第7回 夢の中でパックマンを全クリすると?

 この回も、あくまで夢の話である。


 中学の頃、私には善き友人がいた。

 ゲーム仲間で、デブ仲間だった。


 中学生の頃、私が住んでいた場所の最寄り駅は、今でこそ再開発によってその名前を馳せているが、当時は大きなデパートがある以外、地味な駅だった。

 今の周辺の姿からは想像もつかないが、ストリートファイターII等の格ゲー人気もあって、三軒もゲームセンターがあったのだ。

 だが、どこも1プレー50円から100円で、小遣いの無い私には苦しい出費だった。


 だから私は家の貯金箱から大量に10円玉を引き出し、自転車でとあるゲームセンターへ通っていた。

 今はすでに閉店済みだが、家から自転車で三十分程走った場所に、未だに語り草になっている有名なゲームセンターがあったのだ。

 そこはどのゲームも10円から40円程度でプレー出来、当時既にレトロ扱いされていたテーブル形のゲーム機もたくさん設置されており、しかもプレー代は10円か20円だった。


 その頃、私の愛読書はVジャンプだった。

 親は何故かこれだけは買ってくれるお金をくれたのだ。あれを読めばゲームをした気になれるという私の言葉を鵜呑みにしたのかもしれない。


 そのVジャンプに、『パックマンのクリア画面』という写真が掲載されていた。ただ、画面がぐちゃぐちゃになって止まっているだけなのだが。

 知っての通り、パックマンは一番旧来の画面固定ゲームで、クリアという概念は存在しない。

 しかし、255面をクリアすると、ゲームが止まり、画面がバグってしまうのだ。

 8bitで表示できる限界の数字が255(二進数で表すと、11111111(2)=255)だから、それ以上の数字を表示出来ず、バグを起こしてしまうのだ。


 私はそれを見てゲーム仲間を招集し、あのレトロゲームが豊富なゲームセンターで、この画面を出してやろうぜと提案したが、華麗に却下された。

 皆暇だったのだが、当時の私はスーパーファミコン版のストリートファイターIIで最強を誇っており、誰もが私を倒そうと躍起で、毎日誰かの家に集まっては、私のガイルに土をつけようと躍起になっていたのだ。

 ちなみに私の最強伝説はそれほど経たぬ内に終了した。

 私のやり方はズルである、ハメ技であると、雑誌などで認定されてしまったからである。

『待ちガイル』や『立ち上がりざまサマーソルト』など、分かる人は分かるだろう。


 結局、私に付き合ってパックマンをプレーしてくれたのは冒頭に語った友人一人だけだった。

 しかしまぁ、お世辞にも頭がよいとは言えない中学生二人にクリア出来るステージは50程度で、それ以上は集中力が続かなかった。

 そして、ゲームセンターで設定されている、中学生の退去時間である午後六時を回ると、次はもう少しメンバーを集めてやろうと話をして、その日は帰った。


 しかし、結局、パックマンをクリアしよう計画は、たったの一度実行されただけで二度と開催されなかった。

 友人を学校で見かけなくなったからだ。

 その友人とは一度として同じクラスになった事はなく、電話番号も知らなかった。


 そのまま二、三ヶ月が過ぎ、季節は夏になっていた。

 私は友人が不登校になったのだろうかなどと考えていたが、どうやら病気だという話だけは聞く事が出来た。

 当時私は彼にドラゴンクエストⅤを貸しっぱなしで、返してもらえなくて途方に暮れていた。

 何も言わずに学校へ来なくなった彼を心配しているというより、腹を立てていたのだ。



 友人と最後に会ったのは、夏休み中の中学校の前だった。

 偶然、例のゲームセンターへ行こうとしていたところで、友人と出会ったのだ。


 久々に会った友人は、なんというか、精悍だった。

 かなり太っていた体は全体が引っ込んで普通の体型になり、頬もすっきりして、目もぱっちりしていた。


 彼も自転車に乗っていて、どうやら病気も治ったのかなと、私は安心しつつ、連絡をよこしてこない彼に少し怒りを覚えた。しかしその怒りも、彼が背負っていたバッグの中から私のドラクエⅤを差し出してくれた事で、すっと収まってしまった。


 どうやら、私の家の住所を忘れてさまよっていたらしい。滝のように汗をかいた友人は、すぐさま自転車を走らせて去ってしまった。

 それが、彼を最期に見た日となる事を、私は夢にも思っていなかった。


 寮制の高校に入った一年目の九月頃か、十月頃か。

 それは本当に唐突だった。


 母から電話があり、彼が逝ってしまったというのだ。


 その訃報に動揺してしまい、その翌日は体育祭だったが、何の貢献も出来ずに終わってしまった。


 急性骨髄性白血病という難病だったらしい。

 私は体育祭をサボったという醜聞を恐れ、結局彼の葬儀にすら参加出来なかった。本当に、愚かな選択だったと今も後悔している。



 それから数ヶ月後、友人にはまた出会うこととなった。

 ただ、それは虚構の彼とだった。夢枕に立つというのはこういう事なのだろうか。


「おっせー」


 と言いながら、丸々太った以前の姿の友人が、怒り満面の顔でゲームセンターの前に立っていた。

 そして、誰もいないゲームセンターへと入った友人は、パックマンの台の前に座り、私に10円玉に見えるが、何も印刷されていないのっぺりとしたコインをたくさん手渡してくれた。


