は与えられーー
「……バカな」
最初につぶやいたのはシルヴァだった。
呪文は互いに完璧だった。威力も、速度も、タイミングも……それが、肩腕で止めるだと!
そして次の一瞬、
「ギャーーーーーー」
マリアの口から発せられる灼熱ブレスでシルヴァが張ったすべての魔法壁が灰塵と化した。
ドラゴン属性かよクソが!
ってか、次の魔法壁はる時間が……って今考えてるところでしょうが!
キーン!
マリアの突進をゼルカスが双剣で食い止めた。
「マリア様!どうか気を確かに……」
そう言いかけるゼルカスの腕を強引に捩じ切った。
「ぐわぁーーーーーー」
叫び声をあげて倒れこむゼルカス。
ふざけんなあの骨は力任せに捻じ切れるもんじゃねぇぞクソが。
マリアを思いきり魔法弾をぶち当てて、距離をとる。
……クソが!
「シルヴァ……魔法で援護しろ!」
「……貴様、何する気だ」
うるせぇお前のせいだ。
『切り札は誰にも見せるな』、かつて魔王レジストリア様は俺の姿をみて言った。それから、誰にもこの姿を見せたことはなかった。
「ううっ……うわあああああああああああああああああああああっ」
理性失われていき、それが殺気に変っていく。
「貴様……その姿」
シルヴァが驚くのも無理はない。俺の姿は、紛れもなくマリアの姿と同様の変身だったからだろう。
「……はぁ……はぁ……俺はかろうじて意識を保ってられる。長くは持たんがな。いくぞ、小娘魔王!」
マリアに向かって襲い掛かって、拳をふるうがよけられた。返す刀で蹴りが飛び、それをかろうじてかわす。
これは……長くは耐えれんな。
明らかに彼女の魔力と身体能力が俺を上回っている。長年の経験で、勘で、訓練中でなんとか互角を演じているに過ぎない。たとえシルヴァが援護してくれたとしても、いずれはこちらが力負けする。
「はぁ……はぁ……あんたの信念も大したことないな。『まずは、話し合いましょう?』だぁ!? 相変わらず支離滅裂すぎるわギャグか!」
大声でマリアに向かって叫ぶ。
「……貴様、魔王様に向かって何たる口を」
ゼルカス! お前が反応すんな、寝てろ!
「言ってることとやってることが滅茶苦茶じゃねえか!? こっちは、話し合いしようって言ってんのに――っぶねぇな! 今、一瞬避け遅れたら死んでたぞこのバカ小娘魔王!」
「……ギ……ギ……ギ……」
少しだけ……一瞬ではあるが、動きが鈍った。完全に意識が持ってかれた訳ではなさそうだ。
「だいたい、貴様がそんな調子だから俺だっていろいろ考えてるところあったのに、蓋を開ければ暴力オンリーか! あんた、史上最高に最悪に性質悪ですよ!?」
「……ギ……ギ……ギ……ギ……」
よしっ、やはり叫びかけると若干だが動きが鈍くなる。
その隙に、両腕を掴んで巨木に叩きつける。
「戻ってこい! 天然で世間知らずで人の話は聞かない。それで、自分勝手に自分のやりたいようにやるあんたに!戻ってこい!」
「……ギ……ギ……ギャ――――――――」
っぐ!
……駄目か。
思いきり、蹴り飛ばされた……しまった! 距離を離した。
マリアは先ほどと同様、シルヴァの方に向きを変え、突進した。
張り巡らされた魔法壁を幾重にも破壊し、シルヴァをそのまま吹き飛ばした。
気絶したシルヴァに容赦なく爪を振り下ろそうとする。
「この……くっそバカ魔王がぁ―――――――!」
……身体が燃えるように熱くなって、気がつけばその爪は俺に振り下ろされていた。地面には吐血が滴り落ち、力を入れようとしてもうまく入らない。
そうか……俺は……シルヴァを……かばったのか。
もう……動けない。罵倒も攻撃も全部やった……皮肉にも、できることで残されたことは一つしかなかった。
その両手でマリアを覆って、耳元に顔を近づける。
「……ゴホッ……偽善者でエセ平和主義者なのが……あんただろ。そうじゃないあんたは……あんたじゃ……ねぇよ」
俺は、あんたの姿を見たくない。シルヴァを殺してしまって悔やむあんたを。理想にまみれたあんたが、現実に目覚めていくその様を……
「……ト……さ……ん……ガ……ト……さん。ガトさん……ガトさん!」
やっと……戻ったか……このバカ小娘。
途端に安堵したのか身体に力が入らなくなった。と、同時に過去のさまざまな光景が一瞬にしてフラッシュバックする。
ああ……これが走馬灯という……奴か。
『人間、エルフ、魔族、すべての種族があらそわぬ世界を』
彼女が放ったその言葉。
ああ……幼い頃はそうしたいと思っていたな。なんで、そんな簡単なことができないのかと。みんなが平和に暮らすことを望んでいるのに、なぜそうはならないのかと。
彼女の言葉は俺を苛立たせる。それは、幼い頃に自分が抱いた想いだったから。今では口にすることすらできなくなったその言葉を吐く彼女を見てると、なにもわかってなかった自分を見ているようで。
そもそも俺は平和な世界なんてつくろうとしただろうか? その答えは即座に否定できる。そうあればいいと望んでいたのに。そうでない世界を愚かだと断じていたのに。
そしていつのまにか、気づかぬうちに自分自身を偽っていた。平和な世界など夢物語だと。そんな世界をつくろうとするのは、偽善であると。いつのまにか、かつて愚かだと断じた世界の仲間となって、幼い頃の俺を断じていた。
平和な世界を叫ぶ彼女を偽善者と断ずることで、偽った自分を隠そうとしていた。
「あなたは……強い方です。魔力や肉体だけじゃない、心も強い方だ」
「そんな……わたしなんて……ああ、なんで!なんで血が止まらないの」
狼狽するマリアはいつもの彼女だ。その声に思わず力が抜ける。
「……しかし、皆がそうじゃない。俺みたいに」
――弱い者もいる。だから、強くなりたかった。強くなれば、自分の大切なものを守れるから。そう思って、一心不乱に魔王レジストリアを頼り、師事した。
そんな日々を過ごして、強くなった魔力や肉体は弱く争いを好まぬ者を蔑ろにしにしていた。いつしか思っていた。己さえ守れぬのが悪い、弱いのが悪いと。だって俺が守りたかったのは、あの日、あの場所の母さんだったから。弱い自分を母も守れぬ弱い自分がどうしても許せなかった。
きっと、気づくのはいつも遅いのだと思う。本気で守りたいと思った時には、すでに守るものはない。いくら強くなったとしても、もうそれは後の祭りでしかない。
「わかりました……もうわかりましたからっ!喋らないで……ああ、血が……」
こんな風に看取られるなら悪くない……不覚にもそう思ってしまったことは俺だけの秘密だ。
「守ってやって下さい」
俺は彼女にこれ以上ない難しいお願いをしている。異常なほど優しくて、理想ばっかりのたまう彼女に、昔の俺を救ってと言った。臆病で己の大切な人ですら、守れぬような者たちのために。そんな哀しい出来事が起こらないような世の中にしてくれと俺は言った。
きっと出来ないだろう……でも、信じさせてほしい。
「わかりました……もうわかりましたから……しやべらないで……ああ、血が……」
狼狽して相槌を打つ彼女に少し安心した。
それでいい、俺の死後『ああ、こんなことも言ってたな』と思い出してくれればそれで。
意識は、そうして途絶えていった。
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