第3回 引っ張られ現象といつまでも洗濯物干しまくりシャドー
『引っ張られ現象』とは私が作った造語である。
自分の意思にあまりにも意に反した行動を起こしてしまったり、選択をしてしまうという現象を指すを
それは霊現象ではなく、単なる思い込みだろうと思うだろうが、『引っ張られ現象』の場合、意に反した選択をした後、必ず嫌な目に遭う。具体的には嫌なモノを見てしまったり、感じてしまったするのである。
私が経験した引っ張られ現象は、住居選びだった。二度ほど。
一度目は追々するとして、二度目の話をしたい。
私がまだ二十代の頃、転職を機に通勤時間が一気に九十分以上となってしまったうえに、当時交際していた相手に別れを告げられ、ショックだったがカッコ付けて「あ、そうですか」と二つ返事で別れを受け入れたのがどうも相手が期待していた反応と違ったらしく、怒り狂う彼女に合い鍵を返してもらえず、やたらと家に侵入されていたという事もあり、急いで転居先を探す必要があった。
住む街は決め、後は条件に合致する部屋を探すだけとなったところで、今までは大手の不動産屋を使っていたのに、何故かふと別のやたらファンシーな外見の不動産屋に惹かれてしまい、そこに入ってしまった。
怪しい店構えの不動産屋に良い物件があるはずもないのだが、なんとなくそこで探してもらうことにしてしまったのだ。別に私を担当する営業さんがやたら可愛い新人風の女の子だったからではない。
結果、築年数も古く、バランス釜に室内給湯器までついた希望に全く則していない物件に入居してしまった。
断じて私は色香に狂っていない。断じて。
そして入居して数日、まっ昼間の窓辺の物干し台に、掲題のそいつがいたのだ。
その部屋はベランダと言えるベランダが無く、天井から下がっている室内物干しを使わなくてはならないのだが、その物干しの前で、白に近い灰色の影が何かをしていた。
心臓が止まるほど驚いて部屋を飛び出し、落ち着いてから戻ってもやはりいる。そいつはいつまでも物干しの前で何かをしていた。
ちょうどスーパーファミコン版の『かまいたちの夜』というゲームのキャラの輪郭を物凄く薄くしたような手合いだ。
仕方なくその日は実家に泊まり、始発電車で出社し、また新居へ戻ると、その姿は見えなかった。
0.5回で説明したとおり、私の『見える見えない』は波がある。『見える期』は大人になるにつれて段々短くなり、大抵一日から長くて三日ほどで終わるようになっていた。つまり、やり過ごすのは簡単なのだ。
ただ、見えていなくとも、『何かいる』のが分かるほど、その部屋の空気は重苦しかった。
『見える・見えない』とは違い、不穏な空気はすぐに分かる。その空気をほんの少し感じていた。にもかかわらず、私はその部屋を契約してしまったのだ。決して不動産屋の営業さんが可愛かったからではない。
物干しシャドーが見える時はいつまでも室内物干しの前で白昼も夜もずっとエア洗濯物を干し続け、私の神経を鬼おろしで削ってくれていた。
プライベート空間に何かいるというのは本当に気分が悪くなる。
毎日は見えなくてもそこにいる可能性が高く、人を招く事も出来なければ、男性的な処理行為も出来た物ではない。再び引っ越す貯蓄も無かった。
でも、私は逃げ果せた。その方法は少々強引である。
家中の問題にイチャモンを付けたのである。事ある毎に不動産屋へ電話し、問題を報告し続けた。
最初は件の担当営業の子にお願いしていたのだが、成績不振から別職に回されてしまったので(※一時的にだが、個人的に仲が良くなっていた)、新たな担当に問題をひたすら報告したのである。
洗濯機の防水トレーが無い、水が鉄臭い、その他諸々。
どれも決定打にはならなかったが、幸運にも洗濯機の排水口から酷い臭いが登ってくる事を酷すぎる、食事が出来ないと盛りに盛って報告したところ、管に排水トラップが無い欠陥構造が発覚、ほぼ全ての金額を取り戻して引っ越しする事に成功したのである。
『引っ張られ現象』の恐ろしい所は自覚のなさにある。
引っ張られて意に反するとこをしてしまったら、悔やんでいる暇など無い。どうリカバリするかが大切だ。
『逃げる』事は恥では無い。手段であり、武器だ。
私は物干しシャドーに打ち勝てる程の膂力も無ければ、除霊力もない。そもそも霊なのかも分からない。そして、私をこの部屋へと『引っ張った』のはこの物干しシャドーなのかも分からない。
為す術はといえば、その場から逃げるだけである。逃げるというカードは常に用意しておくべきだ。
損失がお金程度で済むのであれば、何卒そこから逃げていただきたい。
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