第25回 誰か分かんないだよなぁ……と首をかしげる叔母

 先日、母がニヤニヤ笑いながら版の大きさが特殊な本を渡してきた。

 曾祖父が書いた自費出版の自叙伝だった。

 初版発行日は大正時代で、渡された本は平成に入ってから再出版された物であった。

 本に印刷されている曾祖父の顔は私の未来と思える程似ていて、改めて我が家の遺伝子の強さを感じさせた。


 この強い遺伝子は、結構困った問題を引き起こす。


「去年もトイレに白い服着て立ってたのよ」


 トイレに誰かが立っている、玄関に誰かがいる、ソファに誰かが座っている。

 母方の実家では日常茶飯事で、何度引っ越しても変わらなかった。


「でもそれがね、おばぁか、おばぁ子か、アーンティーか……分かんないからどいてくださいって言えなくて」


 おばぁは叔母から見て祖母、おばぁ子は叔母、アーンティーは海外に移住したもう一人の叔母を指す。そして私の祖母である叔母の母も含めて、全員資産家の令嬢だからか目がぱっちりした美人揃いだなのだが、白黒写真で見ると見分けがつかない。


 トイレに立っている何かは呼びかければすっと出て行ってくれるそうだが、呼びかけるというだけの単純作業は困難を極めた。

 おぼろげな人影は間違いなく姉妹親戚の誰からしい。しかし、誰か全く見分けがつかないのだそうだ。

 別に間違えてもいいじゃないかと思うかもしれないが、そうもいかない。

 姉妹親戚の何組かは恐ろしく仲が悪く、和解もしないままこの世を去ってしまっていたのだ。

 十五年ほど前、そのうちの誰かを間違えて呼んでしまった時は食器棚の中に飾ってあったお皿を割られてしまったらしい。そして数日間もの間、家の中がバキバキミシミシとうるさかった。

 お皿は偶然かもしれないが、バキバキバキミシミシという音は私自身も聞いた。一戸建てなのに、上の階にわんぱく坊主が住んでいるかのような音だったのだ。

 高いお皿に騒音被害は実害というには十分だ。


 もちろん、叔母がよく見かける『人物』が、叔母のもう一度会いたいという気持ちが生んだ幻覚かもしれない。

 お皿は真ん中を叩かれたような割れ方をしていたかもしれないが、元々見えないダメージがあったのかもしれないし、家鳴りはあらゆる害虫・害獣対策を乗り越えたものすごく太っていてアグレシッブなハクビシンかアライグマが侵入しただけかもしれない。


 ただ、もし本当にその影が親戚の皆様だとしたら。そして、お互いコミュニケーションを取れるのなら、実家のダイニングでとことん腹を割って話して和解していただきたいところだ。


 ただ、話し合いを持つなら事前に連絡していただきたい。

 割れ物を片付けておくので。

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