失策
ティナシーが持ってきた報は、魔将シルヴァの登城だった。
「あと、一時間後には到着するとのことです」
早いな……シルヴァが来るまで少なくともあと一日はかかると思っていたがさすがは五覇将一のキレ者と目されるだけのことはある。
「巨将ギルガンは?」
「未だ魔王城にいらっしゃいます」
ティナシーの答えにホッと胸を撫で下ろす。
「すぐに謁見の準備をしろ。巨将ギルガン、魔将シルヴァをもってな」
願わくば、もう一将取り込んだ後がよかったが、アレ(マリア)に贅沢は求められない。
「マリア様は?」
「……未だお眠りになっておられます」
姫か!
「今、何時だと思ってんだ!? 一〇時だぞ!」
「昨日はジルキィ様から徹夜で税率についての講義を受けておりましたので」
あの小娘魔王は、一つの問題にそんなに時間を掛けていたのか。ジルキィも忙しい身にも関わらず……心の底から同情をする。
「すぐに叩き起こせ! 寝癖など、弱みをいっさい見せてはならんぞ。特にこの謁見はな」
「はっ!」
ティナシーは、威勢よく返事をして去って行った。
魔将シルヴァは、五覇将の中で最も叛意が高い。それでも、その地位にいるのは、奴が最も人間の領土を奪った者であるからだ。その性格は冷酷にして残忍。味方にしても敵に回しても最も扱いづらい者だ。周囲の空気もよく読むため、失言などはしないし自らが不利になる発言もしない。
巨将ギルガンとの二将の謁見にしたのは、そのためだ。同じ五覇将はさすがに敵にしたくないらしい。発言もそれだけ慎重になるだろうと踏んだ。
三〇分後、玉座の間に眠そうなマリアがやってきた。装いも完璧、寝癖などもしっかり消えている。さすがはティナシーの仕事だ。
「おはようございます。よく時間に間に合いましたな」
こんなことで褒めるのはどうかと思うが、本心なのだから仕方がない。
「ふぁい……ティナシーさんが『今回は時間に間に合わないと本気で怒るから』って言ってたのでそれで……」
……俺はいつも本気なのだが。何を使い分けているんだあの性悪使い魔は。
ドシンドシン……
相変わらず威勢のいい足音が聞こえてくる。巨将ギルガンの足音だ。
「今度は気絶しないでくださいよ」
念押しでマリアに言う。
「だ、大丈夫ですよぉ。ギルガンさんが優しい人だってもうわかってますから」
どれだけ信憑性のある言葉かはわからないが、今はその言葉を信じて頑張ってもらうしかない。当然だが謁見では、助け船などは出せないのだから。願わくば、俺が言ったことが少しでも頭に残っていればいいのだが。
それだけ、この謁見には危険が伴う……確実にそんな予感がしていた。
玉座の間に二将が入ってきた。ぎこちない様子で玉座の間に座っているマリア。多少きょどきょどしてはいるが、まあ大きな問題ではないだろう。
「このたびは、魔王ご就任おめでとうございます」
そう口を開いたの魔将シルヴァ。
「ありがとうございます。今後とも、いろいろと助けて頂けると助かります」
魔王にしては少しへりくだりすぎかとは思うが、まあ無難な回答だ。
「しかし、新たな我が主があなたのようなお方だとは……少々意外でした。あまりに可愛らしいお姿で」
魔将シルヴァは低く笑った。
「我が主に対し失礼であろう!」
ギルガンが素早く反論する。
「失礼した。しかし、思わんか?」
「その……俺は……そのような目でマリア様を見たことはない!」
なぜか、顔から蒸気をあげてギルガンが否定をする。
当のマリアは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯いている。どうやら褒められていると感じているようだ。
「いえわたしなんて……シルヴァさん、あなたの方こそ、非常に綺麗な顔をしていますよ」
天然でそう切り返すマリアに対し、玉座の間ではギルガンの爆笑に包まれた。
「がははははっ! その通り。シルヴァ殿も綺麗な顔をしておるな」
「……えっと……あの……なにがおかしいのでしょうか?」
