第10回 『自転車君』に学ぶべきこと

 この話を書くに当たって、とても大切な事を申し伝えたい。


 あなたは自転車が左側通行の原則など、さまざまなルールはご存じだろうか。

 何故、左側通行と決まったかという理由からご存じだろうか。

 他にも車と違い、免許制ではない自転車は反則金ではなく罰金を科せられること。

 大変な賠償になること。

 音が小さい自転車で不意に、全く警戒していない人にぶつかると、車くらい極めて危険であること。

 これらについて、あなた自身、あなたの家族と認識を新たにしていただきたい事である。

 あなたが、あなたのご家族が『自転車君』にならないために。


『自転車君』は私が二十歳の頃、比較的長く住んでいた街の片隅にある珍しい信楽焼のたぬき販売店の前にいた。

 出くわすのは日が落ちた夜で、日の長い夏は見かけることはなかった。

 自転車君は常に歩くくらいのスピードで、ぎしゃぎしゃという音を立てながら、へしゃげた自転車を漕いでいた。

 危ない場所へは近寄らないが信条の私だが、その道以外に通っているゴルフ練習場へたどり着ける道が無く、見える周期の時はほぼ毎回彼の自転車の音を聞き、彼が自転車を漕いでいる姿を見た。

 自転車君の姿ははっきりしていて、通常の存在ではないという事は、顔が認識出来ない、なんというかぼんやりしているのですぐに分った。最初の頃は恐ろしく、大急ぎで通過していたが、多少慣れてくると、突然出会い頭に彼と『衝突』、要するにするっと体を通過される事もあった。


 現場は丁字路だった。

 目撃者を探しています看板も当然そこに立っていた。記憶している限りはそれが外されることはなかった。もちろんそれが自転車君に宛てた物とは言い切れない。だが、私はその通りだと思っている。

 事故原因は『出会い頭の事故』と書かれていたと思う。

 丁字路で車側の確認不足か、自転車君が道路の右側を通行をしていて、車に気付いた頃には既に遅く衝突したのか、理由は不明だ。

 いずれにしても、自転車君はそのたぬき屋とその丁字路付近を行ったり来たりしていたのだ。私の前を通過していくと、姿が見えなくなってしまうので、どう往復しているかは分らなかったが。

 それはまるで、彼が家に帰る道を失ってしまったかのような、苦しくて悲しい現実のように、私には映った。


 だが、人間というのは冷血なもので、慣れてしまうとその彼に想いを馳せることもしなくなってしまった。

 しかも、これを書く先程まで、思い出しもしなかった。

 無論、このような存在に対して情をかけることなどあってはならない。

 だが少なくとも、彼からことはすべきだ。


 繰り返すが、自転車君の自転車はへしゃげていた。普通なら乗れないような状態だった。

 その自転車をぎっちゃぎっちゃという音をさせながら乗っていた。音はあるいは、私の妄想だったのかもしれないが。


 彼はきっと楽しく自転車を漕ぎながら、どこかへ行こうとしていたか、家に帰ろうとしていたのだろう。

 だが、目的地にも家にも、今生では着くことが出来なくなってしまった。


 あの当時の交通ルールは緩いものだった。誰しも歩道を走っている子供の自転車にぶつかりそうになったり、交差点で出会い頭に衝突しそうになったりと、危ないことが多かっただろう。今も改善したとは到底思えないが。

 だがもし、自転車君が左側通行を徹底して、交差点の手前の一時停止を守っていたら、車の運転手が閑散とした道とはいえ、自転車が出てくるものだとスピードを抑えていたら、無事彼は家に着くことが出来たかもしれない。


 自転車君が早くあるべき場所へと還っている事を私は望む。

 彼のような存在を再び作らないために、交通ルールが何故存在するのか、というレベルから学んでいただきたい。

 あなたが、あなたのご家族が普段から、いかに危ない自転車の乗り方をしているか、自動車を運転しているか、一度再認識していただきたく、お願い申し上げたい。

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