 ああ、夢だ。

 私はこの時まで、一度として夢を見ながら自分が夢の中にいると認識した事は無かったが、その時は夢であると悟らざるを得なかった。


 夢の中のパックマンの動きはめちゃくちゃだった。

 私と友人は二人並んで台に座り、同時に一つのパックマンを操作していたように思う。

 しかも何故か、別のゲーム「マッピー」の敵であるこねずみが画面上にいたり、いくら敵に当たってもパックマンが死ななかったりと。

 そして、極めて短時間で255面へと進んでいってしまった。


 私は必死にゲームが終わらないようにしていた。

 当たり前の事だ。友人は真剣に台と向き合っていて、何かを話しかけたような気がするが、それに答える事は無かった。

 だが、外は容赦無く暗くなり始め、パックマンの画面もついに止まってしまった。

 私は何も操作していなかったのに、ちょうどVジャンプで見たような、典型的なバグ画面で止まってしまったのだ。


「もう帰るわ」


 そう言った友人に、酷い焦りを覚えた私は、訳も分からずゼビウスやろうぜなどと言ったように記憶している。


「六時だし」


 友人は冷静な言葉を口にして、ゲームセンターの出入り口へと歩き始めてしまった。

 その姿は最後に出会った時の、精悍な見た目へと変わっていた。


「なんでだよ」


 かなり強い口調で、私は友人を咎めた。

 そして友人の手をつかもうとしたが、やはり夢だからか、ゲームをする手は達者に動いたのに、足はしっかりと動いてくれなかった。


「帰るなよ」


 と叫ぶと、友人は歩みを止めた。


「なんでお前がキレるんだよ」


 そう怒鳴り返され、私は正気を取り戻した。そして、寮のベッドの上で目を覚まし、そのまま寮を抜け出して、外の森で泣きじゃくった。

 情けない事この上無かった。なんて酷い言葉を最後に言わせてしまったのだ。




 あれから、十数年もの時間が過ぎ、私は婚約して引っ越しをすべく、妻となる相手と荷物を梱包していた時だ。


 その時、大事に保管していた『CAPCOM』の大きなシールが貼ってあるスーパーファミコンとドラゴンクエストⅤが、プラケースの中から現れたのだ。

 これだけは、どうしても捨てられなかったのだ。


 妻が買い物に出ている隙に、S端子ケーブルをテレビに、ACアダプタを電源に、ドラゴンクエストⅤをスーパーファミコン本体に差し込んで起動してみた。

 友人との楽しかった記憶ばかりが蘇ってきた。俺のガイルに勝って満面の笑みを浮かべたり、難易度7のベガを初めて一緒に倒した時の爽快感。

 ドラゴンクエストⅤが正しく起動すれば、友人の名前の彼のデータが残っているはずだ。


 しかし、セーブデータ画面には、何も無かった。

 あれから二十年近くが経過していた。セーブデータが残っていなくて当然である。

 だが、私は癇癪を起こしてスーパーファミコンを床に叩き付けていた。


 頻繁に起動していれば、こんな事は起きなかったかもしれない。ROMを吸い出すツールを買ってきてセーブデータのバックアップを取っておけば。色々な後悔の念が頭の中を駆け巡った。


 だが、それをしたところで、私は彼を拘束するだけだ。

 彼はこのドラゴンクエストⅤで、私に別れを告げてくれたのかもしれないのだ。


 私は己の無様さを分かった上で思う。

 先に往ってしまった人が、『夢枕に立つ』という現象を信じていない。

 もし、それが本当に起きる事だとしてしまうと、友人からの最後の言葉は、


「なんでお前がキレるんだよ」


 という言葉になってしまうからだ。




 希にではあるが、彼の実家の商店の前を通る事がある。


 店頭に立っている彼が私に気付き、美人な奥さんと可愛い子供を自慢しに出てきてくれないだろうか。

 俺も結婚したけど、まだ子供はいないよと、報告出来る日が来ないだろうか。それとも彼はこの世にとどまらず、あまり生まれ変わりも信じてはいないが、生まれ変わって今頃高校生くらいになっているだろうか。


 なら、一度でもいいから、無理して買った自慢の我が家へやって来てくれはしないか。

 その時はどこかでまだ動いているパックマンを一緒にプレーできないか。ストIIでもいい。

 いつか、そんな日が来れば。

 そう願う事くらい、神様に許して欲しいものだ。

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