讃えたつもりが予想外の反応にキョトン顔のマリア。魔将シルヴァもギルガンにつられて笑顔になっていたが、偶然とはいえ、見事にいなされた形で心中穏やかではないだろう。綺麗すぎる顔……それはシルヴァが忌み嫌い、決別したエルフ族の証なのだから。
「……一つ、魔王にお聞きしたい」
「な、なんでしょうか?」
「今、西方で勇者なる者が我が領土を侵略しております。この対応いかがなさるおつもりか?」
勇者とは、人間パーティーの中でリーダー格を務める者の敬称で人間たちにとって精神的な主柱である。魔族の間で現在危険視されているのは七人。西方の勇者は、最近名前が売れ始めたのでそこまで注目はしていないがその侵略の速度は侮れぬものがある。
「シルヴァ殿、まだマリア様は実効的な行政は不慣れで――」
通り一辺倒な挨拶だけで済むと思っていたが、目論見が外れた。これ以上ないくらい踏み込んできたのは、もうこの小娘魔王を無能だと判断したのだろう。
「意見を聞くだけだ。構わんだろう?」
シルヴァは満面の笑みを浮かべる。
相変わらず絶妙な間合いで、ことを進める。雰囲気を壊さずに、しかし徐々に物事の核心へ近づけていく。
要するにシルヴァはこの軟弱な魔王を見て、軍事に弱いと確信したのだ。
「……その……まずは話し合えませんか?」
その発言を聞いた時、失望で肩から力が抜けた。
一番言ってはならない発言を一番言ってはならない者にマリアは吐いた。無能だと、言質を喜んで差し出したようなものだ。なるべく、そのような議論には持っていきたくなかったが彼女の性質を考えるといつかは同じような状況になっていただろう。
予想通りの答えに、シルヴァが再び低く笑った。
「武器を持って向かってくる者と交渉せよと? 正気ですか?」
「なにか……すれ違いがあるのです。まずは互いに話し合えばきっと争いは治まるはずです」
「馬鹿な……そんな愚行を誰が侵すと言うのですか!? まったく現場を知らぬ者はこれだから――」
そう言いかけるシルヴァの言葉を遮ってマリアが震えながら玉座から立ち上がった。
「……わ、私が行きます」
「な、何を言っているのですか! 魔王自ら戦地に赴くなどと……正気ですか!?」
慌てて横槍を入れるが、マリアの決意は固かった。
「いえ、シルヴァさんのおっしゃる通りです。私は魔王です。私がまずはみんなの手本になる事こそが重要なのだと思います」
最早、その声に震えはなかった。
戦場に? この小娘が? バカな。物音がしただけで気絶するような小娘が。
巨将ギルガンが突然立ち上がってマリアに背中を向ける。
「……どこへ?」そう聞くと、「その見事な決意を評して、見届けさせて頂きます」
ギルガンはそう言って玉座の間を後にした。
「魔王直々に我らに道を示して下さると言う心意気、感激いたしました」
白々しくシルヴァが立ち上がりマリアの方に詰め寄る。その手際に苛立ちながらも、謀略にかけてはシルヴァに分があることを思い知る結果となった。
自室へ戻ると、すでにティナシーがいた。
「口止めをされた方がよかったのでは?」
「阿呆、魔王に口止めなどができるか」
それが己で決めた境界だ。サポートはする。諌めはする。駄目なものは駄目だと言うし、時には怒る時もあるだろう。しかし、魔王の発言や行動に制限はかけない。なぜなら、俺は魔王ではないから。
彼女が不利な発言をしないようには誘導するが、発言自体を止めることはしない。その行動を諌めはするが、無理やりとめることはしない。
それが宰相として魔王レジストリア様に仕えていた俺の誇りだから。
そして、それを見事に突かれた。俺の性格を把握し、見事にこの状況に持って行ったシルヴァの方が上手だったのだ。
「先回りしますか?」
「……いや、シルヴァの部下に囲まれている。あの包囲をかいくぐることなどできん。俺も貴様もな」
思わず、ため息が漏れる。
あとは……この小娘魔王の覚醒に期待するしかないのだが……
その時、ノック音が響く。
「ガトさん、こんな時ってどんな服がいいんですかね? わたし、このワンピースがいいと思うんですけど……」
あ、頭痛いっ!
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