第6回 姉、夢が現実にはみ出す女
姉は『元』と付くが、美人だった。
ファッション雑誌の街角スナップの常連だったり、読者モデルにスカウトされたりと、羨ましさすら枯れ果てるようなイージーモードな人生を送っていた(と、当時の私は勝手に思っていた)。
その弟である私は姉が母親の腹に放置した不細工な遺伝子を全て持って生まれた典型的な丸顔のジャリ坊だったからか、合気道教室で「天才たけしの元気が出るテレビ」という、遠い昔に放送されていた番組にスカウトされたものの、父親がけんもほろろに断ったという過去しか持っていない。
そんな姉も、かなりの霊感持ちであった。
私の家系の霊感は主に女性に強く出る傾向があるため、あまり多くは語ってくれないが、かなり嫌な経験をしているはずである。
その姉からのもらい事故が、「夢が現実にはみ出しちゃった現象」(今考えた)である。
それは私が日本へと帰国したばかりの頃だった。
件の「ひたすら割り箸投げるマン」を目撃した神社の隣にあるマンションに住んでいた頃の話である。
今も覚えているが、当時漫画を買ってもらえなかった私が楽しく読んでいたのは星新一の本で、その日も夜中まで必死に読んでいた。
日本に帰ったばかりの頃は日本語よりも英語が得意で、読書速度が極端に遅かったのだ。
記憶が定かではないが、私の部屋の窓は東向きで、出入り口のドアを向いて左隣が姉の部屋だった。
その日の夜十一時を回ったくらいだったろうか、部屋に姉が現れたのだ。
姉は三、四歳くらいの子供の姿で、しかもでんぐり返しをしながら、姉の部屋側の壁からすり抜けて現れたのだ。
目の前で発生している事態に対する実感の無さに、私はただそれを見守る事しか出来なかった。
姉らしき子供は部屋の中で何度もでんぐり返しをするだけで、ベッドの上でぽかんとしていただろう私には目もくれなかったが、突然ドアの前に立ち、
「あっけてぃー! あっけてぃー!」
と、片手を上下に振りながら言い、そのままドアをすり抜けていなくなってしまった。
「あっけてぃー」とは、姉が二歳くらいの頃に唱えていた幼児語で、「開けて」という意味である(この口癖については既に私は知っていた)。
正気に戻った私は姉の部屋へと飛び込んだが、姉はベッドで普通に寝息を立てていた。一瞬姉が死んで魂が去ってしまったのではないかと焦ったからだ。
翌日、無事朝食の席についた姉の発言は未だに忘れられない。
「夢の中でずっとでんぐり返ししてた」
と言ったのだ。
偶然なのかもしれないが、私は驚き過ぎて何も言えなかった。その場に超常現象嫌いな父もいたからかもしれない。
姉の発言は尚も止まらなかった。
「でんぐり返しをしながら壁をすり抜けたんだけど、壁の中の木が真っ黒だった」
という旨の事を言ったのだ。
そして数ヶ月後、私と姉の部屋の間にある壁には大量のシケムシが発生し、本当に壁の間にあった下地の木が、雨の吹込みで腐っている事が発覚したのだ。
しかし、姉はそれについて得意になるような素振りは一切見せず、それ以降は特に透視まがいの事が出来る事はなかった。
先日姉とこの話をしたのだが、この一度以外に記憶はないそうだ。
誠に残念というか幸運というか、アイオイ家の霊能力というのは、常にこの程度の中途半端なものなのである。
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