第16回 かの名優の家は「通りゃんせ」も足を止めていた(推定)
また時代を築いた俳優が、この世を去ってしまった。
私は2015年頃にこの俳優が好きなり、昨年の4月はファンになったばかりだったので、今は悲しみに暮れている。
一見表題の「通りゃんせ」とはまるで関係ないように思えるだろうが、多少の関わりがある。本当に多少だが。
中学校時代、私が家族で住んでいた賃貸の一軒家はある名優さんの家の裏にあった。もともと私が住んでいた家の土地もその家の庭だったんだそうだ。
たまにゴミ捨て場などで会うと、当時中学生だった私に対しても、
「おはようございます。偉いですね」
と、ゴミを捨てる程度のことを褒めてくださるとても気さくな方だった。
不勉強だった私は、その人物がどれ程の方かも分かっていなかったので、近所の良い人にしか思っていなかった。
ただ、始めて出会った時に息を飲んだのは覚えている。
歩いていただけなのに、不思議と眼が離せなかった。そして眼が合うとにこっと笑って会釈してくれた。その姿が今も胸に焼き付いている。
それくらい格好良かった。
その名優さんの家の裏には非常に急な坂があった。
坂の上は台地で見晴らしが良く、何々百景などと言われるものにもよく選出される景色の良いお寺や神社が多く点在していたのだ。
その台地へと続く坂はどれも、不思議な現象が起きた。
人型の人ではない何かが沢山登っていく姿を何度も見たのだ。
私はそれを『地獄先生ぬ〜べ〜』で知った『おとないさん』ではないかと思っている。
いわゆる『通りゃんせ』の皆様だ。
自らを供養するために寺社を渡り歩く存在なのだそうだ。
始めて不思議な何かを見たのは、その家に越してきたからすぐだった。
前に住んでいた家は第1回で紹介した『ひたすら割り箸投げるマン』を目撃した神社の隣で、やっとそこから離れられるかと思ったら、その家も入るなりげんなりするほどおかしかった。
頻繁に何かが家の中を通り抜けるのだ。害は無かったので知らんぷりしていたが。
そのことについてはまた『壁から手って生えがちシリーズ』の第二章当たりで紹介したい。
『通りゃんせ』を初めて目撃したのはまだ暖かい十月の真夜中だったと記憶している。
まだ蚊もたくさん飛ぶ夜中、急に目が覚めたのだ。
何時だったかは覚えていないが、当時放送されていたテレビ東京の夜のいかがわしい番組をた後という記憶があるので、2時を回っていたとは思う。
内容は聞き取れないのだが、沢山の人の話す声が聞こえてきたのだ。
まるでお祭りでも開かれているかのような、楽しい雰囲気を感じたので、抜き足差し足で外に出てみたのだ。
多くの声は名優さんの家の方から聞こえてきた。
坂の方へと近づくと、唐突に怖くなったが、その時間でも坂道を頻繁に通過する車に助けを求めればいいなどという訳の分からない考えのもとに、歩みを止めなかった。
そして坂道へとさしかかると、その家の前に靄のようなものが沢山集っているのが見えた。
それは一つ一つ布を被った人のような形をしていて、ほぼ向こうが透けて見えた。
車が通過してもすり抜けるばかりで微動だにせず、吹き散らされるようなこともなかった。
恐ろしくは感じたが、危害を加えてきそうな感じも覚えなかったので、それらが何故そこにたむろしているのか興味を抱いたが、当然分からなかった。
ずっと響いていた沢山の声のようなものも、何一つ聞き取れなかった。
その後もその白い煙のような集団は時間を問わずよく見かけたが、一体どうして名優さんの家の前に集まるのかだけは無論理解不能だったが、自分に当てはめてみて、一つだけ仮説を立てることが出来た。
『物見遊山』だ。
神社や寺だけでない場所だった。
坂の下にも有名人の家があったし、更に坂を登り切ってしばらく進めば、そこにもまた大変な有名人の家があった。
あの集団がもし『通りゃんせ』、ようするにおとないさんのようなものであれば、神社やお寺で自ら供養を受けながらも、時代を彩った著名人の豪邸の前で足を止めていたのではないだろうか。
亡くなった人であってもなお、家くらい見ておきたい。そう思われるような名優と言っても過言ではないと思う程の名優さんだった。
名優さんのご近所さんだったということは、本当に素敵な思い出として記憶に残っている。
そのように少なからずご縁があったからか、その名優さんが亡くなった時、やはり悲しくて何も手がつかなかった。
たくさんの人を魅了して、通りゃんせの方々まで魅了した、そんな人がかつていただろうか。
今は自分自身が少し年をとり、死に対する気持ちが少し変わった。
しっかりと生きられるだけ生きて、死後の世界というものに行けるとしたら、自分が深く尊敬していた先人達に出会えるかもしれないということだ。
あの名優さんの何物にも代え難いはにかんだような笑顔を、また見られるかもしれないということでもあるからだ。
そして冒頭の通り、先日また悲しいと感じる訃報が駆け巡った。
私が好きだった名優がまた一人亡くなったのだ。
その悲しみが晴れず、この昔話を書かせていただいている次第である。
会ったことなど一度もないが、思い入れはあった。
その名優にも遠目で構わないから、あちら行った折りにはお会いしてみたいものだ。
ご冥福を深く深くお祈り申し上げます。
そして、たくさんの作品をお届けくださり、ありがとうございました。
いつかお目にかかれることを自分勝手にですが、楽しみにしております。
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